憧れのお姉さんが実は最強女剣士だった件

ネコ

第1話

 「由紀が他校の男子と付き合い始めたらしいぞ」

 そんな噂を昼休みにクラスメイトから聞かされて、俺は思わず牛乳パックを握り潰しそうになった。

 他校の男子って、どこの誰だよ……と、胸の奥がざわつく。

 けど、当の由紀はいつも通りの明るい笑顔で振る舞っていて、俺からは何も聞き出せないままだ。


 放課後、帰り支度を終えても、由紀に話しかけるタイミングは結局つかめなかった。

 もともと口数の少ない俺だけど、今回はさらにヘタレっぷりを発揮してしまった気がする。

 なんとも言えないモヤモヤを抱えながら、実家を出る準備のために急いで帰路に就いた。


 家に着くと、玄関には段ボールが山積みになっていて、母さんが忙しなく指示を出している。

 俺が高校生になったタイミングで、ちょっと複雑な家庭の事情が発生した。

 それで、しばらく叔母の家に世話になることが決まったのだ。

 正直、環境が変わるのは怖いし、不安もある。

 でもここで何を言っても仕方ない。

 母さんや叔母さんを余計に心配させるだけだろうから。


 準備を終えたら、母さんに車で叔母の家まで送ってもらう。

 そこは昔、少しだけ遊びに行ったことのある一軒家だ。

 うちの家よりも広くて綺麗で、庭もある。

 でも、そのときの記憶よりもずっと大人びた印象を受けるのは、俺が成長したから……ではなく、たぶんどこか緊張しているせいだと思う。


 ガチャリと玄関の扉を開けた途端、見慣れないスニーカーが目に入る。

 そして、ふと上がり框で佇むシルエット。

 さらりとした肩までの黒髪が柔らかく揺れて、すらりと伸びた足がジーンズをカッコよく履きこなしている。


「秋人、久しぶり。今日からよろしくね」


 その瞬間、俺は言葉を失った。

 だって、そこに立っていたのは――幼いころに隣の家に住んでいて、いつもお世話になっていた憧れのお姉さん、加賀美和だったから。


「え……美和さん……?」


 自分でも情けないくらい上ずった声が出てしまう。

 驚きと懐かしさ、それから一気に押し寄せる緊張感で、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 確か美和さんは父親の転勤で遠くに行ったと聞いていたはず。

 それなのに、なんで今、ここで?


「もう秋人も高校生なんだね。ちょっと背が伸びたかな」


 美和さんは笑顔で俺を見つめながら、懐かしそうに目を細める。

 クールなはずの表情が、どこか柔らかい。

 口数の少ない俺だけど、こういうときくらいは何か返事をしないと。


「そ、そうですか? 自分じゃあんまり実感ないですけど……」


 しどろもどろになりながら答えると、美和さんはくすっと笑った。

 昔と変わらない包容力というか、姉御肌っぽい優しい雰囲気がそのままだ。


「じゃあ、母さんはこれで帰るわね。秋人、よろしく頼んだわよ」


 母さんが名残惜しそうに言って、叔母の祥子さんと少し談笑した後、車に乗り込む。

 あれよあれよという間に、俺は玄関先に取り残されてしまった。


「秋人、荷物は部屋に運ぶから、先にリビングで待ってて。私も手伝うよ」


 美和さんが手際よく段ボールを抱えながら、俺のほうに笑顔を向ける。

 頼り甲斐のある姿に、昔の記憶が蘇る。

 小さい頃、転んで泣いた俺をあやしてくれたり、ゲームを教えてくれたり。

 そのころから、俺は美和さんを誰よりも「カッコいい女性だな」と思っていた。


 そんな彼女が、これから一緒に暮らす同居人だって?

 信じられない幸運と戸惑いが同時に襲いかかってくる。

 しかも俺は、由紀の噂話でショックを受けた直後だ。

 頭の中が混乱しすぎて、まるで感情の置き場所が見つからない。


 部屋に案内してもらった後、リビングに向かうと、叔母の祥子さんが少し渋い表情で言う。


「秋人、急で驚くと思うけど、美和もいろいろ事情があってうちで世話になるのよ。年齢は一つ上だけど、同じ学園に通ってるから、あんたも学校ではお世話になるかもね」


 なんの事情かはよく分からないが、とりあえず頷くしかない。

 すると、美和さんがソファに腰掛けて、少しおどけた調子で口を開いた。


「一緒に暮らすなんて楽しみだね。昔みたいに遠慮しなくていいから、何でも言ってよ」


 その台詞に、俺の心臓がドキリと跳ねる。

 すでに憧れまくっていた美和さんと同居だなんて、刺激が強すぎる。

 戸惑いと期待が入り混じったまま、俺の引っ越し初日は幕を開けたんだ。

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