Depth21 Diver

「厄介なことになったね」


 緊急警報を受けて全員が再び集合することになった。そこには先ほどは居なかった技術開発部長の花咲薫はなさきかおるの姿もある。優音を除いた隊員たちは、たたき起こされた形になったからか眠そうに目をこする者も多い。「なぜこのタイミングで?」誰もがそう思ったことだろう。先手を取るつもりがそれを敵に取られた。これは奇襲のアドバンテージを相手に奪われたことを意味する。


「報告されているのは都内で10か所。これは把握していた敵の数よりもはるかに多いね。何が起きているのかわからないけれど、すぐに潜って状況を整理することが最優先かな。一旦は個別に潜り、状況を見極めてすぐに帰還ジャンプし、情報を共有する。そんな流れで全体を把握したいと思う」


 八代は緊急時ながら落ち着いた声で語り掛けた。いや、緊急時だからこそだろう。リーダーが慌てていればそれだけで容易くチームが崩壊することを知っているのだ。


「その件なんだけど……」


 花咲は相変わらずのため口で、覇気のない声だ。やはり寝ていないのか眼鏡の奥に見えるクマもひどく、白衣もヨレヨレである。彼女はマイペースに電子タバコを吸った後、本題に入った。


「まだ試作段階の心海用通信デバイスがあるんだ。非常に簡単な信号しかまだキャッチできないけど、『YES』『NO』『OK』そして『疑問符』くらいなら意思の共有ができるはず。仕組みは結構単純で、シュレディンガー方程式とマクスウェル方程式の応用なんだけど、心海では実数というノイズがない分、量子における波の性質を利用して心の……」


「ありがとう、花咲ちゃん。それはぜひ使わせてもらうよ。今は緊急時だから仕組みの話はあとで聞かせてもらうね」


「あ、そう。それもそうか」


 彼女はものすごい早口でまくし立てていたが、八代に止められて興味なさそうにまた煙を口から吐き出した。周囲には甘い香りが立ち込める。今日はフルーツ系のフレーバーらしい。だが、話を止めたと思ったところでさらに声を発した。


「アイとしてはこの事件の解決とかはどうでもいいんだけど、とりあえず結果だけよろしくね」


 そう言って立ち去ろうとする背中に、猪俣は少し怒った様子でそれに異議を申し立てた。

 

「どうでもいいってなんすか!?」


 八代含め皆やれやれと首を振っている。ただ、草場は少し興味深そうに笑っていた。


「……?アイとしてはむしろこの事件によって心海のことが広まれば、もっと研究費ももらえるし、君らにだって人員や予算が補充される。その方が長期的に見たらベターかもってだけだよ」


「そんなん無茶苦茶っす!人の命がかかってるんすよ!?」


「生憎、命に価値を置いていないからね。命なんてただの連続的な物理現象だよ」


 猪俣は怒りに震えて今にも飛び掛かりそうだった。それを制したのはやはり八代である。


「2人とも、今はそんな議論をしている場合じゃない。とにかくデバイスは活用させてもらうし、結果も報告する。だから今は作戦の話に戻ろう」


 猪俣はまだ言い足りないと悔しそうに歯嚙みしていたが、花咲はなんの表情の変化もなくそのまま立ち去って行った。

 

「アイは邪魔みたいだから出るよ。じゃ」


 なんとも言えないやり取りではあったものの、このデバイスが使えるならかなり大きいだろう。作戦に本格的に組み込むにはリスキーだが、もし活用できれば情報共有においてかなりの効率化が図れる。


「それじゃ、基本的にはさっきの作戦と同じでいこう。このデバイスが機能するとしたら、潜った段階で対処できそうであれば『OK』。あとはこっちから定期的に『OK?』と投げかけるから『YES』なら作戦や救助を続行。敵が多かったり身に余る相手だと判断したら『NO』。即座に帰還して、別の場所へのダイブないし、増援に加わる形になるかな。ただし、『NO』の場合はもう一度『OK?』と問うから、帰還できそうかどうかもそれで答えてほしい。緊急で誰かを送るから……」


 八代は即興のはずだが、かなりの取り決めを一気に作り上げた。ただ、猪俣だけは要領を得ていないようだったので、小日向と2人体制で作戦に当たることで決定する。そして、それぞれが潜る地点を定めた後、いよいよダイブすることになった。今回は隊長である八代も含め全員が一度に出動する初の事態である。誰もが緊張した面持ちだった。心の準備ができる前に対応しなくてはならないのだから当然かもしれない。


「それじゃ、みんな揃って、また地上で必ず会うよ。絶対に無理だけはしないこと。少しでも危険だと判断したらすぐに帰還してね。想定外の事態ばかりだけど、このメンバーなら乗り越えられるさ」


 全員が真剣な顔つきで頷き、一斉にマスクを被った。そして、それぞれの座標にセットし終えると、顔を見合わせる。


「それじゃ、行こうか」


 少しの間をおいて、全員が叫んだ。


「「「「「「潜行ダイブ!!」」」」」」


 揃った声は誰も居なくなった部屋に木霊する。彼ら――C-SOTの隊員たちは心海へと潜った。それぞれの想いと心を携えて。

 

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