Depth20 嵐の前の

「ちょ、色々と起こりすぎじゃないですか!?」


 優音は復帰1日目にして、とんでもない情報量を聞かされることになった。大まかな部分は小日向から共有を受けていたのだが、ここまでのことになっているとは……。実際に現場の空気や準備を進める状況に置かれてはじめて分かるものも多かった。


「もう少し状況を教えてくれても良かったのでは……」


 いつもの部屋にはC-SOTの面々に加え串呂が揃っている。ただ、佐久間はすでにイギリスかどこかへ飛び立っており、日本にはいなかった。


「いや、でも櫟原ちゃんには治療と修行に集中してほしかったんだ。こんな話をしたら絶対すぐに復帰を申し出ただろう?」


 優音はぐうの音も出ず、それもそうかと納得する。実際、ただでさえ人手の足りない状況であり、戦力は増強するに越したことはなかった。彼女は頷いた後、脳内で情報を整理してまとめていたが、そこに串呂がさらに付け加える。


「俺の方で分かったこともいくつかある。まずはオトヒメ……こと清華雅きよはなみやび。あのデカい別荘はこいつの名義だった。ただ、金の出どころはわからねえ。こいつらのバックには何か付いている可能性が高い。警察組織で追えないくらいのな。それに……」


 彼は砂糖たっぷりの缶コーヒーを一口すすって続ける。


「どうにもきな臭えのは上の連中の対応だ。これほどの危機で証拠もたんまりあるってのに、あまりに行動が後手後手に回ってる。単にお役所的な仕事の遅さならいいんだが、さもなきゃ……」


 彼はため息をついて言葉を濁した。「いや、これはもう考えてもしょうがねえ。とにかく俺たち下っ端でどうにかするしかねえってことだ」そう言ってポケットをまさぐった後、クッキーを開封して食べ始めた。皆も不満はあるのだろう、しかめ面をするが特に口にはしない。少しの沈黙。それを遮るように言葉を注いだのは八代だ。

 

「その件なんだけど、実は新メンバーがいてね、紹介するよ」


 そう言って彼はドアを開けて1人の男を招き入れた。髪の長い男性で、八代とは違って口ひげは丁寧に整えられている。スーツをわざと着崩した姿は小洒落ており、ゆったりと余裕のある雰囲気だった。彼は「よろしく頼むよ」そう言って微笑を浮かべている。


「佐久間ちゃんからの紹介でうちに配属されることになった草場くんだ。ただでさえ人が足りない上にこの事件だからね、本当に助かるよ」


「草場鉄男、36歳だ。俺はワケありだし、本来はここに居ていい人間じゃない。お前さんたちに言えないことも沢山してきた。どう思われても構わないが、なんの因果かここにいる。仕事はしっかりとこなさせてもらうし、信用は実績を積んでからしてもらえればと思ってる」


 草場は軽く自己紹介をしたが、自分について深くは語らなかった。だが、佐久間の紹介ということで皆も詮索はしない。業界的にダイバーというのは心に傷を負った人が多い。そう言った暗黙知もあった。彼は一人ひとりと丁寧に握手をして、席について髪かきあげると、真剣な顔つきになる。おそらく、草場にも状況の共有は済んでいるのだろう。


「草場さん、ちょっとカッコよくない?」


 優音の隣に座っていた小日向は、獲物を狙うような鋭い目つきをしながら小声で囁いた。優音も素直に頷く。彼からは洗練された大人の落ち着きが感じられた。しかし、それを地獄耳で捉えた猪俣は憎々しげに草場を睨み始める。新たなライバルの登場らしい。


 そうして軽く話を終えて、一段落したところで八代が再び口を開いた。


「とにかく、Xデー……つまり彼らが計画している日付が迫っている。もちろん全国的に連携はとっているけれど、どうにか未然に防げればベストだ」

 

 彼は地図を広げて場所を指し示す。それは東京都内のマップで、赤丸で囲まれた地点がいくつかあるうちの2つが残っていた。他はバツ印で消されている。警察がすでに捜査済みということだろう。


「捜査報告書を見るに、この2か所が彼らの潜伏先である可能性が最も高い。あとは、この座標とこの座標。これが心海における集合地点だと思われている場所だ。主犯格はジョーこと鬼崎恭介と、オトヒメこと清華雅。この2人の身柄を確保して情報を聞き出す。これが最優先課題だね」


 八代はいつになく真剣な面持ちだった。いつもの気怠そうな雰囲気は見えない。それほどの事件であるし、彼にとってもジョーは因縁の相手だと言うことだろう。


「突入は僕たちC-SOTの役割だ。普通の警察じゃ潜行ダイブで沈められるリスクもあるからね。事前情報では武器の類を所持しているのは神宮寺1人だけど、過信は禁物。現状、資金源も銃の出所も不明だ。もしかしたら全員が武装しているかもしれない、そう想定して動こう」


「もちろん警視庁の方でも人員は出す。だがあくまで後衛だ。悪いが心海とやらに引き摺り込まれたら俺たちにはなす術がない。お前らには負担をかけることになるが、このヤマはどうにかして防がなきゃならん……頼んだ」


 串呂はそう言って頭を下げた。みな黙って頷き、再び八代に視線が集まる。彼は大きく息をついて、全員の目をしっかりと見た。


「この事件は、C-SOT始まって以来の重大な事件になるかもしれない。だけど、このメンバーなら何とかできると、僕は信じてる。はは……新人だったりも多いのにこんなことを言うなんて可笑しいと思うかもしれないけど、僕は本当にそう思うんだ」

 

 皆の目に闘志のようなものが宿ったように見える。一斉に皆が頷き、優音もそれに続く。


「よっしゃあ!やってやりましょう!ジョーの野郎もオトヒメも僕がとっ捕まえて、テロだって全部防いでやりますよ!」


 猪俣は椅子から立ち上がり、拳を握りこんで大きな声で鼓舞した。その気合につられて笑顔が広がる。彼はまだ戦力としては半人前な部分はあるのだが、すでにこのチームで大きな役割を果たしていた。こういう前向きな人間がいるのかいないのかでは、実際に作戦の成功率は変わる。士気というのはそれだけ重要なのだ。精神が色濃く反映される心海では猶更である。


「おいおい、こんな賑やかな職場だったとはな……ちっと激しいのは遠慮したかったんだが、おっさんもおっさんなりに頑張りますかね」


 草場も冗談交じりに告げて場が和む。彼も無事に馴染みつつあるようだ。経験からくる洞察力の賜物だろう。


 そうして入念な作戦会議が行われた。と言っても作戦自体は非常にシンプルである。2つの拠点に向けて奇襲を行うのだ。作戦は今日の真夜中に決行。見張りはいるだろうが、それを上手く無力化できれば安全性は高まる。C-SOTのメンバーも何か敵に動きがあった場合に備えて交代で仮眠をとることになるが、情報からして敵は大規模な作戦の準備中であるため、その可能性は少ないだろう。奇襲は仕掛ける側が圧倒的に有利だ。先手を取り、一気に制圧する。こちらは準備を整えて戦闘に突入できるのに対し、敵は後手に回らざる得ない。


「それじゃあ、各自定められた時間はしっかり休息をとって作戦決行に備えること。さっきも言ったけれど、この皆なら大丈夫さ。この一件が片付いたら久しぶりにパーッと宴会をするからね!新人の歓迎会も含めてさ」


「ふはは、この歳で新人歓迎会ねぇ……ま、楽しみにしときますわ。タダ酒もたっぷりもらえるんでしょう?ボス?」


 草場の発言に八代はにっこりと頷く。「好きなだけ飲めるさ。タダ酒がね」この2人はどうやら馬が合いそうだった。似た経験をしたものに独特の空気を共有している雰囲気がある。


 そうして一度解散し、交代で休むことになった。皆一様に緊張と昂ぶりをちょうど良い塩梅で混ぜたような感覚を共有しているようだ。優音は復帰明けということで、 最初は部屋で待機することになっている。1人残った彼女は、呼吸に集中し、自分の心に浮かんでくるものを眺めていた。彼女は本当のところ、楽しみだとか、怖いだとか、そういった感情は浮かんでいない。目の前で起きたことに正しい対応をするだけ。ルールに従って正義を成す。ただ浮かんでくるのは、そんな馴染めていない自分を少しだけ嫌悪するような思考だけだった。


 静けさは嵐の前にやってくると言う。ただ、のだ。優音が休憩に入る直前、突如として緊急事態を告げるアラームが鳴り響いた。それも、1つの反応じゃない。都内全域で同時多発的にそれは起こった。こうして事態は急展開を告げることになる。

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