検証(4)

「……さて、遠藤が戻るまでの間、あんた達にも話を聞かせてもらうとするか」


 忠岡が黒井と聖の方を向いた。未だ星影の腕の中で泣き続けている聖にちらりと視線をやった後、入口付近に立っている黒井の方を向いて続ける。


「まずは黒井、あんたからだ。あんたは九時頃、電話があったと言って堂前を呼びに来て、その後堂前と一緒にここを出て行ったな。その後の行動を聞かせてもらいたい」


「はい……。私は旦那様をロビーにお連れし、そこで旦那様が電話に応じられるのを拝見しました」黒井が低い声で答えた。


「立ち聞きしてはいけないと思い、一度ロビーを離れた後、十五分ほどして戻ってまいりますとちょうど旦那様が通話を終えられたところでした。ですが、旦那様は調べ物があると言ってそのまま書斎に向かわれました。その後の行動については存じ上げません」


「となると、堂前が通話を終えたのは九時二十分頃か」忠岡が腕組みをした。「つまり、電話の線が切られたのはその後ということだな」


「ええ……。ただ、私も特に注意を払っておりませんでしたので、いつ線が切られたかまでは存じ上げません」


「そうか。それで、堂前と別れた後はどうしたんだ?」


「食堂に戻ろうとしたところ、ロビーで星影様の姿をお見かけしました。何やらお困りの様子でしたので声をおかけしたところ、旦那様を探しておられるとのことでした」


「ああ、さっきも星影が言っていたな。一階で堂前を探した後、ロビーに戻ったところで黒井に会ったと」


「はい、そうです」星影が頷いた。「でも黒井さんの話だと、僕が食堂を出た時にはもう堂前さんは書斎に行ってたみたいですね」


「はい。私は旦那様の所在をお伝えしてから星影様と別れました。星影様はお手洗いに向かわれたと存じます」


「そうなんです。ただ、お仕事の邪魔しちゃ悪いと思って、結局書斎には行かなかったんですけどね。黒井さんはそのまま食堂に戻ったんですか?」


「はい。引き続き皆様の給仕をさせていただきました。といっても、ほとんどの方は食事を終えられていましたので、食器を下げる程度の仕事しかございませんでしたが」


「給仕といえば、厨房からナイフがなくなっていないか?」忠岡が黒井に尋ねた。「堂前を殺害した凶器はここから取られたものだと思うんだが」


「少々お待ちください。確認してまいります」


 黒井は胸に手を当てて恭しく礼をすると、足音を立てずに厨房へと向かった。その背中を見ながら滝沢が顎に手を当てて呟く。


「……ふむ。彼の行動は少し奇妙だね」


「え、何がですか?」星影が尋ねた。


「考えてもごらんよ。雇い主君が通話を終えたのが九時二十分頃。そして君が彼と話をしたのが九時四十頃だ。その二十分間、彼は食堂に戻らず何をしていたんだい?」


「あ、そういえば……」


「それに、雇い主君が本当に電話をしていたかどうか、真偽の程は定かではない。彼が電話をしていた姿は執事君しか見ていないのだからね。だから実際には、九時二十分よりも前に電話の線が切られていた可能性もある」


「え、つまり……どういうことですか?」


「彼の言葉をそのまま信用することはできない、ということさ」滝沢が優雅にパイプを吹かせた。

「彼は雇い主君の姿を最後に見た人間。それだけでも疑う理由としては十分だが、見ての通り、彼にはどこか死神めいたところがある。彼がロビーで雇い主君と別れた後でこっそり書斎に行き、主人に死の鎌を振り下ろしていたとしても僕は驚かないね」


「黒井さんが? いや、まさか……」


「……でも確かに、あの人には不気味なところがあります」出栗が怖々と頷いた。

「歩く時も足音を立てませんし、気配がないので後ろに立っていても気づきません。あの人なら、堂前さんに気づかれずに襲いかかることもできたんじゃないでしょうか?」


「いや、でも……」


 言いながら星影は、ロビーで黒井と会った時のことを思い出した。あの時も彼は完全に気配を消していて、背後に立たれたことに全く気づかなかった。それに堂前の死体を見つけた時も、彼は少しも驚いた様子を見せずにいつも通り淡々と振舞っていた。そうした事実を取り上げれば、確かに黒井が疑わしいようにも思えるが――。


「……厨房を調べてまいりました」


 黒井の低い声が急に聞こえ、星影は飛び上がりそうになった。黒井はやはり気配を消していて、幽霊のようにテーブルの傍に佇んでいる。


「本日の晩餐会で使用するため、私どもはナイフを人数分、つまり八本ご用意しておりました。ですが、厨房を確認しましたところ、ナイフは七本しかございませんでした」


「つまり、使ったはずの八本のうち、一本が紛失していると?」忠岡が険しい顔で尋ねた。


「はい……。ですから、旦那様を殺めたナイフが厨房から持ち出されたことは間違いございません」


「そうか。なくなったナイフは誰が使ったものかわかるか?」


「いえ。すでに全員分の食器を下げ、まとめて流し台に置いてございますから、どなたが使用されたものかは判別できません」


「そうか……。まぁ、犯人が自分のナイフを使ったとも限らんからな。誰かが席を離れていた隙にこっそりナイフを持ち去った可能性もある」


「ええ……いずれにしても、ナイフから犯人を特定するのは困難かと」


 二人の会話を聞きながら、星影は晩餐会に出てきた料理を思い出していた。ナイフを使う必要があったのは厚切りステーキくらいで、それ以外に使用する機会はなかった。なくなったところで誰も気に留めなかっただろう。

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