パート2:脅威の兆し
晩餐の後、子供たちが就寝した頃、俺と四人の妻たちは書斎に集まった。定例の会議だ。
「近隣諸国の状況はどう?」俺はエリザベートに尋ねた。
「平穏よ」彼女は報告した。「北方との貿易協定も順調に進んでいるわ」
「魔法研究所の新しい発見は?」次にシャーロットに向けた。
「治癒魔法の強化に成功したわ」彼女は静かに答えた。「今後の医療に大きく貢献するでしょう」
「アカデミーの状況は?」リリアに尋ねた。
「新入生が増えてるわ」彼女は嬉しそうに答えた。「特に『調和魔法』を学びたいという生徒が多いの」
「調和魔法」とは、俺の虚無の律動と四人の魔法を組み合わせて生まれた新しい魔法体系だ。
「星の道からの警告はない?」最後にアリアに尋ねた。
彼女は少し考え込んだ後、「実は...」と言いかけた時、突然ノックの音がした。
「どうぞ」俺が答えると、執事のヴィクトルが入ってきた。
「申し訳ありません」彼は頭を下げた。「王宮からの緊急の使者です」
「通してください」エリザベートが言った。
入ってきたのは、王国護衛隊の若い兵士だった。
「灰崎様、クリスタル様」兵士は緊張した様子で頭を下げた。「グラント将軍からの緊急メッセージです」
彼が差し出した封筒を開くと、中には一枚の紙と小さな結晶が入っていた。
「魔法メッセージ」シャーロットがつぶやいた。
俺は結晶に魔力を流すと、グラント将軍の声が響いた。
「灰崎、急ぎの件だ。『暗黒同盟』と名乗る組織が動き始めた。十五年前の暗黒結社と関連があるかもしれない。明日、王宮に来てくれないか。詳細を話したい」
メッセージが終わると、結晶は粉々に砕け散った。
「暗黒同盟...」俺は眉をひそめた。
「あの時の暗黒結社と関係があるの?」リリアが心配そうに言った。
「わからない」俺は首を振った。「でも、明日確かめに行こう」
「私も行くわ」エリザベートがきっぱりと言った。
「いいえ」俺は彼女の手を取った。「君は子供たちと共にここにいてほしい。万が一のことがあっては...」
エリザベートは少し不満そうな顔をしたが、頷いた。「わかったわ。でも気をつけて」
「ああ」俺は微笑んだ。「心配するな」
「アリア」俺は彼女に向き直った。「さっき言いかけたことは?」
「ええ...」彼女は少し躊躇った。「最近、星の道に不穏な兆しを感じるの。具体的なことはわからないけど、何か大きな変化が起きそう...」
「それは、今のメッセージと関係あるかもしれないね」シャーロットが静かに言った。
「用心しましょう」リリアが真剣な表情になった。
俺は窓の外を見た。満月が静かに輝いている。十五年前、暗黒結社を倒したと思っていたが、その残党が再び動き始めたのだろうか。
「何があっても、家族を守るよ」俺は決意を込めて言った。
四人の妻たちが頷き、それぞれの部屋へと戻っていった。
翌朝、俺は早くに出発した。子供たちにはただの仕事だと説明し、心配させないようにした。
王宮に到着すると、グラント将軍が出迎えてくれた。彼も年を取り、髪には白いものが混じるようになっていた。
「来てくれてありがとう、灰崎」将軍は握手を求めた。
「どういう状況なんですか?」俺は本題に入った。
「会議室で説明しよう」彼は俺を王宮の奥へと案内した。
会議室には数人の高官が集まっていた。テーブルには地図や報告書が広げられている。
「『暗黒同盟』」将軍が説明を始めた。「約半年前から活動が確認された新興組織だ。当初は単なる反政府組織と思われていたが...」
彼は一枚の絵を示した。黒いローブを着た人物たちの姿。
「彼らは、かつての暗黒結社と同じシンボルを使っている」将軍が言った。「そして、彼らの目的も同じようだ...『虚無の律動』の力を手に入れること」
「それは...」俺は驚いた。「十五年前、彼らは壊滅したはずだが」
「おそらく生き残りがいたのだろう」将軍は頷いた。「そして、新たな信奉者を集めて組織を再建した」
「彼らの拠点は?」
「それが問題だ」将軍は地図を指さした。「複数の拠点があり、中心がどこかわからない。そして...」
彼はさらに資料を広げた。「彼らは『七つの鍵』と呼ばれるものを探している。これが何なのかはわからないが、おそらく強力な力を解放するための道具だろう」
「七つの鍵...」俺は考え込んだ。「封印石と関係があるのかもしれない」
「かもしれんな」将軍が頷いた。「だが、封印石はもう力を失ったはずだ」
「調査が必要ですね」俺は真剣に言った。
「ああ」将軍は頷いた。「だが...もう一つ心配なことがある」
「何ですか?」
「情報によれば」将軍の表情が暗くなった。「彼らは『次世代の器』を探しているという」
「次世代の器?」
「つまり...」将軍は重々しく言った。「虚無の律動を継承できる者だ」
俺の頭に閃きが走った。「子供たち...」
「その可能性もある」将軍が頷いた。「もし彼らが君の子供たちを狙っているなら...」
「すぐに戻らなければ」俺は立ち上がった。「家族が危険だ」
「待て」将軍が手を上げた。「冷静に考えよう。彼らがすぐに動くとは限らない。まずは情報収集と対策だ」
俺は深呼吸して冷静さを取り戻した。「わかりました。どうすれば?」
「まず、君の家族の安全を確保する」将軍が言った。「王国の護衛兵を派遣しよう。そして、七つの鍵について調査する必要がある」
「了解です」俺は頷いた。「調査は『五色の調和』でも始めましょう」
会議を終え、俺は急いで帰路についた。途中、四人の妻たちに事態を簡潔に伝えるメッセージを送った。
家に着くと、既に四人が玄関で待っていた。
「零!」エリザベートが駆け寄ってきた。「子供たちは?」
「全員中にいるわ」リリアが答えた。「何も知らせていないけど」
「いい」俺は安堵した。「今は彼らを不安にさせないようにしよう」
書斎に集まり、俺は詳細を説明した。暗黒同盟のこと、七つの鍵のこと、そして次世代の器について。
「子供たちが狙われているかもしれないなんて...」アリアが震える声で言った。
「だからこそ」俺は決意を込めて言った。「彼らを守る必要がある。そして、暗黒同盟を止めなければならない」
「どうやって?」シャーロットが尋ねた。
「まず、七つの鍵について調査だ」俺は答えた。「それが何なのか、どこにあるのか。シャーロット、古文書の調査を頼めるか?」
「ええ」彼女は頷いた。
「リリア、アカデミーのネットワークを使って情報を集めてほしい」
「任せて」リリアがきっぱりと言った。
「アリア、星の道を探って、鍵の在処を占ってくれないか?」
「わかったわ」アリアが頷いた。
「エリザベート、王国との連絡調整を」
「ええ、私の権限を使って動きやすくするわ」彼女が答えた。
「俺は子供たちの保護と訓練に集中する」俺は言った。「彼らが自分を守れるようにならなければ」
この日から、俺たちの平和な日常に緊張感が漂い始めた。子供たちに悟られないよう努めながらも、万全の警戒態勢を敷く。王国からは護衛兵が派遣され、屋敷の周囲を警備するようになった。
夜、俺は一人で屋敷の庭を歩いていた。満月が静かに輝き、かすかな風が木々を揺らす。
「父さん?」
振り返ると、レイが立っていた。銀髪が月明かりに照らされ、エリザベートに似た瞳が不安げに俺を見つめている。
「レイ、どうしたんだ?まだ起きていたのか」
「眠れなくて...」少年は俺に近づいた。「父さん、何か心配事があるの?」
子供たちの洞察力は鋭い。特にレイは、敏感に周囲の変化を感じ取る力を持っている。
「ちょっとした仕事の問題さ」俺は息子の髪を優しく撫でた。「心配することはないよ」
「本当に?」レイは信じていないようだった。「最近、家の周りに兵隊さんが増えたよね。それに、お母さんたちも何か隠してる気がする...」
「レイ」俺は息子の肩に手を置いた。「時には大人が解決すべき問題もあるんだ。でも約束するよ、家族に危険が及ぶことはない。父さんが必ず守るから」
「父さんは強いもんね」レイが少し安心したように微笑んだ。「虚無の律動の使い手だもん」
「そうだよ」俺は頷いた。「だから安心して眠りなさい」
「父さん...」レイは少し躊躇った後、「僕も強くなりたい。父さんみたいに、家族を守れる人になりたい」
その言葉に、俺の胸が熱くなった。「きっとなれるよ。君は特別な才能を持っているんだから」
「本当?」レイの瞳が輝いた。
「ああ」俺は頷いた。「でも、強さとは力だけじゃない。思いやりや責任感も大切だ。それを忘れないでね」
「うん!」レイは元気よく頷いた。
「さあ、寝室に戻ろう」俺は息子の手を取った。「明日は特別な訓練をするからね」
「やったー!」
息子を寝室まで送り届けた後、俺は自分の部屋に戻った。今夜はエリザベートの部屋で過ごす予定だった。
「レイが心配してたの?」エリザベートがベッドから顔を上げた。
「ああ」俺はため息をついた。「敏感な子だ」
「あなたに似てるわ」彼女が微笑んだ。
俺はベッドに腰掛け、彼女の手を取った。「この危機を乗り越えられるだろうか...」
「もちろんよ」エリザベートは強い口調で言った。「十五年前だって、もっと困難な状況を乗り越えたじゃない」
「でも今回は子供たちも...」
「だからこそ」彼女は俺の顔を両手で包んだ。「私たちは負けられないのよ。五人で力を合わせれば、どんな敵も倒せる」
彼女の自信に満ちた表情に、俺は勇気づけられた。「ありがとう、エリザ」
「さあ」彼女は微笑みながらベッドの中央を示した。「心配事は明日に取っておきましょう。今夜は...」
彼女の誘いに応じ、俺は彼女を抱きしめた。柔らかな唇が俺のものと重なり、一時的に全ての不安を忘れさせてくれる。
「愛してる、零」彼女が囁いた。
「俺も愛してるよ、エリザベート」
月明かりの下、二人は互いの体温を感じながら、明日への力を蓄えていった...
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