## パート5:帰還と次なる一歩

学園に戻る途中、一行は王都アストラリアに立ち寄ることにした。食料の補充と、シャーロットが調べたい古書があるという理由からだ。


街に入ると、昼間の活気ある雰囲気が一行を迎えた。市場は人で賑わい、様々な店が軒を連ねている。


「まずは食料を」エリザベートが言った。「それから古書店へ向かいましょう」


「私と零で食料を買ってくるわ」リリアが突然提案した。「みんなは先に古書店へ行って」


エリザベートは少し驚いた様子だったが、同意した。「わかったわ。一時間後に中央広場で落ち合いましょう」


彼女たちが去った後、リリアは俺を市場の方へ引っ張っていった。


「どうしたんだ?」俺は不思議に思って尋ねた。


「ちょっと二人で話したかっただけよ」彼女は軽く答えた。「それに、あなたに見せたいものがあるの」


リリアは市場を抜け、小さな裏通りへと俺を導いた。そこには「炎帝の鍛冶屋」と書かれた看板のある小さな店があった。


「ここよ」リリアが扉を開けた。


中に入ると、様々な武器や防具が並んでいる。奥から出てきたのは、赤い髪と髭を持つ大柄な男性だった。


「リリア!」男は大声で挨拶した。「久しぶりだな!」


「こんにちは、ガルム叔父さん」リリアが微笑んだ。「前回注文したものを取りに来たの」


「ああ、あれか」男は奥に引っ込み、木箱を持って戻ってきた。「特別製だ。満足してもらえると思うぞ」


箱を開けると、中には美しい手袋が入っていた。黒い革製で、手の甲の部分に赤い宝石がはめ込まれている。


「これは...?」


「あなたへのプレゼントよ」リリアが少し照れたように言った。「虚無の律動を使う時、手に負担がかかるでしょう?これは魔力を増幅し、同時に使用者を保護する特別な手袋」


「プレゼント?」俺は驚いた。「なぜ?」


「お礼...」彼女は目を逸らした。「アザーウッドでの冒険中、あなたのおかげで何度も助かったから」


俺は感動して手袋を受け取った。「ありがとう、リリア。大切にするよ」


「試してみて」


俺が手袋をはめると、ぴったりのサイズだった。左手に力を集中させると、いつもより滑らかに、そして強く漆黒の光が放たれた。


「すごい...制御しやすい」


「でしょう?」リリアが誇らしげに言った。「私が設計して、ガルム叔父さんに作ってもらったの」


「リリア...」俺は真剣に彼女を見た。「本当にありがとう」


彼女の頬が少し赤くなった。「礼なんていいのよ。これでこれからの冒険もより安全になるわ」


店を出た後、二人は市場で食料を買い込んだ。リリアはいつもの高飛車な態度ではなく、親しみやすい様子で俺と会話していた。


「あのさ、リリア」俺は質問した。「なぜクリスタルローズに入ったんだ?」


彼女は少し考えてから答えた。「最初は純粋に力を認められたから。でも...」彼女は空を見上げた。「今思えば、居場所を求めてたのかも」


「居場所?」


「ええ」彼女は静かに言った。「ファイアブルーム家の娘として、常に周囲からの期待に応えなければならなかった。でも、クリスタルローズになれば、自分の力だけで認められると思ったの」


「なるほど...」


「でも皮肉なことに」彼女は苦笑した。「クリスタルローズの中でも、本当の居場所は見つからなかった。みんな競争相手で...」


「でも、今は違うんじゃないか?」俺は優しく言った。「アザーウッドでの冒険で、みんなの絆は深まったと思うよ」


リリアは驚いたように俺を見つめ、そして小さく微笑んだ。「そうね...あなたが来てから、少しずつ変わり始めてる」


中央広場で他のメンバーと合流すると、シャーロットは古い本を手に持っていた。


「次の封印石についての手がかりを見つけたわ」彼女は静かに言った。「『碧玉の封印石』は、雪山の古代神殿にあるとされている」


「雪山...」エリザベートが考え込んだ。「北西の氷峰山脈ね」


「そこは厳しい寒さと雪崩の危険があるわ」アリアが心配そうに言った。


「次はいつ行くの?」俺は尋ねた。


「まだ準備が必要よ」エリザベートが答えた。「学園に戻って、詳しい調査と装備の準備をしましょう」


学園への帰路、俺はリリアからもらった手袋を大切にポケットにしまっていた。そして、ポケットのもう一方には紅玉の封印石が入っている。


「零」エリザベートが俺の横を歩きながら言った。「帰ったら、校長に報告しなければならないわ」


「わかった」


「それと...」彼女はわずかに迷うような表情を見せた。「あなたに話したいことがあるの。寮に戻ったら、私の部屋に来てくれる?」


「もちろん」俺は頷いた。エリザベートの真剣な表情に、重要な話だと直感した。


学園に到着すると、まず校長室に向かった。アルバート・クリスタリア校長は、一行の報告を真剣な表情で聞いていた。


「紅玉の封印石を手に入れたというのか」校長は感嘆の声で言った。「千年の時を経て、ついに第一歩を踏み出したわけだな」


「はい」エリザベートが答えた。「ここまでの成功は、零の力のおかげです」


校長は俺を見つめた。「灰崎くん、君の成長ぶりには目を見張るものがある。わずか一ヶ月前は『魔力ゼロ』と思われていた落第生だったというのに...」


「ありがとうございます」俺は謙虚に答えた。「皆の協力があってこそです」


「しかし、これはまだ始まりに過ぎない」校長は真剣な表情になった。「残りの封印石はさらに困難な場所にあるだろう。次の遠征についても、必ず事前に報告してくれたまえ」


「はい、校長先生」エリザベートが頷いた。


寮に戻ると、各自部屋に引き上げて休息することになった。


「今日はゆっくり休みましょう」エリザベートが言った。「明日から通常の授業に戻るわ」


「零」彼女は付け加えた。「一時間後に私の部屋へ」


彼女の部屋番号を教えられた俺は、一旦自分の部屋に戻った。ノアが窓辺で待っていた。


「戻ったか」猫が言った。「成功したようだな」


「ああ」俺はポケットから紅玉を取り出した。「一つ目の封印石だ」


ノアはじっと宝石を見つめた。「力を感じる...確かに本物だ」


「リリアからもプレゼントをもらったんだ」俺は手袋も見せた。


「ほう...」ノアの目が面白そうに光った。「少女たちの心も開いてきたようだな」


「からかうなよ」俺は照れながら言った。「単なる仲間としてのプレゼントだ」


「そうか?」ノアは意味深に言った。「女性の気持ちは複雑だぞ」


俺は顔を赤らめながらも、エリザベートとの約束の時間が近づいていることを思い出した。


「エリザベートの部屋に行ってくる」


「気をつけろよ」ノアが意味深に言った。「彼女の氷の心も、少しずつ溶け始めているからな」


エリザベートの部屋は、特別寮の最上階にあった。特別寮の中でも一番広く、豪華な部屋だという。


扉をノックすると、「どうぞ」という声が聞こえた。


中に入ると、予想通りの豪華な部屋だった。壁は淡い青で彩られ、家具は上質な木材で作られている。窓からは学園全体が見渡せる。


エリザベートは窓際に立っていた。彼女は学園の制服ではなく、シンプルな白いドレスを着ていた。銀白の長髪が月明かりに照らされ、幻想的な美しさを放っている。


「来てくれてありがとう」彼女は振り返った。


「何の話だ?」俺は静かに尋ねた。


エリザベートはしばらく黙っていた。そして、決意を固めたように口を開いた。


「クリスタル家の呪いについて、もっと詳しく話しておきたいの」


彼女はテーブルに置かれた古い箱を手に取った。


「この箱には、クリスタル家に代々伝わる秘密が記されている」彼女は静かに箱を開けた。中には古びた羊皮紙が入っていた。


「千年前、エレナ・クリスタルとレイン・シャドウは深く愛し合っていた」彼女は羊皮紙を広げながら言った。「しかし、虚無の律動を恐れる者たちはレインを追い詰め、最終的に彼を封印した」


「そして、エレナは彼を守ろうとした...」俺は続きを促した。


「ええ」エリザベートが頷いた。「エレナは最後の抵抗として、自分の魂の一部をレインの封印に絡ませたの。それにより、レインは完全に消滅することなく、封印の中で眠り続けることになった」


「だが、その代償として...」


「クリスタル家は呪われた」彼女は静かに言った。「強大な氷結魔法の力を持つ代わりに、感情を表現できなくなったの。特に...」彼女は少し躊躇った。「愛に関する感情は、魔力の暴走を引き起こす」


俺は驚いて彼女を見つめた。「愛の感情が禁じられているのか?」


「そう」彼女は窓の外を見た。「だから、クリスタル家の者は常に冷たく、高慢に振る舞う。それが唯一、魔力を安定させる方法なの」


「だから君は...」


「そう、私も同じよ」彼女は俺を見つめた。「感情を抑え込むことで、魔力をコントロールしてきた」


彼女はゆっくりと俺に近づいた。


「でも、あなたと出会ってから...変わり始めている」


「どう変わったんだ?」俺は静かに尋ねた。


「少しずつ...感情を感じられるようになってきたの」彼女の声は震えていた。「怒りや悲しみだけじゃなく、喜びや...もっと複雑な感情も」


「それは良いことじゃないのか?」


「わからないわ」彼女は正直に言った。「嬉しくもあり、怖くもある。感情が強まれば、魔力が不安定になる危険もあるから」


エリザベートの氷青色の瞳には、複雑な感情が揺れていた。彼女は俺の顔をじっと見つめている。


「零...あなたは特別な存在よ」彼女はついに言った。「私にとって...そして、クリスタル家の運命にとって」


彼女の言葉には、これまで聞いたことのない柔らかさがあった。


「私も力になるよ、エリザベート」俺は真剣に答えた。「最後まで、共に歩もう」


彼女の顔に小さな微笑みが浮かんだ。それは高慢さのない、純粋な微笑みだった。


「ありがとう」


窓の外では、星空が二人を見守るように輝いていた。冒険はまだ始まったばかり。だが、確かな絆が一歩ずつ深まっていくのを感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る