第三十一話 衝撃の真実というもの
闇ギルドの狙いが明確になり始め、ライラが集めていた古代教団の資料が一部盗まれた。深部の封印がいつ破られてもおかしくない状況が近づいている。そんな中、D級にランクアップした僕とティアは、さらに実力をつけるべく日々クエストをこなしながら情報を追っていた。
王都のギルド内で、新たな緊急方針が告げられる。深部の封印に干渉する闇ギルドを阻止するため、近く大規模な討伐隊を編成すると。場合によっては下位〜中堅ランカーにも支援要請が来る可能性があるという話だ。僕とティアにはまだ敷居が高いが、何かしら協力できることがあるかもしれない。
「シヴァル、私、絶対に協力したいわ。だって闇ギルドが深部を制圧したら大変だし、私が何らかの鍵を握ってるかもって、ライラも言ってたでしょ?」
ティアが拳を握りしめる。その表情はいつになく真剣で、下手な姫様ムーブよりも凛々しさを感じるほどだ。
「うん……でも、あまり無理はしないで。もし本当に封印を守る儀式が必要なら、めちゃくちゃ危険じゃない?」
そんな話をしながらギルドの廊下を歩くと、廊下の先にライラの姿があった。包帯を巻いていたけれど、顔色は幾分戻っているようだ。彼女は僕たちに気づくと、先に視線をシヴァル僕に向けて、微笑を浮かべる。
「待っていたわ。実は上層部からあなたたちにも情報が下りてきてるの。中層の石板をもう一度確認したいから協力してくれないかって」
「石板……あのときの?」
ティアが尋ねる。ライラは頷いて続ける。
「そう。あなたが礼装を着て石板に触れたとき、微かな反応があったんでしょう? ギルドとしても、そこに何かヒントがある可能性も考えてる。封印を強化する手立てが見つかれば、闇ギルドの計画を食い止められるかもしれない」
「……わかったわ。行くしかないでしょ、シヴァル!」
ティアが決意を込めて僕に声をかける。僕も深く頷いた。ライラは「助かるわ」と微笑み返す。
翌日、僕たちはライラや一部の調査員と連れ立って、あの石板のある横穴へ再び足を運んだ。例の毒ガスやキノコ苔は先のクエストでだいぶ除去され、危険は少なくなっている。
横穴の最奥、壁に据え付けられた石板には相変わらず奇妙な紋様と古代文字が刻まれていた。ギルドの調査員が慎重に周囲を確認するが、特にトラップの類は見つからない。ライラはまだ腕に包帯をしているが、小さく息を吐いてから石板を指差す。
「ティア、もう一度礼装をまとった状態で、石板に触れてみてほしいの」
「う、うん、わかった」
彼女は堂々と腰に手を当て、
「よし……可愛い姫らしく、やってみるわよ!」
と気合を入れる。
僕やエリーナは少し離れた場所で警戒を担当。ライラがティアに付き添って石板の前に立ち、怪我をした腕で補助魔法を使いながら指示を与える。
「いい? 焦らずに、石板をそっと両手で包むように触れてみて。もしバリアのような力が起動しそうになっても驚かないで」
「わ、わかったわ……やってみる!」
ティアが石板に指先を当てる。その瞬間、微かな光が礼装の刺繍を走った。僕たちにも見えるほど、うっすらと白金色のオーラが立ち上り、石板の紋様と呼応して輝き合う。
「すごい……なんだか熱いような、優しいような……」
ティアが小さく息を漏らす。その声に呼応するかのように、礼装がさらに強い光を帯び始めた。周囲の空気がひんやりと震え、まるで結界が形成されるような感覚が漂う。
僕は慌てて盾を構えようとするが、ライラが「大丈夫」と手を制する。
石板に刻まれた古代文字がかすかに浮かび上がり、ティアの衣装に染み込むように消えていくようにも見える。そして、その光はあっという間に収束した。
「……何が起こったの?」
ティアが目を見開いて手を離す。石板からは光が失われ、ただの石の板に戻ったようだ。ライラが慎重に文字を確認するが、どうやら刻まれた部分が一部消え、すり減ったような状態になっているらしい。
「まるで、石板の魔力を礼装が吸収したようね。あるいはティアのバリアに関係する力が……」
ライラが呟く。僕とエリーナも足を踏み出すが、特に危険はないようだ。ティアはきょとんとしながら礼装を見下ろす。
「なんか、すごくスッキリした感覚があるわ。腰痛のときみたいなズキズキもないし……けど、何かが私の中に増えてる気もする……」
「そうか。じゃあ……そっと集中してみて。前に出せそうだったバリアをイメージしながら」
ライラの助言を受け、ティアは両手を胸の前で組み、「ヘイ、可愛いバリア、カモン!」などと呟きつつ集中を始める。普通なら滑稽に聞こえるが、この場にいる誰もが無言で見守る。すると、ティアの周囲に柔らかい光が立ち上がり、透き通る膜のような何かが一瞬ふわっと形を成すのが見えた。
「で、出た……これが、バリア?」
「まさか、本当に具現化するとは……!」
僕は息を吞む。ティアの身体を中心に、半球状のオーラが広がったが、数秒で消えてしまった。でも間違いなく、あのときの魔物を弾き飛ばした可愛いバリアと同じだ。
エリーナが瞳を大きく見開いて呟く。
「これが本格的に使えるようになれば、闘い方が大きく変わるかもしれないわね……すごいじゃない、ティア」
「えへへ……ほんとにできちゃった……私、すごい……」
ティアが感涙しそうな顔をする。ライラは微笑を浮かべて小さく拍手した。
「おめでとう。これであなたはますます聖女に近い存在になったのかもしれない。ただし、気をつけて。今のあなたの力はまだ不安定。きちんと訓練しないと逆に体を壊す可能性もあるから」
「う、うん……わかったわ……」
それでもティアは喜びに満ちた顔をしており、思わず僕は安堵の笑みがこぼれる。彼女がこれで確実に強くなるなら、闇ギルドとの戦いでも大いに助かるはずだ。
しかし――。ライラは一瞬だけこちらを見やり、微妙に視線を伏せた後、小さく息を吐いた。
「本当の戦いはこれからよ。闇ギルドがこの力に気づけば、絶対に狙いを定めてくる。あなたたちが無事でいられる保証はないわ」
「でも私、負けない! シヴァルが騎士として守ってくれるし! ……ね?」
ティアが僕を振り返る。僕は無言で頷き返す。騎士として、姫を守る――そう決めたから。
ライラは悲しげな笑みを浮かべたように見えた。
「……そう。あなたたちなら乗り越えられるかもしれないわね。たとえ途中で、どんなことがあろうとも……ね、シヴァル?」
ズキン、と胸が痛む。その瞬間、僕は酷い不安に苛まれた。
やはり、ライラは僕の正体――僕が実・は・女・で・あ・る・こ・と・に気づいている? いや、そこまで確信を持ってはいないのか。だけど、その言葉には深い含みが感じられる。
ティアはぼんやりとした表情で「ん? ライラさん、何か言った?」と聞き返すが、ライラは「ううん、こっちの話」と笑って誤魔化した。
――その後、僕たちは石板の状況を記録し、毒ガスやキノコの確認を済ませて横穴を後にした。礼装に何か異変がないかも確認したが、今のところは大丈夫そうだ。ただ、ティアが興奮しすぎて途中何度か転びかけたのはいつも通り。
王都に戻る道すがら、ティアは頬をほんのり赤らめて僕の腕をとってくる。
「シヴァル、私……ついにバリアを使えるようになったかも。これでますます姫と騎士の関係が捗るわね!」
「そんなに都合よくいくかはわからないけど……でもすごい進歩だよ。おめでとう、ティア」
素直に祝福すると、ティアはくしゃりと照れ笑いしてそのまま僕の肩に頭を乗せてくる。
その姿は、誰が見ても恋人同士のように見えただろう。僕は心臓がバクバクして呼吸が苦しい。それでも、この瞬間が嫌いじゃない。ティアの温もりを感じるたびに、彼女を守りたい気持ちが強まる。
――だからこそ、僕は自分の真実を隠し続けてきたのだ。もし今、彼女が今の僕に幻想を抱いているならそれを壊したくない――そんな卑怯な考えが胸を支配する。
だけど、運命は残酷。
その日の夜、思わぬ形で僕の秘密が暴かれることになった。
夜更け。宿の自室に戻った僕は、洗面所で手を洗い、鏡に映る自分の姿を見つめる。長い旅路の中で隠し続けた女性の体。胸はサラシで潰し、声は低く出すよう訓練した。髪は短くして、男としての振る舞いを徹底した。
「……明日も、頑張ろう。ティアを守るためなら、嘘をつき続けても……」
自分に言い聞かせるように呟いた、そのとき。
「……シヴァル? 起きてる?」
扉の向こうでティアの声が聞こえた。急な訪問に慌てて鏡を隠し、サラシのチェックを確認してからドアを開ける。
「どうしたの、こんな夜遅くに……」
「えへへ、ごめん。ちょっと話したいことがあって……」
そう言って入ってきたティアは、なぜか頬を赤くして目を伏せがち。僕はどぎまぎしながら部屋に招き入れ、椅子をすすめる。
「で、話って……」
「……あのさ、私……シヴァルに伝えたいことがあるの」
ティアの声が震えている。姫様気取りのいつもの強気さはなりを潜め、か細い声音だ。僕は胸が高鳴るのを押さえられない。もしかして、告白をされるのか。彼女は今、騎士様への恋慕を隠さずにぶつけようとしているのか。
「シヴァル、私ね……姫とか騎士とかっていう物語的な言葉に憧れてきたけど、結局は『あなたと一緒にいたい』って思ってるのが本音なのよ。本当はもっと、あなたの気持ちを知りたい……」
ティアが震える声で言葉を紡ぐ。僕はその瞳を直視できず、視線を落としてしまう。胸が痛い。言わなきゃ――この秘密を。こんな形で踏み込まれるなんて予想外だけど、もう逃げられない。
「ティア……ごめん。実は僕……ずっと隠してたことがある」
「え……?」
「言い出すきっかけがなくて、怖くて、でももう無理だと思う。……僕、本当は男じゃないんだ……」
息苦しい沈黙が落ちる。ティアが動きを止め、目を大きく見開いたまま硬直している。
僕は意を決してサラシの存在を示し、平坦だった胸を解く。女性の丸みがほんの少し浮かび上がる。ティアは信じられないものを見ているかのように口を開けたり閉じたり。
「……嘘……でしょ?」
掠れた声で呟くティア。その瞳は驚きと混乱に満ちている。僕はもう振り返れない。すべてをさらけ出すしかない。
「ごめん。僕は幼い頃から色々あって家を飛び出して、この街に来てからは男として生きてきたんだ。ランクが上がったら、何度か打ち明けようって思ってたけど、タイミングが掴めなくて……」
ティアは愕然としながら、表情を何度も変える。涙が浮かんでいるようにも見える。
「嘘……シヴァルが女の子……? あんなに私を騎士様みたいに守ってくれて、何回も一緒に寝泊まりして、下着だって……!」
そうだ。これまで性別の垣根を意識せずに付き合ってきたから、驚きは大きいだろう。僕も思わず申し訳なさでいっぱいになる。
「ずっと……騙してたの?」
「……ごめん。本当にごめん」
僕は頭を下げるしかない。足が震えて立っていられない。
ティアは視線を宙にさまよわせて、口元をぎゅっと噛みしめる。やがて、かすれた声で言う。
「私は……あなたを男性として意識して……なんか、騎士様がどうとか……姫と騎士で恋が進むかもとか……そう思ってたのに……!」
苦々しい言葉に、胸が締め付けられる。そう、彼女は男性の騎士を求めていたし、僕もそれに応えるかのように付き合ってきた。そこには確かな裏切りがある。
しばし重い沈黙が落ちる。僕は顔を上げることもできず、床を見つめたまま。ティアの表情を伺う余裕もない。頭の奥がぐわんぐわんと音を立て、泣きそうになる。
そして、ティアが小さく息を吸って呟く。
「……ごめん、いま、頭が真っ白になってる。あなたが女の子って……どう受け止めればいいのか、わかんないよ……」
無理もない。僕はさらに言葉を続ける。
「一緒に戦ってきたのは事実だし、僕はティアを守りたい気持ちに嘘はない。でも、男女の関係を求められたら……それは無理。僕は男の騎士様じゃなくて――普通の女だから」
ティアはぎゅっと拳を握り、ぽろぽろと涙を落とし始める。激しく泣き叫ぶでもなく、静かに、それでもどうしようもない衝撃を受けているのが伝わる。
「………………わたし、バカみたい。騎士と姫の恋だって、思いあがって……こんなの、物語と全然違うじゃない。シヴァルは……本当は女の子……」
そのとき、ドアが不意に開き、エリーナが顔を出す。
「ちょっと、どうしたの? 物凄く重い空気が……」
部屋の中の様子を見て、エリーナはすぐに察したようだ。ティアの動揺した涙と、サラシを緩めた僕。それだけで何が起こったか大体わかるのだろう。
「シヴァル……ついに打ち明けたのね」
「え……エリーナ、知ってたの?」
ティアが驚く。エリーナは複雑そうに頷き、
「ま、多少。本人が隠すなら黙っておくのが礼儀だと思ってたけど、いつかはこうなるとは思っていたわ」
「そ、そうだったんだ……」
ティアは瞳をうるませて、僕とエリーナを交互に見つめる。しばらくして、震える声で言った。
「……あなたたち、今まですごく仲良くしてくれたのに、私だけ知らされてなかったなんて……悔しいよ……」
「ごめん……。本当にタイミングがなくて……」
無責任だと自分でも思う。ティアは涙を隠そうともせず、立ち上がってふらりとドアの方へ向かう。
「ちょ、ちょっと待ってティア!」
「ごめん、今は……頭が回らない。落ち着いたら話すから……ひとりにさせて」
そのままティアはエリーナを振り払い、部屋を出て行ってしまった。僕は引き止めることもできず、呆然と立ち尽くす。
「シヴァル……あの子はショックが大きいわよ。でも、時間が経てばまた話せるようになるかも」
エリーナは静かに肩を叩いてくれるが、心の痛みは消えない。せっかくD級に上がって、姫と騎士の関係が深まりかけていたのに、僕自身の秘密が全部壊してしまった……。
夜の闇が宿を包むころ、ティアは部屋に戻らなかった。エリーナが少し探したが、どうやら一人で外へ出ていったようだ。姫として踊っていたあの姿が、今は儚く思える。
こうして、僕の女であるという真実は、最悪の形でティアに伝わり、騎士×姫の関係は大きく揺らいでしまった。これからどうなるのか――全ては闇に包まれたままだ。
(――でも、僕はもう嘘をつかない。たとえ嫌われても、ティアを守りたい気持ちは変わらないから。)
部屋の中で、冷たい床に座り込みながら、僕は震える心を抑えるように自分を抱きしめていた。彼女が戻ってこない夜。騎士様と姫君の恋物語は、一度大きく崩れ去って――。
(この先、ティアは僕をどう見るのだろう? 僕を男だと思っていた、彼女の気持ちは……)
そんな思いに苛まれながら、僕はただ一人、暗闇の中で夜を明かすのだった。
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