第二十七話 揺れる想いと騎士様の距離感
「ねえ、シヴァル。ここ数日……私のこと、なんだか前より大事に扱ってくれてる気がするわ。なにかあったの?」
昼下がりのギルド広場。
ティアはピンク髪を揺らしながら、にやにやと上機嫌な笑みを浮かべている。周囲の冒険者たちが彼女の華やかな姿をちらりと見やりつつ、やや困惑気味に視線を逸らす。
以前から派手なピンクの軽鎧を好んでいたティアだが、最近はそこに細かな飾りを追加し、さらに白い礼装まで組み合わせるようになっていた。理由は「姫君らしさを演出するため」――どうやら王都で流行中の物語に影響され、姫になりきろうとしているらしい。
「別に変わってないと思うけど……」
僕は苦笑交じりに答えた。正直、ティアが姫ぶるようになってから、何かとこっちが気を遣わざるを得ないのだ。反論すれば「姫に逆らうとは何事!」などと騒ぎ出すのは目に見えている。
「まあでも、シヴァルはやさしいわよね。いつも私のドジをフォローしてくれるし、腰を痛めたときも色々手伝ってくれたし……」
ティアの声が少しだけトーンを落とす。その瞳には微かな照れの色が宿っていた。
「腰痛はもういいの? 無茶してないならいいんだけど」
「あ、うん! もうすっかり平気だし、走るのも問題ないわよ。可愛い女の子は回復力も抜群なんだから!」
――こうしてすぐ調子に乗るのがティアの良い(?)ところだ。
少し離れた場所から、エリーナが淡々と声をかける。
「ねえ、二人とも。遊んでるところ申し訳ないけど、ギルド掲示板に審査の日取りが追加告知されたわ。これで確定ね。二日後の朝から始まるんだって」
「二日後……! もう来ちゃうのねぇ」
ティアがぱちぱちと瞬きを繰り返す。僕も胸の奥で緊張が走る。次の審査で、僕とティアは悲願のD級入りを狙っている。エリーナは既にD級の上位に位置しているから、C級近くまで上がる可能性があるだろう。
「ここ数週間で結構クエストをこなしたし、闇ギルドとの小競り合いにも何度か勝利できたし……少なくともポイントは上がってるはずだよね」
「もちろん! 私とシヴァルの実力なら、次はきっとD級になれるわ!」
ティアが胸を張る。まるで自信満々の姫様を気取っているが、その顔はどこか緊張もにじませている。
王都周辺では、迷宮の深部がそろそろ開きそうだという不穏な噂が増えている。闇ギルドも依然活発なままで、このままでは大規模な衝突が起こるかもしれない。僕たちが下位ランカーのままだと、その激流に巻き込まれるだけ――やはり上位とはいかなくても、早く中位のD級に昇格して備えたいのだ。
――そんな話をしていると、エリーナがニヤリと口元を上げて、
「そういえば、ティアにはさらに嬉しい話があるかもしれないわよ」
「え、なに? 可愛い私に朗報があるの?」
「ほら、この前、あなたが観光警備で姫様の役をやったでしょ? あれが妙に好評だったらしくて、依頼主が定期的にイベントを手伝ってほしいって打診してきてるのよ。もちろん、報酬も出るそうだから、本人が乗り気なら再度請け負ってもいいかもね」
するとティアは両手を頬に当て、「姫様の依頼再び!?」と大げさに身を震わせた。
「や、やるやる! もう大歓迎よ! 可愛い姫様の座は譲らないんだから!」
「あの……依頼の目的は観光警備だから、あくまで警護なのをお忘れなく……」
僕が補足するが、ティアは「はいはいわかってるわよ」と笑い飛ばす。まったく、どこまで姫になりきりたいのか。でも、その勢いこそがティアの魅力でもあるんだよね、といつものように思ってしまう。
とにもかくにも、審査前の今は余計な冒険で大けがをしたくない時期だ。僕たちは迷宮の深部には近づかず、中層の安定したクエストや観光関連の警備など、比較的安全な仕事を選ぶ方針になった。
これも、近づく騎士×姫の恋模様をさらに盛り上げるきっかけになるのかもしれない――などと呑気に思っていたのだが、世の中はそう甘くはないらしい。
その翌日。王都の大通りで警備の最中、僕とティアは唐突に謎の男たちに囲まれた。手には武器らしきものを隠し持ち、明らかにこちらを威圧する構えだ。横にいるエリーナがすぐに危機を察して構えを取る。
「あんたらが姫様ごっこで浮かれてるってやつらか? けっ、お遊び気分でまぁ幸せなこって」
男の一人が嘲るように吐き捨てる。どうやら盗賊か、闇ギルドの下っ端なのか――定かではないが、ここまで公然と王都に現れるとは。緊張で背中に汗が滲む。
「なによ……可愛い姫の私を侮辱する気?」
ティアが少し顔を引きつらせながら短剣を握る。男たちはニヤリと笑い、
「可愛いだとか姫だとか、調子に乗ってんじゃねえよ。あんたらが邪魔なんだよ――大人しくしろ!」
その言葉を合図に、四方からバッと刃物や棍棒が振り下ろされる。まさかこんな街中で堂々と……僕は慌てて盾を構え、エリーナが魔法の詠唱を始める。ティアは姫気取りで余裕を見せていたはずだが、一瞬ビクッと体が強張ったのが分かった。
「ティア、下がって! 僕が前に――」
「ううん、私も戦うわ! 姫様だって、可愛くても戦えるんだから!」
男たちの一人が斜め後ろから刃を振りかざした瞬間、ティアはくるりと体を回転させ、短剣で相手の手首を打ち払う。ドン、という鈍い衝撃音がして、相手がのけぞる。それを見逃さずに僕が盾で追撃し、エリーナの氷魔法が一人を絡め取る。
「くそっ……やるじゃねえか……!」
残る盗賊の一人が口汚く罵りながら突っ込んでくる。ティアは姫のフリルをひらりと舞わせ、上体を反らして攻撃をかわした。ピンク鎧と白い礼装が風を切るさまは、確かに人目を引くほど華やか。
「そっちは私が相手よ!」
ティアが鋭い視線でにらみ、短剣を素早く振り上げる。相手も慣れているのか一瞬ステップを踏んで距離を取ろうとするが、ティアの踏み込みが意外に早い。ごりっ、と金属の擦れる音がして、男は痛みの声を上げる。
「ぐあっ……女のくせに、なんて攻撃力だ……」
「ふん、姫は可愛いだけじゃないの!」
もう一人が横から狙いを定め、棍棒を振りかぶる――が、僕がタックル気味に突っ込んでその腕を阻んだ。すると男は体勢を崩して膝をつき、あっさりエリーナの氷魔法に捕縛される。
こうして、路地裏での戦いは短時間で終結。周囲の人々は「うわ、あの子……姫様の格好で盗賊を撃退した!」と驚きつつ、駆け寄る騎士団とともに男たちを取り押さえる。その中には「さすが姫様!」と勘違いで声援を送る観光客の姿もあり、なんともシュールな場面だ。
「はあ……危なかった。まさかこんな市街地で襲われるなんてね」
エリーナが小さく息をつく。僕も盾を下ろして周囲を見渡すが、どうやらこれで一段落したようだ。騎士団員が男たちを連行し、他の盗賊や闇ギルドとの関連を調べるという。
「まったく……姫様をバカにするからよ!明後日きやがれだわ」
「それを言うなら一昨日ね。明後日出直されてもね」
ティアは腕組みしながら、つんと顔を背ける。さすがに今の戦いで無傷というわけにはいかず、肩にかすり傷ができてしまったようだが、本人はあまり気にしていない様子。
「ティア、傷があるならちゃんと手当てしよ? 姫なんだから、怪我もおおごとだろ」
僕がポーションを差し出すと、ティアは「あ……ありがとう、シヴァル。私の騎士様♪」と妙に照れた表情で応じ、ポーションをゴクッと一気飲み。相変わらず勇ましすぎる飲みっぷり。顔が赤いのは照れだけではなく戦闘の熱もあるだろう。
「……なんか、前よりも距離が近いわね、あなたたち」
エリーナがじとっとした視線を向けているが、僕たちは互いに目を合わせてはにかむだけだった。
「だって、騎士と姫ってこういうものでしょ? シヴァルは強くないけど優しいし、私を支えてくれるし……なんだか物語みたいになってきたわ!」
「僕は別に、物語の役を演じてるわけじゃないんだけど……」
苦笑しつつ否定しかけるが、ティアは嬉しそうにケープを翻して僕の顔を覗き込む。
「わかってるわ。……でも、この感じ、嫌いじゃないわよ」
その一言に、胸がどきりと鳴る。まるで僕こそが姫に見初められたような――そんな感覚にとらわれてしまう。しかし僕は振り払うように首を振った。今はクエスト中の身。
「さて、盗賊を撃退したし、依頼主に報告しなきゃ……」
「うん、そうね。あの連中が闇ギルドと繋がってなきゃいいけど……」
エリーナが不安げに言う。闇ギルドの動きはいまだ健在だし、今回の襲撃は単なる通り魔的な盗賊かもしれない。しかし、落ち着かない胸のざわめきは消えない。
この街で騎士と姫の恋物語が盛り上がれば盛り上がるほど、ティアの中の想いが高まっていく気がする。それに呼応するかのように、僕の胸もどこか熱を帯びはじめているのだ。
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