第二十六話 妄想爆走と新しい風
王都のギルド前広場。朝から活気に満ちているが、その一角で僕は頭を抱えていた。
「……ティア、最近やけに騎士様×姫君の恋物語みたいな話をしてない?」
隣にいたエリーナがぼそりと囁く。そう、ここ数日、ティアがやたらと古代の勇者とお姫様のラブストーリーみたいな内容に染まっているのだ。しかも、それがなぜか変な方向にこじれているように思える。
「よーし、シヴァル! ここは私が姫になるから、あなたは騎士役をやりなさいよ!」
ギルド前の石畳で、ティアがどこからか取り出したレースたっぷりのケープをひらりと翻した。ピンクの髪をふわふわ揺らし、胸当てのフリルをいつも以上に派手に飾っている。
「…騎士役って……何するのさ?」
「そりゃあ、姫の私を守って愛を誓うのよ! これが最近流行りの物語の正しい展開だって雑誌に書いてあったんだから!」
「物語……雑誌……? まさかベストセラーのあれを読んだの?」
どうやらティアは、王都で大流行中の恋物語を雑誌で見つけ、すっかり感化されているらしい。内容は「冴えない騎士が高嶺の花である姫君を守り抜き、真実の愛に目覚める」という筋。……まあ、そこまでなら普通のラブストーリーだが、ティアの場合は愛の形を自分なりにこじらせているのが問題だった。
「大丈夫? ティア、その話だと、騎士が活躍する部分のほうが多いんじゃない? 姫様は危なっかしくて何度も助けられるわけだし……」
エリーナが横槍を入れると、ティアはぷくっと頬を膨らませて言い返す。
「違うの! 物語をちゃんと読めばわかるけど、姫もめちゃくちゃ可愛くて、みんなを引っ張る存在なのよ! 騎士だけが活躍するわけじゃないんだから!」
「そ、そうなの……?」
「そうよ! 私、可愛いんだから当然姫役こそふさわしいでしょ? シヴァルは騎士っていうよりは……んー、まあ一応守り役には慣れてるし、それでいいわ!」
正直、よくわからない理屈だが、ティアは目を輝かせて「私も姫みたいに可愛く振る舞ったら、みんなの注目を集められるし、さらに強くなれそうだわ!」などと真顔で言ってくる。
エリーナはため息交じりに笑う。
「それ、ただの自己顕示欲では……。まあともかく、あんたがやる気出してるなら別にいいけど、あまり他人に迷惑かけないでよ?」
「任せて! 可愛い姫には迷惑をかける権利があるのよ!」
「ないよ!」
こんな調子で、ティアは物語の影響をモロに受けて暴走寸前だ。僕とエリーナは半ばあきれながらも、ティアのやる気自体は否定したくなかった。ちょうど、今日から数日はクエストも立て込んでいるし、やる気が高いほうが結果につながるかもしれない……。
「さて、今日はどんなクエストをこなす? 王都近郊の迷宮でまた新しい通路が見つかったらしいわよ」
エリーナが掲示板を見ながら提案してくる。僕も覗き込むと、「中層に通じる穴が崩落し、別ルートが確保できそうだが、魔物がうろついている可能性あり」とか、「流行りの恋物語の舞台を観光する客が増え、警備が必要」とか、ちょっと変わった内容も混ざっている。
「へえ、観光警備も依頼に上がってるんだ。けっこう報酬いいね……でも下位ランカーでも引き受けられる?」
「一応E級からでもOKみたいよ。人混みが多そうだし、盗賊が出る可能性もあるからって話で」
「じゃあさ、姫の私が華やかにパトロールしてあげるのにぴったりじゃない?」
ティアがきらきらした目で言い放つ。確かに彼女の派手なピンク鎧は、人混みの視線を集めるにはもってこいだろう。冗談抜きに、抑止力になるかもしれない(ある種の意味で)。
「まあ、魔物退治の依頼も気になるけど、観光警備も悪くないね。依頼ポイントもそこそこありそうだ」
「ならこれにする? 姫ムーブのティアが活躍できるかもしれないしね」
エリーナも苦笑しつつ合意する。こうして僕たちは観光警備クエストを受注し、一日のスケジュールを決めることになった。
その日の昼下がり、王都の北門近くに設営された仮設観光会場へ僕たちはやってきた。ちょうど物語の舞台をイメージした模擬ステージが作られており、来訪者が騎士と姫の記念撮影を楽しめるよう工夫されている。
さっそくティアは目を輝かせ、ステージ脇にいた係員に「私も姫役やりたい!」と詰め寄る勢いだ。あわてた係員が「えっ、警備の方ですよね?」と困惑しているのが可哀想なくらい。
「ティア、あんた一応、警備しにきたんだけど……」
「わかってるわよ! でも姫の役をやりながら警備してあげればいいじゃない! あの物語通りに、可愛く護られ……いえ、護られつつ護る姫……!」
何かもう支離滅裂だが、本人は本気だ。僕は係員に苦笑いしつつ、「すみません、彼女テンションが上がってて……」と誤魔化すしかない。
結局、主催側も「まあ、盛り上がるならいいか」と黙認したらしく、ティアはイベントスペースで堂々と姫コスプレ(といってもいつものピンク鎧+礼装)を披露。そこにエリーナと僕が騎士役の衣装を羽織り、客が見守る中、簡単な寸劇のようなものを繰り広げることになった。
……こんな展開、誰が予想できたろう。
「きゃー、可愛い姫様がいるー!」「騎士さんもいる! 写真撮っていいですか?」
観客たちの視線にティアは大はしゃぎ。「どうぞどうぞ、姫の私を好きに撮りなさい!」と手を振る。しかし、その笑顔の裏で彼女は本来の使命を忘れてはいない……はず。
やがて、エリーナが小声で告げる。
「どうやら観光客に紛れてスリが潜んでいるって噂があるの。私たちは目を光らせておきましょう」
「うん、わかった。ティア、ちゃんと警備もしてね?」
「もー、わかってるわよ。私が姫役で場を盛り上げつつ、怪しい人がいたらすぐ知らせるから!」
こうして僕らはステージ上から観光客の様子を観察し始めた。ティアのコスプレ効果は抜群で、人々の目が常にこちらを向いている。その分、あやしい挙動があればすぐ気づけるかもしれない。
しばらくすると、後方のテントの近くで不自然に動く男が目に入った。フードを深く被っており、周囲の荷物をうかがっているようだ。
「もしかして……盗人?」
僕はエリーナと目を合わせ、ティアに合図を送る。ティアは「姫の出番ね!」とばかりにステージを飛び降り、ずかずかと男へ向かっていく。
その華美な姿を見て、男は明らかに動揺した様子。
「そこのフードのあなた! ちょっと荷物を漁ってない?」
「な、なにを……別に怪しいことは……」
「ほら、隠した手の中のコイン袋。勝手に盗んだんじゃないの?」
ティアが鋭い口調で問い詰めると、男は「くっ」と言い捨てて走り出す。しかし、そこへエリーナの素早い魔法が発動。氷のつららで男の足元を封じる。
「ぎゃああっ!?」
男は盛大に滑って転倒。警備要員の騎士団員が駆けつけ、あっという間に取り押さえられた。
「やったね、ティア!」
「でしょ? 姫の力を侮るんじゃないわよ!」
ティアは得意げに胸を張る。周囲の観光客から拍手が起こり、「おお、あの姫様すごい!」「もしかして物語の再現なのか?」などと盛り上がる。まさかこんな形でのヒーローショーならぬ、ヒロインショーが開催されるとは……。
結局、盗賊はあっさり御用となり、会場は大きな混乱もなく収まった。クエストの依頼主からは「助かりました! さすが姫様と騎士のパーティ、盛り上げながらしっかり仕事もしてくれて!」と感謝の言葉をもらう。
ティアは満足そうに笑みを浮かべる一方で、物語の姫役をやってみて、さらに恋愛観をこじらせているようだ。いや、それどころか、僕に向ける視線に何やら熱いものを感じ始めているのは、気のせいだろうか。
「ねえ、シヴァル……今日はあんたがいなかったら盗賊を見逃してたかもしれないわ。ありがとう、騎士様♪」
「き、騎士様って呼ぶのやめてよ……僕はただのE級ランカーだし」
「でも私、ちょっといいなって……その、姫が騎士を――っていうの、憧れるもの!」
ティアが頬をわずかに染めながら視線をそらす。この子がこんなに乙女な反応するなんて珍しい。いつもの可愛いが正義!と騒ぐのとは少し違った雰囲気だ。僕は動揺しそうになる心を必死で落ち着かせる。
エリーナが遠巻きに様子を見つつ、口元を少し歪めた笑みを浮かべている。どうやら薄々察しているらしい。ティアと僕の関係が、ほんの少しだけ別の方向へ動き始めていることを……。
「まあ、いい感じにクエストこなせたし、今日はこれで充分成果出たでしょ。あんたたち二人も頑張ったし、ひとまずギルドへ戻りましょ」
「そうね! 姫役の私、可愛さ全開で仕事も成功なんだから、ポイントもたくさん稼げたはず!」
こうして、ティアが流行りの物語にかぶれた結果、まさかの姫コスプレ警備クエストという珍事が幕を下ろした。だが、その裏でティアと僕の間に、ほんの小さな心の萌芽が生まれかけているのを、当人たちもまだ自覚しきれていない――。
それが後々、大きな運命を変えていくとも知らずに。
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