第十八話 可愛いはバリアになる!?
――あれから数日。
湿った空気が漂う迷宮内部で、ティアがなぜか胸を張りながら僕に向かって得意げに言い放つ。
「聞いて、シヴァル! 私、新しい『可愛い魔法』を開発しようと思うの!」
唐突な宣言に、思わず僕は言葉を詰まらせた。
「え、えっ? また突拍子もないことを……。そもそも、魔法はそんな簡単に開発できるものじゃないよ。ちゃんとした知識や理論が必要だし……」
「うるさいわね! 私はね、可愛さを極めれば何でもアリだと思うの! 例えば……ほら、『可愛いはバリアになる』っていう発想、聞いたことない?」
「いや、ないよ……初めて聞いたよ……」
ティアはフリルのついた軽鎧を手でポンポンと叩きながら、自信満々に続ける。
「ほら、私が可愛く見せることで、敵が一瞬ひるむじゃない? それを魔法効果として取り込めば、攻撃を防いだり……そういうバリアを生み出せるに違いないわ!」
「いやいや、それはただ相手が戸惑ってるだけってやつじゃ……」
「とにかく! 私は今、そういう可愛い魔法を真面目に考えてるの! シヴァルやエリーナには協力してもらうからね!」
熱量だけは凄まじい。となりで見ていたエリーナは、苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「ま、本人のモチベーションが上がるなら放っておいてもいいんじゃない? ただ、またわけの分からない暴走をしないように注意してあげてね、シヴァル」
「……わかった。気をつけて見守るよ……」
そうこうしていると、ギルド職員が声をかけてきた。
「皆さん、おはようございます。防衛ラインを周回するパトロール任務が入りました。参加者を募集しているのですが、いかがでしょう?」
いわゆる哨戒クエスト。敵モンスターや不審者の気配を探りながら、配置されたポイントを順番に巡回する仕事だ。これも今の時期には重要な任務であり、下位〜中堅ランカーがよく請け負っている。
僕らは顔を見合わせてうなずく。
「いいですね。受けましょうか」
職員の話によれば、最近このライン上に妙な不協和音が漂っているらしい。
正式依頼を受理し、防衛ラインに向かった僕たちは、まず指定された東回廊をぐるりと一周することにした。
迷宮の東回廊は、そこまで広くはないが入り組んでいて、コウモリ型モンスターが巣くう場所としても知られている。複数のパーティが出入りしており、少し奥では早くも魔物との戦闘音が響いている。
「さて、警戒しながら……って、ティア、そっち行かないで! 先にこっちの通路を調べてから!」
「あ、うん……ごめんごめん! 新しい可愛い魔法の着想が浮かぶかと思って、ついフラフラしちゃったわ!」
「……頼むよ、本当に……」
とりあえず、見落としがないよう左右を確認しながら進んでいくと、意外にもモンスターの気配が薄い。数日前までは小型モンスターがうろついていたのだが、どうやらどこかに移動したのか、あるいは他のパーティに駆逐されたか。
そんな疑問を抱いていると、エリーナが怪訝な声を上げた。
「待って……足元、血痕があるわ」
「本当だ……」
暗い通路の床には、不自然に赤黒い液体のシミが点々と続いている。人間なのかモンスターなのか不明だが、残っているということは比較的最近のものだろう。
「僕たちの前にも、哨戒パーティは通ってるはずだけど……見過ごしたのかな?」
「あるいは、さっき起きたばかりの事件かもね。……用心して」
しばらく進むと、通路脇の壁に人影がうずくまっていた。冒険者風の服装だが、ぐったりして動かない。慌てて駆け寄ると、深い傷が胸のあたりにあり、呼吸も微弱だ。
「だ、大丈夫ですか!? しっかり!」
「……う、ぐ……敵が……ローブ姿の連中が……」
彼はかすれ声でそう言い残すと、ついに意識を失ってしまう。急いでポーションを取り出し、口元へ流し込んでみるが、反応は鈍い。
「くそ……手遅れじゃないよね……」
「わ、私も手伝う! えっと、こういう時は……あっ、そうだ! 可愛いパワーを注ぎ込んで……」
ティアが妙なことを言い出しつつ、ポーションの小瓶を手に取る。が、その飲ませ方が尋常ではなかった。ポーションは魔力が凝縮されており、一気に飲むのが非常にきつい液体である。
そのため、普通は少量ずつ丁寧に流し込むものなのに、ティアはまるで調味料でもぶっかけるかのように瓶を逆さにして、一気に患者の口へ注ぎ込もうとする。
「ちょ、ちょっとティア! それはむせるよ!?」
「ええっ? 私、いつもこんな感じでごくごくやってるわよ?」
「えぇ! 自分で飲む時ならともかく、人に与えるならもっと優しく……!」
もはや制止が間に合わず、患者はごぼごぼと液をこぼしながら、なんとか飲み下したようだ。結果的には少し回復したのか、うっすらと目を開き、か細い声を絞り出す。
「た、助かった……が、がくり……」
どうにか命は繋ぎとめられたようだが、目の端に涙を溜めている。下手をすれば魔力中毒を起こしかねないティアの独特すぎるポーション投与法に、僕とエリーナは冷や汗をかくばかり。
「……ま、まあ、一応効果があったわけだし……」
「ちょっとハラハラしたけど、結果オーライね。今のうちに仮拠点へ担いで戻りましょうか」
彼を支えながら引き返そうとしたそのとき、奥のほうから足音が響いた。複数の気配、そして低い声。
身をひそめて覗き見ると、やはり黒ローブの集団がこちらへ近づいてきている。彼らは何か武器を持ち、薄暗い光の中で不気味にささやき合っていた。
「……あいつら、闇ギルドの手下かも」
「まずいわね。今、手負いの人を抱えてるし、まともに戦える状況じゃ……」
エリーナも警戒の表情。ティアも「くっ、ここで私の新魔法があれば……!」と歯噛みする。
「いったん逃げよう。大丈夫、まだ気づかれてないはず……」
僕らはできるだけ物音を立てずに来た道を戻ろうとするが、黒ローブのひとりが鋭い声を上げる。
「そっちに誰かいるぞ!」
しまった――完全に見つかった。
「やるしかないわね……!」
エリーナが咄嗟に魔力を高め、僕も盾を構える。ティアは……まさかの短剣を持つ手が震えている。ここで戦闘になれば、負傷者を守りながら複数の敵と渡り合うのは至難の業だ。
だが、敵が近づいてくる寸前、通路の別方向から激しい足音と怒声が聞こえた。
「闇ギルドめ、ここにいたか!」
現れたのはギルドの警備隊と、他パーティの冒険者たち。どうやら情報を聞きつけて応援に来てくれたようだ。
黒ローブ集団は挟み撃ちの形となり、慌てて散り散りに逃げようとする。僕たちはその混乱の隙に、負傷者を抱えて一気に通路を離脱した。
激しい剣戟の音が背後でこだまする。殺伐とした空気の中、僕たちは何とか仮拠点へ駆け戻り、負傷者を医務スペースへ預けることに成功した。
結果的には、敵との本格的な交戦は避けられた形だが、すぐそばまで闇ギルドの魔の手が迫っていたのは事実。改めて防衛ラインの危険さを思い知る。
「……私、もっと早く可愛いはバリアになる魔法を完成させていれば……みんなを守れたかも……」
ティアが悔しそうに唇を噛む。
「そ、そんな都合のいい魔法が本当に生まれるのかは分からないけど……でも、気持ちは分かるよ。僕も、盾だけじゃ守りきれない場面が増えてきてるし、何か新しい手段を見つけなきゃね」
「ええ。闇ギルドとの本格戦闘になれば、下位ランカーの私たちは一瞬で蹴散らされる可能性だってある。やるべきことは、もっとたくさんあるわ」
僕らは休息を取りながら、今後の作戦を語り合う。
まさか本当に「可愛いバリア」なんて魔法ができるとは思えないが、ティアが諦めないのは分かっている。むしろ、その無茶で突拍子もない発想が、いつか思わぬ形で役に立つかもしれないのだ。
――こうして、僕たちの防衛ラインでの哨戒任務は幕を下ろす。大きな功績こそ上げられなかったものの、負傷者を救助し、闇ギルドの一端を追い詰めたのは事実だ。
そして、ティアはさらに「新魔法の開発」へと踏み込んでいこうとしていた。
果たして、本当に可愛いはバリアになるのか――それは誰にも分からない。だが、彼女の眼差しはどこまでも真剣だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。