1話:バリキャリしてたらもう32歳?!
「光よ、魔力の回路を通じ——理論式第三階層、エネルギー変換率1.76倍、安定域エリプソイド成立——収束せよ!」
私の指先から放たれた小さな光の球体が、目の前の魔法陣の中心で静かに浮かんだ。陽の光が差し込む王宮魔法図書室の空間に、炎の魔力が螺旋を描いて集まってくる。完璧!これぞ「炎帝」リディア・ファイアハートの真骨頂!あと30秒でこの詠唱を完成させれば、魔法理論史上初の次元収束術の基礎が——
「リディア様、お話があるのですが」
集中の糸が切れた。魔力の流れが乱れ、光の球体がブシューッと情けない音を立てて消滅した。
「今、超重要な実験中なのよ!」私は振り向きもせずに怒鳴った。「この瞬間は12年かけて準備してきたものなの!」
扉から顔を覗かせていたのは、宮廷秘書官のジェイムズ。あの小さな丸眼鏡と真っ直ぐに結った金髪は、まるで「邪魔しに来ました!」と宣言しているようなタイミングで必ず現れる。
「大変申し訳ございませんが、」ジェイムズは目を泳がせながら言った。「貴族院からの使者がお待ちです。新たな縁談の話で」
「またかぁ?!」
私は両手で頭を抱え、床に倒れ込む寸劇的リアクションをとった。「そんなの何度目?今週だけで3人目よ!もう勘弁してよ!」
「今回はソレイユ伯爵家の——」
「聞こえなーい!」私は両耳を指でふさいで「ラララララ!」と大声で歌い始めた。「理論魔法の研究中は面会謝絶!それが炎帝の方針よ!」
ジェイムズはため息をついた。この12年間、彼は何度私のこんな態度を見てきたことだろう。
「リディア・ファイアハート様」ジェイムズの声が硬くなった。「国王陛下のご意向もあり、今回ばかりは避けて通れないかと存じます」
その言葉を聞いて、私は劇的に腕を組んでムッとした表情を作った。王命となれば、さすがの私も逆らえない。
「わーかったわよ!でも10分で終わらせるからね。それ以上は私の魔法研究の邪魔をする国家反逆罪よ!」
立ち上がった私は、身長155センチという(魔法使いとしては)平均的な体格で、小柄なジェイムズを見下ろしていた。彼は私の剣幕に少し首をすくめた。
「あの…リディア様、お召し物を…」
見下ろすと、ローブの裾に魔法実験の跡と思われる焦げ跡が数カ所ついていた。それだけでなく、袖には昨夜のワインのシミ、胸元には朝食のパン屑が点々と付着している。
「これでいいのよ!」私は裾をパタパタとはたいて、さらに焦げの粉を床に撒き散らした。「これが本物の天才魔法使いよ!きれいに整った服装なんて、研究に没頭していない証拠じゃない。ね?」
ジェイムズの表情が「そういう問題ではないのですが…」と物語っていたが、彼は苦笑いを浮かべるだけだった。
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王宮謁見の間への道を歩きながら、私は心の中でぶつぶつと文句のオンパレードだった。
12年間!私はフェンリル王国の宮廷でその歳月を過ごしてきたのよ!20歳で最年少宮廷魔術師として招かれ、ずっと魔法理論研究に没頭してきたわ。そして29歳で「炎帝」の称号を与えられ、王室魔法参謀として国の政策にも関わってきた。
完璧な魔法理論を構築すること。それが私の野望だったの。理論上はあらゆる魔術を極めて、王国の魔法研究を飛躍的に進歩させてきたわ。誰もが私の才能を称え、国王カーゲン3世からも絶大な信頼を得ていた。
いわゆるバリキャリである。
超バリバリのキャリキャリである。
でも最近、この窮屈な宮廷での生活にうんざり。特に政略的な縁談話が頻繁に持ち上がるようになり、本当に迷惑この上ないのよ!
「あなたと伯爵家の長男なら、魔法の血脈が…」
「王室顧問官家系との婚姻なら…」
「あなたの年齢を考えると…」
年齢、ね。確かに32歳。されど32歳、まだまだ若いでしょ!
それに、さっきから「お腹空いた」というグゥグゥ音が鳴り止まないの。ジェイムズに向かって、大きなため息を出しながら言った。
「あのねー、縁談の前に、キッチンに寄ってなにか食べたいんだけど?」
「申し訳ありませんが、貴族院の使者が既に30分お待ちです」
「30分も待たせてるなら、あと5分くらい関係ないわよ!私、お腹が空くと魔力が暴走するのよ!」
ジェイムズは慣れた様子で首を横に振った。
「前回そう言って、小謁見室のシャンデリアを爆発させたことは忘れておりません」
「あれは実験よ!たまたま怒っていただけ!」
廊下の窓から、王都アストラリアの景色が見えた。「星の都」と呼ばれるにふさわしい、美しい白亜の建物が立ち並ぶ街並み。12年間、ほとんどこの王宮から出ることもなく研究に没頭してきた私には、それがとても遠く感じられた。
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「ですから、ソレイユ伯爵の次男ヴィクトル様との婚姻は、王国の魔法研究発展においても大きな意味を持つのです」
額に汗を浮かべながら熱弁を振るう老貴族の言葉を、私はほとんど聞いていなかった。代わりに、小謁見室のテーブルに置かれた銀のプレートに盛られたクッキーを一枚一枚、細かく観察していた。
「このクッキー、焼き加減が均一じゃないわね。こっちは焦げてるし、こっちは生焼け。砂糖の分量も明らかに間違ってるわ。こんなものを『宮廷菓子』と呼ぶなんて、笑わせないで!」
老貴族が言葉に詰まり、困惑した表情を浮かべる。
「あの、リディア様…婚姻の件について、ご意見を…」
「ヴィクトル?」私は突然思い出したように言った。「あぁ、あの痩せた男性ね。確か50代で…ちょっと待って、50代?!」
「54歳でございます。魔法使いとしては円熟期。リディア様の若さと才能、そしてヴィクトル様の経験と知識。これほど素晴らしい組み合わせはありません」
私はクッキーを口に放り込みながら、老貴族を上から下まで観察した。多分70代くらい?白髪混じりの頭に、立派な口ひげ。魔法なしじゃ性の衰えも隠せないだろうな…と不謹慎なことを考えながら、にっこり笑った。
「素晴らしいですわね〜」にこやかな笑顔で言った後、表情を一変させて「冗談でしょ?!」と机を叩いた。クッキーが跳ねて老貴族の上品なスーツに粉が散った。
「54歳って私の父親より年上よ!私の才能は、もっと若くて活力のある相手と組み合わせた方が効率的じゃない?」
老貴族は目を見開いて言葉に詰まった。「しかし血筋と地位を考えると…」
「わかりました、検討させていただきます」
私は立ち上がり、会話を終わらせた。もちろん検討なんてするつもりはないわ。でも露骨に断ったら、外交問題に発展しかねないからね。
部屋を出ると、ジェイムズが申し訳なさそうな顔で待っていた。
「ごめんなさいね、研究の邪魔をして」彼は小声で言った。
「いいのよ、お役目でしょ」私は肩をすくめた。「それより、夕食会の準備はできてる?今夜は北方領主が来るんでしょ?」
「はい、すべて整っております。18時より大広間にて」
「じゃあ着替えてくるわ。これじゃさすがに失礼よね」焦げ跡のついたローブを見て、自嘲気味に笑った。
「その姿も悪くありませんよ」ジェイムズが微笑む。「まさに"炎帝"という感じで」
「冗談言わないで!私だって女よ!」そう言いながらも、少し照れていることは隠せなかった。
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