22 みんなの想い






 悩んだすえ吉光は、越智先生には話しておく、と決めた。


 日奈と紘斗も付き添い、面談室で、日奈が録音した音声を越智先生に聞いてもらった。

 越智先生は、「そうか……」と重々しく息を吐いた。


「身体は、大丈夫か? 気持ちの方も……スクールカウンセラーの先生と話したければ、手配もできる」

「だい、じょうぶです」


 吉光は、「相手への処分は求めないし、他の先生に知られたくもない」と言った。


「本当にいいのか? 内容が内容だ、加害者に対してそれ相応の処分は下るはずだ」

「……地元も、一緒だし。変に恨みを、買いたくない、から……」


 たとえ加害者となった2年生が退学になったとしても、安全になるとは言い難い。

 吉光としては、越智先生に状況を知っておいてほしかっただけなのだろう。


「……記者たちには厳重に注意をしておく。生徒たちへの注意喚起も続ける……が、今後も今回のようなことが起きないとは言い切れない」

「自衛するしかないってことっスかね」

「……面目ない」


 紘斗が言うと、越智先生は項垂れ、深く溜息をついた。


(越智先生は……いま、どんな気持ちなのかな)


 蒼佑の話が本当なら、越智先生はA組にAIがいることも、その正体も、知っているはず。

 こんなふうに、無関係の生徒が傷つくことを……どう考えているのだろう。


「吉光。不安だったら、俺が家まで送迎してもいい。なにかあったらすぐに電話しろ。いいな?」

「うん。……ありがとう、先生」


 それでも、こうして越智先生が配慮してくれることで、吉光の不安は少し和らいでいる様子だった。

 複雑な想いのまま、日奈は2人とともに面談室をあとにした。







 3人が教室に戻ると、A組のみんなも各持ち場の準備を終えて、合唱練習のために教室に戻ってきたところだった。


「みんなにも……話した方が、いい、よね」

「……吉光が話せるなら、な。無理すんなよ」


 紘斗の返答に、吉光は神妙な面持ちで頷いた。


 吉光は、先ほどの出来事をみんなに伝えた。

 紘斗に促され、日奈は録音した音声を再生した。


「『……だからってここまでするの異常じゃないすか? AI見つけたらなんかいいことあるんすか?』」

「『いつもいる女記者に言われたんだよ。AIを見つけたら報酬出すって』」


 緊迫した音声に、皆一様にショックを受けていた。

 中には、泣き出してしまう生徒もいた。


「吉光……大変だったな。怪我は?」

「う、ん。鈴鹿くんが……止めて、くれたから」


 間宮が吉光をいたわると、吉光は俯きながら答えた。

 音声を聞き終え、生徒たちは戸惑った様子で次々と声を上げる。


「信じらんない……! こんなひどいことするなんて……」

「"AI狩り"よりひどい! それに、報酬とか……ありえない。私たちをなんだと思ってるの?」


 ―――『どんな形であれ、真実を伝える』

 日奈は、押守記者が言った言葉を思い出していた。


 今回、加害者となった2人に報酬を持ちかけたのが、押守記者なのかはわからない。

 だが、そんなふうに生徒を金で動かそうとする記者がいるなんて―――報道の自由を盾に、何をしても許されるとでも思っているのだろうか。

 それは、報道なんかじゃない。ただの暴力だ。


「越智センには、話したの?」

「う、ん。でも……逆恨みも、怖いし……何もしなくていいって、言っといた」

「あー……まぁ、そうな」


 亜由里が尋ねると、吉光はなぜか申し訳なさそうに答えた。

 この一連のAI騒動で、生徒たちは気づき始めていた。

 学校は、何もしてくれない。いや―――何も“できない”のだろう。

 静かに事態が収まるのをただ待っている。そんな空気が、生徒たちにも伝わりつつあった。


「でも……報酬の話が、ほんとなら。A組のみんなには……話さなきゃ、と、思って」


 ぎこちなく言葉を並べる吉光。

 亜由里と間宮は、その背中をぽんぽんと叩いた。


 このまま放置すべき問題ではなかった。

 しかし、加害者である2人や買収を企んだ記者を糾弾したところで、状況は何も変わらない。

 所詮、自分たち以外に、自分たちの気持ちはわからないのだ。

 周囲に味方がいないこの状況で、どれだけ叫んでも、きっと大勢の言葉や行動に押し殺される。


 山積みの問題を前に、教室の空気は重たくなる。

 その静寂を破ったのは、渡だった。


「実際みんなはさ、このクラスに……AI、いると思う?」


 渡の問いかけに、教室の空気がピンと張り詰めた。

 体育祭以降、だれもが避けてきた話題だった。

 話題を遠ざけ、核心から目を背けた。そうしないと、日常を保つことができなかったのだ。


 教室の空気が緊張する中、日奈と蒼佑だけは違った意味での緊張に包まれていた―――2人だけは、から。


「……いないとも言いきれないし、いるとも言いきれない」


 最初に口を開いたのは、間宮だった。

 すると、他の生徒たちもぽつりぽつりと言葉を繋ぐ。


「全然わかんねぇってのが、本音だよな」

「あぁ。それに、自分じゃないとも……言い切れない」

「そう、だね。わかんない」


 みんな、同意するように小さく頷いた。

 クラスメイトの反応に、渡も「そうだよな」と頷く。

 日奈は、ドクドクとうるさい心臓から意識を遠ざけながら、渡の次の言葉を待った。


「ただ、一個言えんのは……」


 渡は唇をぎゅっと結んだ。そして少しの間があったのち、まっすぐ前を見据える。


「俺はもう、"AIさがし"……したくない」


 渡の言葉に、日奈はハッと顔を上げた。

 他の生徒たちもまた、驚いたように渡を見つめる。


「こん中の誰も傷ついてほしくないし、傷つきたくもない。だったら、AIが誰かなんて、最後までわかんなくていい」


 渡の真っ直ぐな言葉に、日奈の胸がぎゅっと痛んだ。

 震える手を隠すように、日奈はスカートの裾を握りしめた。


「……私も、渡に同意。傷つけ合うくらいなら、AIが誰かなんてわかんないままの方がいい」


 渡に続いたのは、葵衣。

 葵衣らしい誠実で真っ直ぐな言葉に、教室の空気が揺れ動く。

 そして、生徒たちが次々と声を上げ始めた。


「たしかに。俺もずっと『もう誰がAIでもよくね?』って思ってた」

「てか、半年以上バレずにクラスにいるってすごくね? もうそれ、AIってか“ほぼ人間”でいいじゃん」

「わざわざ追及して揉めるの、時間の無駄だし……誰も得しないよね」

「もし自分がAIだったら、いつか気付く日が来るだろうしね」


 体育祭よりも前だったら、こんな風には言い合えなかったかもしれない。

 互いのことを知り、想いあえるようになった今だからこそ、生徒たちは『このままでいい』という選択をしたのだ。


 そんな中、「もしも……」と口を開いたのは、瀬名だった。


「もしこの中の誰かがAIだとして……それが誰だったとしても、あたしはその子に消えて欲しくない」


 日奈の想いを代弁するような瀬名の言葉に、日奈は下唇を噛み、ぐっと涙を堪えた。

 瀬名の声は、少し震えていた。けれどその言葉には、瀬名の強い想いが宿っていた。 


「できることなら、3年間……誰がAIなのか隠し通して、みんなで卒業したい」


 瀬名のその一言が、教室の空気を一変させた。


「それいいじゃん! 瀬名に賛成!」

「いいな。みんなでお互いを守り合うっつーか……」

「それな。興味本位で"AI狩り"してくるような奴らに、クラスの仲間奪われたくねぇわ」


 生徒たちの言葉が重なるたび、教室の温度が少しずつ上がっていく。

 彼らの言葉を聞くうちに、日奈はとうとう堪えることができなくなった。

 張りつめていた感情がふいにほどけて、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。


「日奈、大丈夫?」

「ごめん……! 泣くとこじゃ、ないのに……」


 横から差し出された声に、日奈は顔を伏せたまま頷いた。


 1年A組と、他のクラスとの違い―――

 みんな、疑われる怖さを知っている。

 自分かもしれないという不安を、知っている。

 だからこそ、辿り着いた答え。

 みんなの“選択”に、日奈は安堵し、緊張がとけていくのを感じた。

 みんなは、

 それでも、日奈が抱えきれなかった思いをみんなが受け止めてくれている―――そんな気がした。


「あの……」


 周囲の様子を気にしながらおずおずと声を上げたのは、吉光だった。

 涙を拭い、日奈も顔を上げる。


「みんなが良ければ、なんだけど……」


 吉光の言葉を聞きながら日奈は、視界の隅に紘斗を捉えた。

 みんなの暖かな表情とは裏腹に、紘斗は目を細め、じっと足元を見つめていた。





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