センティエント・ブルー

pico

01 クラスにAIがいる?





 うちのクラスに、AIがいるらしい―――




 親友の朝の第一声に、佐倉さくら日奈ひなは英単語帳から視線を上げて、眉をひそめた。


葵衣あおい、また新しい韓国ドラマにハマったの?」


 親友の岩佐いわさ葵衣あおいは、ドラマやアニメにハマるとその世界観にどっぷりと浸かるタイプ。

 今回もそのたぐいだろうと思って日奈が返答すると、葵衣は「ちがうって、ドラマの話じゃなく!」と首を横に振った。 


「今朝、AIRAが教えてくれたの! ほら、これ」


 AIRAというのは、AIアシスタントのこと。話しかけると、その日のニュースやSNSで話題になっていることなど、なんでも教えてくれる。

 葵衣は、タブレットの画面を日奈に見せた。SNSの画面を、スクリーンショットしたものだった。

 写っていたのは、デフォルトアイコンの投稿者の書き込み。

 コメントはなく、なにかの書類のようなものの写真だけが載っている。


「……ほんとだ。鳴高なるこうの名前がある。なに、この『新型AIロボット』って」

「わかんないけど……」


 書類の最上部には、『新型AIロボット社会適応実験 協力校一覧』と書かれている。

 10校ほどの学校名が並ぶ中に、日奈たちが在学している私立鳴海なるみ学園高校の名前も載っていた。


「でもこれだけじゃ、『うちのクラスにAIがいる』って話にはなんないんじゃない?」


 日奈たちの話に割り込んだのは、椎名しいな蒼佑そうすけ

 蒼佑は日奈の幼馴染で、同じ1年A組のクラスメイトでもある。


「蒼佑。おはよ」

「協力校ってだけなら、授業の一環としてAIロボットがやってくるとか、そんなんかもしんないじゃん。そんなの今どきどこの学校もやってるだろ」


 ――20XX年。

 世界のAI技術は急速に発展し、それに伴ってロボット開発も競うように進化を遂げていた。

 中でも日本は、深刻化する少子高齢化と労働力不足への対策として、AIロボットの導入を積極的に推進してきた。


 いまや、街を歩いてAIロボットを目にしない日はない。

 教育現場でも、清掃や物資の運搬を担うAIロボットやドローンが導入されている。さらに、AIアシスタントのAIRAが成績管理やカリキュラム編成といった役割を担うなど、さまざまな場面でAIが活用されている。

 しかし葵衣は「そうじゃなくて……」と、スマホの画面を日奈たちに近寄せた。


「ほら、鳴高の名前の上に、欅ヶ丘けやきがおか高校ってあるでしょ? 実際この欅ヶ丘高校の1年のクラスに、AIらしいの!」


 葵衣の言葉に、蒼佑は眼鏡の奥の目をパチパチとしばたたかせた。


「はぁ? 生徒の中に、紛れ込んでたってこと?」

「そうそう!」


 葵衣は興奮した様子で、身を乗り出した。

 前述のとおり、AIロボットはすでに社会に深く浸透している。とはいえ、それらはあくまで職業ロボット。

 同じ学校で、クラスメイトとしてAIロボットが一緒に授業を受けるなんて話は、日奈も蒼佑も聞いたことがなかった。


「それから、他の高校でもAIさがしが始まって、『うちの高校にもいた』っていう書き込みがどんどん上がってきて……」


 葵衣はスマホを操作し、実際のSNS上の書き込みを2人に見せる。

 『うちの学校のAI特定した』という書き込みから始まり、疑いのかけられた生徒の氏名、それにボカシ付きの顔写真まで公開されている。

 蒼佑は思わず「うわー、晒されてる」と声をあげた。


「これが、金曜日の話。で、鳴高の各クラスでも、土日のうちにクラスチャットとかでAIさがしが始まったんだけど、それっぽい生徒はいなくって。消去法でいま、ウチのクラスが疑われてる」


 葵衣の言葉を聞いて、日奈は「そういうことか」と頷く。


「1-Aだけ、その騒動に乗り遅れたってことね」

「ウチのクラス、SNSやってる子少ないしね。みんなこういうのに乗っかるタイプじゃないし」


 1年A組は、特進科のクラス。

 特進科を志望し、入試で上位だったメンバーが集められたクラスだ。

 みんな比較的個人主義で、よくも悪くも干渉しあわないクラスだった。


「それ、俺も見た。AIがクラスメイトとか、夢あるよな」


 3人の背後から葵衣のスマホを覗き込んだのは、わたり心太しんた

 クラスいちのお調子者で、ムードメーカーでもある。特進科には珍しく、運動部に所属している。


「夢ぇ? あるかぁ?」

「だって、AIと人間の共存なんて、科学文明の最先端じゃん。その最初の実験に立ち会いました! って、将来自慢できるかもよ」


 怪訝に聞き返した蒼佑に、渡はあっけらかんと答える。

 すると今度は葵衣が、タブレットを鞄にしまいながら言った。


「私は抵抗感あるけどな。AIって、人間にとって代わるみたいなイメージあるし。私らが必死で勉強してるのに、AIは頭の中で検索すればパッと答えを出せちゃうんでしょ? それってズルくない?」


 葵衣が感じる抵抗感については、日奈も同意だった。

 しかし、そう考えると―――


「じゃあ、もしこのクラスにAIがいるとしたら……頭脳明晰で、テストはオール満点ってこと? そんな子、さすがにいなくない?」

「……あれ?」


 鳴高では、テストの成績上位陣は、合計点数とともに発表される。

 1年A組の成績上位はたいてい蒼佑だが、さすがに全教科満点をとったことはなかった。


「いや、テストの点数の獲得配分も、プログラミングされてるかも……適度に間違えるように、とか」


 そう言って蒼佑がウーンとうなると、葵衣がくってかかる。


「なんのためにそんなことするの?」

「AIってバレないためじゃない?」

「そもそもなんでAIが学校に来るの?」

「いや、俺に聞かれても知らないよ。AIと人間の共存実験とか……もっと単純に、新型AIの実用化実験とか……わかんない、そんなの」


 葵衣との問答に、蒼佑は匙を投げた。

 葵衣はまだ納得がいかないようで、フンと鼻を鳴らす。


「そこまでして人間社会に溶け込む必要ある? AIはAI、人間は人間でいいじゃん」

「うーん……」


 葵衣の言うことも、もっともだった。

 AIロボットはこれまで、つくられてきた。

 高校生に混じって勉強をするAIロボットなんて、だれが、なんのためにつくるのか。

 日奈たちには到底、理解できなかった。


「あの」


 4人で頭をひねっていると、控えめな低温ボイスが日奈たちの頭上から降ってきた。


「そこ、俺の席」


 通路に立つ声の主は、鈴鹿すずか紘斗ひろと

 長身で、無口な男子。クラスメイトとも最低限の関わりしかなく、あまりクラスに馴染んではいない。

 渡が紘斗の席に座っていたため、声をかけてきたらしい。


「わ、鈴鹿! ごめんごめん」

「うす」


 慌てて渡が席をあけるが、紘斗は表情を変えることなく机にボンと鞄を置いた。


「鈴鹿はどう思う?! AIの……」

「キョーミないっす」


 話題の導入すら聞く気もない様子で、紘斗はヘッドホンを装着し、鞄から取り出したテキストを開いた。


「今どきヘッドホンて……」

「ちょ、渡、やめな」


 渡のツッコミを、葵衣が制する。

 骨伝導や皮膚伝導のイヤホンが主流の現代、ヘッドホンはもはや遺物に近い。


(音楽にこだわりがある……とかなのかな)


 日奈は、紘斗が音楽準備室を出入りする姿を、何度か見かけたことがあった。

 音楽系の部活に入っているわけでもなさそうだし、謎多きクラスメイトのひとりだった。




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