第40話
若き当主の浩一郎が上座に着き、その右手側側面の席に煌、その向かい側に美月が座った。
采配する美子は座留めを意識してか、美月の隣の席に着いていた。
(こんなふうに家族で食卓を囲むのはいつ以来だろう)
美月は笑みを浮かべながらも、緊張を覚えていた。
姉が自分を憎んでいるというのは誤解だと理解したが、並んで食事を楽しめるほど打ち解けたわけではない。
それでも、こうして夫とともに姉兄と会食できることを、嬉しくも誇らしくも思っていた。
日ごろ食事中はあまり話をしない煌も、さすがに会食ともなればそれなりの受け答えはできる。
むしろ問題は美月自身で、
「それで、美月はどう? 横浜には慣れた?」
そんなふうに浩一郎に訊かれても、何をどう話していいのかわからず、言葉に詰まってしまう。
気遣って、煌が会話を拾う。
「申し訳ない。じつはこれまで自分の休みがあまりなかったため、美月は留守番ばかりでほとんど外出していないのです」
「そうなんだ?」
「そうだ、機会があれば、ぜひ遊びにきてください。美月と一緒にご案内しますよ」
「それはいいね。ぜひ、姉さんも一緒に」
屈託なく応じる浩一郎に、美子がやんわり釘を刺す。
「浩一郎さん、久良岐さんは学生のあなたと違ってお忙しいのよ。調子に乗ってわがままは言わないでね」
「いえ、どうかお気遣いなく……」
ふいに、煌が言葉を途切らせた。
同時に、美子も手にした箸を膳に戻した。
先刻までとは違う真剣な顔を弟に向け、美子が問う。
「浩一郎さん、どなたから、何を預かっていらしたの?」
尋ねられた浩一郎が、事態を察して答える。
「
美子が立ち上がると同時に、煌も席を立った。
「あなたたちは、ここにいなさい!」
美子の声は、美月と浩一郎に向けられたものだ。
それから、後に続こうとする煌に視線を合わせて言う。
「これはわたくしの仕事です。どうか、ここで妹たちを護っていてください」
「……承知しました」
美子が去った食卓の間は、先刻までの和やかな空気は一変し、静まり返った。
ややあって、煌が浩一郎に尋ねる。
「高司先輩というのは、高司公爵家の?」
浩一郎がうなずいた。
かつて京都で暮らしていた公家たちの多くは、明治維新を機に帝都東京に移り住んでいる。その際、先祖伝来の品々をすべてを運ぶことは難しく、屋敷とともに売られたり蔵に置き去りにされる物も少なくはなかった。
件の掛け軸も、そのように京都の蔵に納められていた物なのだろう。
当時の高司家当主がその掛け軸を帝都に移さなかったのは、たいして価値のあるものではなかったから。あるいは、側に置きたくないいわくつきだったから――。
「もしかして、ご先祖はわざと京都においてきたのかなー?」
苦笑する浩一郎に、
「その可能性も否定はできまい」
煌もうなずいた。
ともあれ、美子はその道の第一人者で、若いながらも経験は豊富だ。任せておけば間違いはない。
そう思われたのだが。
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