第27話

 夕方、煌は珍しく夕食に間に合う時刻に帰宅した。

「昨日の報告書と日誌を書いて提出するくらいしか、仕事がなかったからな」

 煌は言い訳のようにそう言った。


 昨夜は意識を失うほどのダメージを負っていたのだ。

 平気そうにしていても、体の内はまだ回復していないのだろう。

 煌の体は心配だが、早く帰ってきてくれたのは嬉しい美月だ。


 夕食を共にして、食後のお茶を飲んでいると、リビングに置かれた電話が鳴った。

 タキが出たが、煌もすぐに立ち上がってリビングに向かう。当然のことながら、この家の電話のほとんどは煌の用事だ。

 リビングと食堂は廊下を挟んで向き合っている。

 聞くつもりはなくとも、煌の声は食堂の美月の耳に届いた。

 仕事の話なのだろうか、初めは穏やかに挨拶を交わしていたようだが。


「それは承服いたしかねます!」

 大きな声で、煌が言い切った。


「ええ、その通りですが……家内には関係ありません」


(わたし……?)

 口調からして上官との電話だと思われるのだが、そこでどうして美月の話になるのか理解できない。


 その後も何やら問答が繰り返されたようだ。

 電話を終えて食堂に戻った煌は、不安そうに自分を見る美月に苦笑して言う。

「職場の上官からだ。大したことじゃない」

「でも、わたしのことで、何か……」

「それは……水口のやつがよけいなことを口走って、それを局長が真に受けただけだ。気にするな」

(水口さんが、わたしのことを?)

 美月が思い当たるのは、水口の手を握ったことくらいだ。

 夫の後輩の手を握るはしたない女など、港湾特殊部隊隊員の妻に相応しくないと、叱責されたのだろうか。


 美月は気になったが、煌はそれ以上電話のことについて話してくれそうになかった。

 そして、

「明日は船が入港する予定はないから、ゆっくりできそうだ。今夜は俺の部屋で寝むか?」

 美月の肩を引き寄せて尋ねた。

「あの、まだお疲れではありませんか?」

「うん。あなたも疲れているだろうから、添い寝だけでいいのだが、それでは不満か?」

 問い返されて、美月は自分のほうがねだったようで恥ずかしくなり、

「あとで、参ります」

 小声でそう答えるのがやっとだった。

「待ってる」

 煌は笑って美月の肩を抱き、耳元でそうささやいた。

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