第21話

 立ったまま抱擁するふたりの足元を、温もりがスルリと擦り抜けた。

 一度ならず、二度、三度。

(ミィってば)

 煌も気になったらしく、腕を解いて下を見る。

「こんなところに猫が?」

 そして、美月を見て訊く。

「あなたの猫か?」

「はい。申し訳ありません、勝手に連れてきて……」

 無断で飼っていたことを詫びる美月にはかまわず、煌は猫を抱き上げた。

 不慣れな手つきではあったが、敵意はないと感じたのか、猫はおとなしく煌の腕の中に納まった。

「可愛いな」

「お嫌いではありませんか?」

「飼ったことはないが、生きている動物は好きだ」

 妙な言い方になるのは、おそらく煌の仕事のせいだ。


 好きだというのは本心らしく、煌はしばらく猫を抱いて指先で喉や眉間を撫でていた。

 やがて、かすかに顔を曇らせる。

「この子は、胸の病か?」

「え……?」

 ずっと飼っていたのに気づかなかった。美月は心配してミィを覗き込んだ。

 胸の病気といえば、思い浮かぶのは結核や肺炎。どちらも恐しい病だ。

「呼吸のたびに、変な音がする」

「…………」

 美月は、煌の顔を見上げた。

 真剣な顔。どうやら本気で言っている。

「もしや、ゴロゴロという音ですか?」

「そうだな、グーグーとも聞こえるが」

「それなら大丈夫です。たぶん気持ちが良くて、甘えているのです」

「……そうなのか?」

 今度は煌が美月の顔を見た。

 そして、それなら良かったと笑った。


 その笑顔が、美月の胸に甘く突き刺さる。

(ほんとうにお優しい方なのだわ)

(わたし、この方と結婚できて、ほんとうに良かった)

 美月は心からそう思った。

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