〝幽玄郷〟へ




 神樹は〝超大な樹の姿をした魔法である〟と僕は判断した。


 というのも、干渉して調べていく内に、あの巨大過ぎる樹木の内部に幾つもの魔法が構成され、それらがそれぞれの役割を果たして支え合い、一つの魔法として常に発動しているという、非常に扱いがめんどく……げふん、難しい代物であることが発覚したからだ。


 神の本体だと考えていたけれどそうではないっていうのは、ちょっと意外な展開だ。

 そもそも〝神樹様〟っていうのは一体どんな存在なのかという疑問も生まれる。


 最悪の想定として、神樹は神樹として機能しているものの、悪魔や邪神が神樹を名乗って成り代わっている、という可能性。

 ただまあ、それはないだろう。


 おそらくは神の一柱ではある。

 でなければ、聖霊の言う〝神樹様〟という神は存在しないはずだし、そもそも【神性交信】という先天性技能保有者プライヴィーラとしてのユニークスキル、それに効果の説明がつかない。

 聖霊が僕を騙していたというのも考えにくい。

 あの聖霊が持つ力は確かに神の残滓のようなものを感じるし。


 僕としては、神樹という神は確かに存在しているものの、世界の〝浄化〟が邪神の軍勢によって間に合わなくなり、己の身体――つまり神を依代に魔法を無理やり強化し、浄化のシステムを構築した、という可能性が高いと考えている。

 聖霊が神樹と話せないような休眠状態であるというのも、おそらくはこのシステムを稼働し続けることによって意識が生み出せないせいではないか、とも。


 真相を知るにはルシィを介して聖霊に問いかけるしかなさそうではあるけれど、ともかく、今は神樹の生い立ちなんて気にしている場合ではない。


 現状、この神樹を僕の領域で強引に塗り潰すということも、できなくはない。

 ただ、それをやってしまうリスクが大きい。


 先述した通り、神樹は複数――それこそ、数十から数百単位の魔法の塊が、一つの魔法を構築しているような代物だ。

 一部でも魔法が破綻した瞬間、それぞれの魔法に対してどのような影響が生まれ、何が起こるのかも予測できない。

 そのため、下手に手を出す訳にもいかない、というのが実状だ。


 解析には時間はかかるけれど、できなくはないだけマシか。

 下手に手を出す前に調べておいて良かった。


 神樹が機能しなくなった結果、邪神の軍勢が勢いづいて世界を破壊してしまったら、せっかくの第三勢力ムーブができなくなるしね。

 ちゃんと第三勢力ムーブをするためには、どちらか一方だけが勝ち過ぎるのは良くないのである。


 もっとも、それも『終わりの獣』の子たちがやってくるまでの話だ。

 僕らが派手に動けるようになったら、その時は〝勇者〟を支援しつつ第三勢力ムーブをしつつ、邪神には退場してもらう。

 あれは世界を侵食しているような存在だし、放っておいても邪魔になるからね。


 さて、そのためにも解析には集中して取り組むとして、問題はルシィだ。

 彼女の同化と存在――いわゆる魂の流出を止めるためにも一度は合流して、ラトに協力してもらって回復させておきたいところではある。


 なので居場所を探ろうかと思ってあちこち探っていく。

 うーん、結構広いんだけど……――あ、見つけた。

 しかも何故か神樹の真下あたりの位置に。


 領域を広げてみれば、どうやら神樹の根本にある建物を介して地下深くに入っていったようだ。


 当初の予定では、先にルシィを見つけて転移で連れ出し、それから色々動けばいいと考えていたんだけど、ルシィがいるあの場所、どうも神樹から直接生み出されている結界に覆われている場所っぽいんだよなぁ……。

 複雑な魔法がルシィのいる場所にも及んでいるみたいだし、下手に僕が近づいてしまうと、一部でも魔法を壊してしまって連鎖的に影響が出る、なんてことも考えられる。それは避けたいところだ。


 無事なのは確認できたし、居場所も分かっている。

 なのに手を出せないっていうね。


 ……なんだろうな、この微妙な感じ。

 もう面倒臭いから正面から堂々と登場して全部吹っ飛ばしたくなってきたよ。


 まあ、それは最終手段だね。

 自重しよう。

 ラトがブチギレたりしたら、ちょっと大変なことになりかねないし。


 タイムリミットは、あと七日程度といったところだ。

 僕が強引に乗り込んでも影響がないことだけでも確認できれば転移で連れ出せるし、もう少し耐えてもらおう。


 そう考えてから、僕は一旦迷宮都市グラドのシンラさんのところに向かって転移することにした。





 迷宮都市グラドへと直接転移した僕が向かったのは、シンラさんの居場所でもある娼館っぽい建物である。

 さすがに正面から堂々と入ろうとすると、僕を知らない人に止められたりもしそうだから、裏口側に転移したけど。


 そうして姿を現したところで、ちょうどシンラさんの付き人というか護衛役というか、そういう立場にいるらしいリンさんが裏口を開けて出てきたところだったらしく、僕と目が合った。



「久しぶりだね、リンさん」


「……えぇと、ソウ様、ですか……?」


「うん。え、もう忘れたの?」


「い、いえ、忘れてはいませんが、なんと言いますか、その……少し大きくなりました、ね?」



 …………あぁ、そうだった。



「成長期だからね」


「……そうでしたか」



 てへっと笑って言ってみれば、素直に引き下がってくれた。

 納得はしていないけれど、これ以上は突っ込んで訊ねても答えてもらえないって察した人の反応だ。大人だね。その方が助かるので僕も何も言うつもりはないし、助かるよ。


 リンさんも、最初は僕のこと結構警戒している感じだったんだけれども、『夜光蛇』の頭領であるクレハさんや、その右腕というか、実質的な指示役のカグラさんたち〝三姉妹〟が僕のことを色々言ってくれたのか、お客様扱いするようになってくれたのだ。

 おかげで話が通りやすい。



「本日はシンラ様に会いにいらしたのですか?」


「そうなんだけど、いるかな?」


「いえ、〝幽玄郷〟にいらっしゃいます。最近はの影響もあって、最近はこちらの〝夢幻街〟よりも〝幽玄郷〟で諸々の引き継ぎなどに忙殺されてしまっていて……」


「あぁ、そういえばそんなこと言ってたっけ」



 最近は僕も拠点にいる有能お爺ちゃん執事ことヨアキムを介してやり取りしていたものだからすっかり忘れていたけれど、そういえば今、クレハさんやカグラさんたちは随分と忙しいんだっけ。


 理由は単純で、邪神側の勢力圏にあるという彼女たちの故郷を奪い返すためだ。

 僕としてはそっちは副産物というか、目的のついでではあるのだけれど、それに助力するという形で。

 そちらに動くとなると『夜光蛇』のトップ陣営がグラドを空けなくちゃいけなくなるので、その時に過不足なく運営できるよう、色々とやることが多いらしい。


 一応、必要であれば僕が毎日グラドに送迎してあげてもいいとは言ってあるんだけどね。

 クレハさん的にも何やら思うところがあるようで、それは最終手段にしたいのだとか。



「これから〝幽玄郷〟に向かいますので、宜しければご一緒にいかがです?」


「あぁ、うん。そうさせてもらおうかな」


「では、こちらへどうぞ」



 リンさんに促されて〝夢幻街〟を進む。


 グラドは『闇烏』の解体以降、色々と慌ただしい日々が続いているらしい。

 あの騒動で『神狼』側が受け入れられるところは受け入れたりもしたそうなのだけれど、全体的に見ればそれは一部だけであり、『闇烏』の下部組織となっていた組織などに関しては容赦なく解体に追い込んだそうだ。


 その影響もあって、少々グラド内の治安も一時は悪化したようだ。

 ゼンタール帝国側も大使を新しく派遣してきて、しかもその下にいた公使とかいうよく分からない人も更迭されたりとかもあったのだとか。



「――そういった状況を考えれば、ソウ様が突然大きくなったのは都合が良いかもしれませんね」


「うん?」


「ソウ様は悪魔として指名手配されていますからね。その際に書かれた身長と今の身長ではかなり異なりますし。髪や瞳の色も今はずいぶんと明るくなっていますし、同一人物だとは気付けないでしょうから」


「あぁ、そういえばそんなの指名手配とかあったね」



 そういえばあったね、うん。

 僕はもうすっかり忘れていたレベルだったけれども。

 いや、だって似顔絵とか全然似てなかったし。


 そんな話をしている内に、何かをすり抜けたような感覚。

 今のはおそらく、人避けか何かの結界の類だろう。

 周囲の喧騒が遠ざかったかのように静まり返り、背の高い壁で行き止まりとなっていて、左右には狐を象った石灯篭が佇んでいるその場所へと到着した。



「今、開けます」



 リンさんがそれだけ言って、二枚の長方形の紙を取り出した。

 ミミズがのたくったような奇妙な黒い文字が書かれていて、忍術とか飛び出しそう。


 それらが青白い炎に包まれたかと思えば、火の玉となって浮かび上がり、それぞれが壁際に置かれた狐の石灯篭へと近づいていく。

 そのまま、青白い火の玉がそれぞれの狐の石灯篭の首元、縄に括られた鈴の部分に吸い込まれるように入っていき、壁がすぅっと消えていった。


 一度だけカグヤさんに連れて来られたこともあったけれど、相変わらずおもしろいギミックだ。


 そうして眼の前に広がる、和風ファンタジーっぽい町並みが目に入る。



「さあ、行きましょう」



 久しぶりの〝幽玄郷〟にちょっとだけワクワクしながら、僕はリンさんの後をついて足を進めていった。




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