第21話 王の依頼

 ベルを怒らせた俺は、何もやる気がせず、ベッドの上で気をつけの姿勢でうつ伏せになっていた。


「はあ……」


 ため息しか出てこない。


 またもやベルを怒らせてしまった。これで結婚が遠のいてしまった。


 ベルの言うとおり、少し暴れすぎてしまったのだろうか……花壇だけは荒らさないように気をつけていたつもりだったのだが……


「はあ……」


 何度目かわからないため息をついたとき、俺の部屋のドアをノックする音が聞こえた。


 コンコン!


「入れ。鍵はかかってない」


「失礼します」


 部屋に入ってきたのはロザリーだった。


「どうしたんですか? カインド様にしては不用心じゃないですか?」


 ロザリーは俺を不思議そうな顔で見つめている。


「別に。なんか面倒くさくってな」


 俺はロザリーの方を見向きもせずに、ぶっきらぼうに答えた。


「ひょっとして、ぶ……勇者と喧嘩してベルちゃんに怒られたのがショックなんですか?」


「べ、別にショックなんかじゃ……って、ベ、ベル? お前達いつの間にそんな親密に……」


「だってわたし勇者のお世話をしていますからね。毎日ベルちゃんとも会っているうちに仲良くなったんですよ。今では時々勉強なんかも教えたりしてますよ」


「いいなあ……俺に言ってくれれば、『魔王の帝王学』とか『部下のしつけ方法』とか教えてあげるのに……」


「うん、それ、ベルちゃんにはまったく必要ないですね。それよりもいいんですか? お城を直さなくても? 勇者は石大工さんを呼んで一生懸命直してましたよ」


「ああ……それならいいんだ。正々堂々、あの豚と勝負して勝ったからな。修理の件に関しては、あいつの受け持ちになった」


「正々堂々と勝負? 勇者とどうやって勝負したんですか? まさかじゃんけんとか?」


「その『まさか』だ」


 俺はうつ伏せのまま、顔だけをロザリーに向けて言った。


 俺の答えにロザリーは目を丸くした。


「えっ!? 魔王と勇者がじゃんけんしたんですか!? なかなかシュールな絵ですね……見たかったなあ……カインド様、じゃんけん強いんですね」


「そんなことはない。ただ、あいつが『最初はグー』とか言いながらグーを出そうとしてきたから、俺は『断る』と言ってパーを出したんだ。先に自分が何を出すか宣言するなんて、本当にあいつは豚でバカでどうしようもない奴だ」


「いや、人間界ではそれは暗黙のルールで……」


「そんなルールは知らん。待ったなし、文句なしの一回勝負だ。あの豚はお前と同じ事をギャーギャーわめいていたけどな……ところでお前、何しに来たんだ?」


「わ、わたしは、カインド様が朝食にもお姿を見せないので、心配になりまして……」


「……お前、いい奴だな……あの時、助けてよかったと、心から思うぞ。俺が人間界を征服して魔族を復興させた暁には、お前を宰相に――」


「結構です。わたし、人間ですから。でも思ったより元気そうで安心しました。早く気持ちを切り替えないと、ベルちゃんに余計嫌われちゃいますよ」


「……ああ、そうする。また俺に何かあったら相談に乗ってくれるか?」


「ええ、喜んで! もう、あのビンタのことは忘れてください! わたしでよろしければ力になりますよ!」


「……助かる。ありがとう……」


(……相手が女だとはいえ、すんなりと人間に礼が言えるようになった……俺は確実に変わってきている……それが良いことなのか悪いことなのかわからんが……)


「それじゃあ、わたしは仕事に戻りますね。元気出してください、カインド様!」


 ロザリーが元気よく部屋を出ていこうとした時、入れ違いでイリアが部屋に入ってきた。


「カインド、部屋にいたのか。王がお呼びだ。会議室まで一緒に来い」


「知るか。用があるならお前が来い、と言っておけ」


「いいから来るんだ。王直々の命令を拒むことは許されん。頼む、一緒に来てくれ」


(チッ! 面倒くさい……これが女の言葉でなかったら完全に無視するか殺すんだけどな……)


「わかったわかった。行けばいいんだろ。俺様を呼びつけるとは……」


 俺はようやくベッドから起き上がり、イリアについて会議室へと向かった。



 ◆◇◆



 コンコン!


「誰だ?」


「イリアです。カインドを連れてまいりました」


「よし、入れ」


 イリアに促され俺が会議室に入ると、王と、なんとあの豚が座っていた!


「イリア、ご苦労。お前は下がっていいぞ」


「はっ! 失礼しました!」


 イリアが会議室を出ていき、会議室は俺と王、豚の二人と一匹だけになった。


 王が重い口調で、有無を言わさない様子で俺に言った。


「カインド、わたしの近くに座ってくれ。三人だけで話したいことがある」


「それはかまわんが、ここでまた密談か? 何故豚がここにいる? お前は城の修理の担当だろう?」


 俺が豚の顔を見ながらせせら笑うと、豚は嫌みな笑みを俺に返した。


「ああ、誰かさんの卑怯なじゃんけんのおかげでひどい目にあったよ。まったく、卑怯に関してはお前の右に出る者はいないな」


「ふん、何とでも言え。俺にはブヒブヒと豚が鳴いているようにしか聞こえんからな」


 冷静を装っているが、豚はかなり怒っている。いい気味だ。殺されないだけありがたく思え。


「二人とも、そこまでだ。儂はお前達の喧嘩を見物するために、ここに呼んだわけではない」


(チッ! もったいつけた言い方を……ただでさえ豚と同じ部屋にいることが我慢できんというのに……)


「では何のために俺を呼んだ? さっさと用件を言え」


 俺の言葉に対して、王は俺の目をまっすぐ見ながら言った。


「カインド、勇者殿と組んで殺してもらいたい奴がいる」

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