第20話 憎しみを込めた握手

「お、お義父さん、だと……?」


「ああ、そうだ。さあ、言ってみろ、僕のことを『お義父さん』と! それができなければ娘との交際は認めない!」


 ブチッ!!


 俺の中で何かが完全にキレた。


 バキイイイイッ!


 俺は豚の顔面を思いっきり殴り飛ばした。


「貴様! 自分の娘を盾に自分の命を助けてもらう魂胆か! ふざけるな! 俺は貴様のような奴をベルの父親とは認めん! 貴様を殺し、ベルは俺が略奪する!」


 よろよろと立ち上がった豚は、俺の予想を超えたスピードで俺との距離を詰め、パンチを繰り出してきた。


 バキイイイイッ!


 今度は俺が殴り飛ばされ、後ろへ吹っ飛んだ。


「ふざけるな! 僕のかわいい一人娘を略奪だと! そんなことは絶対にさせない! 僕は命に代えてもベルを守る!」


 俺は豚の怒声を聞きながら、ヨロヨロと立ち上がり、口の中から折れた奥歯を吐き出した。


「上等だ……やはり俺達は殺し合う運命なのだ……貴様を今、この場で殺し! ベルを奪う! 勇者アレク! 貴様をズタズタにしてくれるわ!」


「そうはさせん! 喰らえっ! 『爆発エクスプロード』!」


 俺は豚の手から放たれた『爆発エクスプロード』をジャンプして躱し、魔法を放ち返した。


「甘いわ! 焼け死ね! 『火柱ブレイズ』!」


 俺は呪文を唱え、火柱を床から何本も発生させ豚を狙ったが、豚は体型に似合わぬ軽いフットワークで火柱を躱した。 


「カインド! お前こそ甘い! そんな魔法で僕を殺せると思ったか!」


「チッ! それならば! 『酸性雨アシッドレイン』!」


「なんの! 『太陽の光サンシャイン』!」


 ドガアアアアッ! ドゴオオオオオオオッ! ガラガラッ!


 俺達の魔法合戦により、周囲は瞬く間に瓦礫の山と化した。


 騒ぎを聞きつけて、次々と城の中から人が駆け出てきた。


『何事だ! 敵の襲来か!?』


『いや、違うぞ! カインドと勇者様が争っているんだ!』


『大変だ! おい、皆で止めるぞ!』


 城から出てきた兵士達は、こぞって俺達の間に入り仲裁を試みた。


『お止めください、カインド様! 勇者様も!』


『一体何があったというのですか!? 二人とも落ち着いて!』


 しかし、俺と豚の争いは一向に収まる気配はない。それどころか激しさを増そうとしていた。


「どけっ! 貴様ら! 邪魔をするなら貴様らも全員殺すぞ!」


 俺が一喝すると、兵士達は震え上がり、仲裁に入ろうとする者はいなくなった。


「そうだ、お前らはそこで固まってろ! 勇者アレク、魔法合戦では埒があかないようだ……剣を抜け!」


「望むところだ! では行くぞ! でやあああああっ!!」


 俺と豚の剣が交差しようとした、まさにその時だった。


「いい加減にしなさい!!!」


 俺と豚はその声を聞いた途端、ピタリと動きを止め、聞き覚えのあるその声の方をそーっと見た。


 そこには、鬼のような形相をしたベルが、怒りにわなわなと震えながら立っていた。


「こんな夜中に何やっているの、二人とも!! お城をこんな風にしちゃって誰が責任を取るの!!」


 俺と豚は剣を収め、シュンとうつむいたまま、微かな声を絞り出した。


「「……ごめんなさい……」」


 ベルは怒りの形相を保ったまま、つかつかと俺達の前まできて怒鳴り散らした。


「一体、何がどうなっているのよ!! 二人がやっているのはただの喧嘩じゃなくて、まるで殺し合いじゃない!!」


 ベルの怒りに対して、俺達二人は同時に弁解の声をあげた。


「聞いてくれ、ベル! カインドは――」


「違うんだ、ベル! このぶ、いや勇者が――」


「二人ともうるさい!!」


 ゴツンッ!


 俺と豚は、二人揃ってベルにげんこつで殴られた。


 俺達二人が呆気にとられていると、ベルは俺達にとんでもないことを言った。


「喧嘩両成敗よ! とりあえず二人とも握手しなさい! それで仲直り!」


「「あ、握手?」」


 俺と豚はユニゾンで驚き、互いに睨み合った。


(冗談じゃない……いくらベルの言ったこととはいえ、この豚と握手など死んでもできるか!)


 俺も豚も握手を拒んで睨み合っていると、ベルは俺達の手を取り、強引に手を握らせた。


(うえっ! 気持ち悪い……こいつ、手汗がベトベトしやがる……しかも心なしか力が強い気がする……負けていられるか!)


 俺は負けじと力を入れて豚の手を握り返した。


 豚はさらに力を入れてくる。俺もさらに力を入れる。


 メキメキ……パキパキ……


 俺達の手から嫌な音が鳴り始めた。


「おい、勇者……もう手を放してもいいんじゃないか? 手汗が気持ち悪いんだよ……それに顔色が悪いぞ? やせ我慢はよくないんじゃないか?」


「カインド……君こそ手がゴツゴツしていて気持ち悪いよ……君こそ顔色が悪いし手を放した方がいいんじゃないか?」


 俺と豚は右手に全力を込めたまま、互いに一歩も引かず、半笑いを続けながら握手を解こうとはしなかった。


「いつまで握手しているの!? とにかくこれで仲直りね! お城の壊れた所はあなたたちが責任をもって直すのよ! いいわね!?」


 俺と豚は、ベルの声により、ようやく手を放した。手が真っ赤になっている。指の骨が折れているだろうが、豚の指も折ってやったはずだ。


 俺が手の痛みを堪えていると、ベルは花壇の方へ行き、安堵の表情を浮かべた。


「よかった……お花たちは無事みたい……みなさん、すいません、わたしの父と友達が迷惑をかけまして……」


 ベルは兵士達にひとしきり謝った後、俺と豚の方を見て叫んだ。


「もう、お父様もカインドも大嫌い!! 二人ともしばらくわたしに話しかけてこないで!!」


 ベルはそれだけ言い残して、さっさと自分の部屋に帰っていった。


(大嫌い……大嫌い……大嫌い……大嫌い……話しかけないで……)


 俺の頭の中では、ベルの言葉が何度も繰り返され、俺はその場に膝から崩れ落ちた。

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