和歌山ダンジョン探索記
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第一章
第一階層 ダンジョン
「また探索者特集してるぞ?」
そう言って男は雑誌を見せた。表紙には、武器を構えてポーズを決めた男女が写っている。どうやら企業がスポンサーについているらしく、見慣れたスーパーのロゴが衣装にプリントされていた。
「まあ、こんだけモンスターの素材を利用したモノが溢れてるからなぁ」
雑誌を見せられた男が座るパソコンの画面には『鋼鉄サソリの外骨格を鉄に混ぜ込んだ場合の強度と耐久性』と書かれており、さらにグラフが添えられていた。グラフを見るに外骨格を鉄に混ぜ込むと強度と耐久性が1.3倍に上がるようだ。
資料を作っている男は名札を付けていた。そこには
浅見は雑誌を見せる同僚の男の方を向いて、更に続けた。
「それにスライムの死骸を加工したら、化石燃料の代わりになる時代だぞ? これからもモンスターの素材は値上がるんじゃないか?」
「スライム燃料なあ。スライムの死骸をキロ千円で買い取ってくれるらしいし、それで日給2~3万……。十年前じゃ考えられなかったよなぁ」
「ただ、命懸けってのがな……。給料も上がってるし、わざわざ探索者にならなくてもいいんじゃないか?」
「夢がないだろ? サラリーマンは」
「サラリーマンに夢を求めるな」
浅見がそう言って資料作りに戻ると、男は未練があるのか窓の外に目を向ける。そこにはライトアップされた和歌山城が浮かび上がっていた。
今から十年前、世界各地に突如としてダンジョンが発生した。
初めは裏山でモンスターを見たというSNSの投稿からだった。緑色をしたゲームなどの敵でおなじみのゴブリンがそこには写っていた。当初は皆がフェイクだと言っていたが、目撃情報が次第に多くなり、ついに襲われたという人が現れた。
ニュース番組で『見たことのない生物に近づくな』と警告したが、聞く耳を持たない者もいた。
ゲーム文化の影響か、SNSでは『現実のクソゲーが神ゲーに』と盛り上がり、ついには若者がゴブリンの巣を発見。
『ついにダンジョンが出来た』と瞬く間に情報は拡散された。
盛り上がった若者らが怖いもの見たさや、面白半分、流行っているから、など様々な理由でダンジョンに入っていく。そして、その多くが命を落とした。
事の重大さを感じ取った国の対応は早かった。すぐさま警察がダンジョンを封鎖し、時折徘徊に出てくるゴブリンを射殺していった。だが、これが日本各地で起こり始めると手が回らなくなった。やがて自衛隊までも投入されていく。
ゴブリンや狼、アメーバーのようなスライム、歩くひざ丈ほどのキノコ……。様々なモンスターが名づけられ処理されていく中で、ふと誰かが思った。
『どうせなら何か有効活用できないだろうか?』と。
世界中で研究が始まって半年ほどで成果が出始めた。
水辺が近くにあるダンジョンの低階層でよく見られる、アメーバーのようなゲル状のスライムが、化石燃料の代わりになると言うのだ。
ほぼ全てといえる化石燃料を輸入に頼っている日本は大いに沸いた。水資源が比較的多い日本ではスライムがどのダンジョンでもよく見られる。
これを利用しない手はない。
そして次第に法が整えられダンジョン協会が設立された。当初はダンジョン協会の職員がスライムを倒して死骸を集めていたが、職員の数が足りない。かといって国の機関でもあるダンジョン協会の職員を、簡単に増やすわけにもいかない。
どうするか。――皆にとって来てもらおう。
こうしてダンジョンを探索する『探索者』という、新たな職業が生まれた。
ただし、誰でも今日から探索者というわけではなく、ダンジョン協会が主催する講習会や試験をクリアしなければ、探索者としての資格が与えられない。
いわば運転免許証と同じシステムを取り入れたのだ。
ダンジョンの入口も整備された。『探索者カード』、または『探索証』と呼ばれるダンジョン協会が発行したカードを、入口に設置されたゲートに読み込ませないとゲートを通れないようにした。これで入出管理がされ、誰が、いつ、どこのダンジョンに入ったか、分かるようになった。
そして現在、ダンジョンは新しいエネルギー確保の場としてなくてはならない存在になっている。エネルギーが潤い、経済が景気良く回り、まさにダンジョンバブルと言える状態だった。
その一方で探索者の死亡事故が社会問題になっていたりもする。
低階層でよく見かけるスライムでさえ、一歩間違えれば命の危険があるモンスターだ。
スライムは強酸の液体を飛ばす。予備動作が大きいため簡単に避けることができるが、もし浴びてしまうと重度の火傷を負う。
小柄なゴブリンでさえ、大人顔負けの力で鈍器を振り回してくる。手足なら骨折で済むかもしれないが、頭に当たれば……。
そんな死と隣り合わせな探索者が、雑誌の表紙を飾るほどの人気があるのはなぜか。それは第一線で派手に活躍する探索者がいるからだった。
今となっては芸能人やアイドルよりも人気がある。そんな彼ら彼女らが、なぜ第一線で活躍し続けられるのかと言われれば、スキルの存在が大きい。
様々な仮説が唱えられているスキルの取得方法だが、十年経つ今でさえよくわかっていない。
世間では『運』の一言で済まされているが、研究者たちは『血筋によって獲得しやすくなる』、『モンスターの種類によって違う』、『ダンジョンの奥深くのモンスターを倒すと獲得しやすい』など、仮説を立てたりしている。まあ研究者が『運』などと言い出せば世も末だ。
浅見が住む和歌山市に珍しいダンジョンがある。空き地や河川敷、山といった開けた場所に発生しやすいダンジョンだが、和歌山市に2ヵ所あるうちの1つが和歌山城の敷地内にあった。
江戸時代には徳川御三家の一つ紀州徳川家の居城として知られており、江戸と堺を結ぶ海上輸送の要衝として幕府を支え、多くの武士たちがこの地を守っていたことだろう。
今では和歌山の象徴の一つとして人々に親しまれており、動物園がある珍しい城として有名だったりもする。
当初は城に出来たダンジョンには何か特別なモンスターが出るのではないかと盛り上がった。落ち武者が出るなど言われていたが、何の変哲もない普通のダンジョンだった。落ち込む市長だったが観光地としての価値は増し、観光客や城のダンジョンという珍しさで探索者の数も増え、地域活性化に大いに貢献した。
おかげでJR和歌山駅から城へ伸びる『けやき大通り』の周りは、さらに発展し賑わいを見せている。
時計の針は22時を過ぎた。
「おい見てみろよ。剛力のスキルがあればバイクを軽々持ち上げられるんだってよ。――わざわざダンジョンの中で撮影してんのかこれ」
浅見の隣にいる男は集中力が切れたのか、探索者特集が組まれた雑誌を広げている。そこには原付を片手で持ち上げて笑顔を浮かべている小柄な女性が載っていた。スキルの事を知らなければ出来の悪いCGのようだ。
もう帰ろうかと思っていた浅見は帰り支度をしながら男と話をする。
「ダンジョンの中でしかスキルは使えないっていうし、そうなんじゃないか?」
「わざわざ大変だな。――残念スキルもあるぞ。潜水だってさ。1時間も止めてられるんだってよ。これがダンジョンの外でも使えたら活躍しそうなのに……」
「そのうちに水没した階層とか出きたりしてな。それじゃ俺は帰るわ。おつかれ」
「おう、おつかれ。こっちも帰るかぁー」
男との話を切り上げ浅見は家路についた。
浅見の家は和歌山駅をはさんで城とは逆側にあった。
駅を超えて北側に向かって車を走らせる。片側二車線あった道路も、じきに片側一車線になり、やがてセンターラインが消えて、すれ違うのも気を遣うほど道幅が狭くなる。
浅見はこの『
もし今が昼間で人通りが多かったら、誰かが気づいただろう。
だが夜の住宅街に異変を知らせる者はいない。
乗用車のヘッドライトで照らされた先。
そこには、黒い淵を持つ異質な空間が、音もなく口を開いているが、浅見の目にはその空間が目に映っていなかった。
ダンジョンの発生。
空間が霧がかったようになり、しだいに歪み、そして裂ける。次第に形を変えダンジョンの入口が作られるといわれているのだが、それが今ここで起きていた。
向こう側の景色を透過しているせいで、気が付いていない浅見は車ごとダンジョンの中へと消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
新作はじめました、こちらも併せて是非ごらんください
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