岐路

第32話

 先輩の運転する車で移動して程なくして、行き先がわたしの自宅の方向ではないことに気がつく。

先輩が何も告げず運転する中、暗い車内でレイ君が退屈そうに携帯を弄っていて青白く照らされていた。レイ君はうちを知らないからまだ気がついていない様子だった。


「あの、先輩。どこに向かってるんです?」


 順路は幾つかパターンがあるけれど、先程通り過ぎた交差点を曲がらなければ自宅マンションから遠ざかってしまう。


「とりあえずレイの実家。」


「いや、そこは芽理さんが先でしょ。大体僕今キリクのプレハブだからスタジオの上だし。」


それまでつまらなさそうに携帯を見ていたレイ君が顔を上げて反論した。


「現場から近すぎる。お前も離れるんだ。」


 先輩は視線を変えずに言い放つ。



「どういう、ことですか…?」


 そもそも私を自宅に帰す気は無さそうに思えた。



「ヒツジちゃんには悪いけど、俺の実家まで来てもらうよ。レイも自分の実家が嫌なら来るか?」



「……。」



 意図を読み取るようにレイ君が注意深く先輩を見た。



「あの。理由、教えてもらってもいいですか。」


 現場の近くに居てはいけない理由、何となくだけど巻き込みたくないって意思は感じる。

 それとは別の何かも。



「ヒツジちゃん家は真理さんだけでなく岡本さんも、ひょっとしたら柏原先生も居るかもしれないから。」


 それがどういう意味なのかを察せずにいる。意図的に読めないように隠されてるとでもいうか。


「すみません、はっきり口頭で説明してもらわないと納得できません。」


 ルームミラー越しに少し困ったような表情で先輩が目配せしてきた。


「…少し長くなるよ。」


 レイ君もわたしも無言で頷いた。


「打ち上げ前、ライブハウスで夜神と話してたんだけど。今日は俺の大切な人の命日なんだ。だから、て訳じゃないけど嫌な予感がして。」


 先輩にしてはあまりに理論的ではなく抽象的な表現だと思いながらも言葉の続きを待つ。


「厳密にはね、殺されてるんだ、彼。」


 覚悟はしていたものの、ただ静かな車内とは対照的に物々しい話題が繰り広げられている。


「その話をしていたらユイコちゃんが聞いてしまって。……彼女のお兄さんだったんだ。苗字が違うし容姿も似てないから今日まで気が付かなかったんだけど。」


 ユイちゃんの家族についてはこれまでわたしもあまり詳しく知らない……料理は自分で作ってる事とか、飼っていたウサギの与太郎の事くらいしか。


「表向きは転落事故として処理されたけど俺なりに調べていくうちに事前に薬物のようなものが使われていてね。それがEXECTORのメンバーが儀式と称して使っている薬品と一致したんだ。」


「どういう因果関係かはわからないけど、彼…白良ハクラにはヒツジちゃんと似たアザが出来ていた。今それは俺に引き継がれている———」



 ————使命の継承。


 そのような言葉が頭に浮かんだ。


 わたしが死神から請け負ったものがそうであるように、先輩も、そしてハクラというその人も誰かから引き継がれた何らかの使命がある。


「巻き込みたく無いとか言いながらここまで話すって事は何か別の企みがあるんでしょ?」


 表情を変えずにそれまで黙って聞いていたレイ君が口を挟んだ。


「どこから話せば良いかな、俺もまだ動揺してるんだ。」


 しばらく続いた沈黙の後、先輩が記憶を辿るように言葉を選ぶ。


「まぁ、君たちに誤魔化しは通用しないだろう。端的に言えば特定の薬品は檜山によって広められた。途中経過を端折ると、時系列を遡るとその薬物の研究者は柏原さんと真理さんに行き着いたんだ。」


 初耳だった。


 ママとかっしーが同じ学校だった事は知ってる。

 だけど二人が共同で何かを研究しているとまでは知らなかった。


 気づかせてもらえなかった、が正しいのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る