第14話
こんがりと焼けたバターの香り。甘酸っぱいりんごの味。ああ、久しぶり過ぎて、思わずにやけてしまう。
「おいしい~」
「よかったな」
広場のベンチに腰掛けて、わたしたちは先ほど稼いだお金で購入したパンを食べていた。さすがのミレイユでもパンは作れなかったから、この味は久しぶりだった。
「ミレイユもひとくち食べる?」
そう言って、食べていたりんごのデニッシュを少し千切って、ミレイユに分けてあげる。
「はい。あーん」
「やめろ。子供扱いするな」
口に入れてあげようとしたけれど、拒否されてしまった。だけど食べることは食べるらしく、手で受け取ってもぐもぐ食べ始めた。
「……美味しい」
ミレイユはボソッと呟く。いつもと違って素直だった。
「しばらく来ないうちに、こんな食べ物も作るようになったのか」
「ミレイユは食べたことなかったんだ」
ミレイユがここにいた頃とはいろいろなことが変わっているのだろう。案内をしてもらっておいてなんだけど、ミレイユの持っている情報は古くて、昔とは変わってしまった街の様子に困惑している様子がなんだか面白かった。
たとえばさっきのお金の件もそうだけど、ミレイユの記憶を頼りに訪ねて行ったお店はすっかり代替わりしていて、看板も変わってしまっていたり。ミレイユの知らない種類のフルーツとか野菜があったり、人々の服装や髪型も、昔とはずいぶん違ったものになっているらしかった。
興味の赴くままにいろいろ見てまわるうちに、日が暮れようとしていた。
「お嬢ちゃんたち、こんな時間まで何をしてるんだい? 家の人が心配するだろう。早く家に帰りなさい」
暗くなりかけた街をうろうろしていると、さっき行ったパン屋の奥さんが心配そうに話しかけてきた。
「ええと、その……」
ミレイユの顔をチラッと見ると、しまった、というような顔をしている。まさかミレイユが実は魔女だとか、森の中から来たとか言うわけにもいかないし。
「もしよかったら家に泊まっていくかい? 女の子だけでいつまでもうろうろしてるのは、危ないよ」
確かに暗い中、今から森まで歩くのは、ちょっと気が滅入る。箒で飛んで帰るにも人目がありすぎる。
せっかくの親切な申し出なので、わたしたちはパン屋さんの家にお世話になることにした。
パン屋さんは旦那さんと奥さんと、わたしと同じくらいの歳の娘さんが1人。リアナという名前の、活発そうな子だった。
「こんな物しかないけど、どうぞ」
リアナはそう言って、食事まで出してくれる。あたたかいスープとパンをいただいた。
「どこの街から来たんだい? 見慣れない格好だけど」
「東のほうの村から来たんです。実は行方不明になった母を探していて……」
ミレイユはそんな適当なことを言うので、わたしも話を合わせる。わたしたちは姉妹で、母を探して旅をしているということにした。
「まだ小さいのに、可哀想に……」
奥さんはミレイユの頭をぽんぽんと撫でる。怒り出しやしないかとヒヤヒヤしたけれど、ミレイユはされるがままになっていた。お風呂や着替えも貸してもらって、すっかり気持ちよくなったら、なんだか眠くなってしまう。
「明日、街のみんなにも話を聞いてみようね。何か手掛かりがあるかもしれないし」
「私が案内するよ!」
リアナもそう言ってくれる。
「今日はゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます」
そうしてわたしたちは、明日もこの街で過ごすことになったのだった。
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