男と女の連立友情方程式

高田ねお

第1話『新世紀変態少年とおっぱいちゃん』1 

   ※


――おっぱいが揉みたい。


 昼下がりの授業の最中、突如として性的欲求をむき出しにした熱い衝動が胸の内から沸きあがってきたがそれは決して不自然なことではない。


 欲望はいつだって唐突だ。たとえそれが食事中であろうが、用を足していようが、カラオケの最中であろうが、リビドーは唐突に訪れるのが常だ。『空気を読む』といった日本人特有のくだらない文化は、下半身に通用しないということだ。仕方がない、だって男の子だもの。


 ましてや、この八ッ橋やつはし学園は男子生徒が俺一人、他の生徒はすべて女子というとんでもない比率で編成された学校だ。周囲すべてが年頃の異性となれば、性欲を増大させる起因は何処にでも転がっているのだから、決して不自然な現象ではない。


 ……念のため断っておくが、この学園に在籍しているのは、元々は女子校であった学園にいきなり共学制度を取り込んだために起こった弊害であり、引っ越し先で親の言われるまま編入試験を受けて、なにも知らない状態でこの学園に転入してきた俺――沢津拓真さわづたくまが望んだことでは断じてない。


 可愛い女の子は大好きであるし、異性の乳尻ふとももが気になって仕方がない思春期真っ只中であることも認めるが、それとこれとは話がべつだ。

 誰が好き好んで、女しかいない学園に在籍したいと願うものか。同性の友人をたくさん作り、くだらない下ネタ談義で盛り上がりたいという、俺のささやかな願いはこの学園では叶いそうもなかった。


 そういった切ない願いとは裏腹に、欲望はところ構わず鎌首をもたげてくる。こう……むくむくとね。うん。むくむく。まったくもって困ったものだ。むくむく。


 なぜいきなりこんなにおっぱいが揉みたくなったのだろう。女の子の身体に興奮するのは、男の子の性だからと言われればそれまでだが、そのトリガーとなった原因が何処かにあるような気がした。


 昼食後の昼寝ですっかり鈍った頭で、今日起きた学内での出来事を思い返しながら、窓際の一番後ろに位置する俺の席から、眼球のみの運動で教室の中をゆっくりと見回す。このクラスの生徒は可愛い女子が多いし、その中には発育のいい子もちらほらと見受けられる。教室に在籍するどの生徒をみても、欲望のスイッチを押す要因になる気がした。


 特に理由などない、これは若さゆえ迸る青い衝動――ただのおっぱい揉みたい症候群なのかもしれない。    

 そう結論付けようとしたその時、俺は視界の片隅にみえた曲線美に気付いて息を呑んだ。


「おおぅ……」


 なんてこった。唐突もなにも、この衝動の答えは右隣の生徒にあったんじゃないか。安易な結論に至ろうとしていた己を恥じながら、彼女の肢体に視線を走らせた。


 傍らで記録用に設備されたノートパソコンのキーボードを叩きながら、授業に聞き入る少女の名は、華原初美かはらはつみ。凛々さを感じさせる端正な顔立ちに、細くありながらはっきりと強調された柳眉、やや栗色掛かった頭髪をミディアムヘアーにまとめたその姿は、中性的な美しさを漂わせている。


 女子にしてはやや高い身長――一七〇センチほどだろうか――だが、無駄な肉付きが一切ないその長身は大女という印象をまったく与えず、むしろファッションモデルのような優雅な印象が強い。


 そして、彼女の最大の特徴であるふたつの胸の膨らみ。

 でかい。とにかくでかい。

 ブレザー越しにでもはっきりと判るほど強調されたたわわな果実は、否応なく男のリビドー中枢を刺激する。


 思い出す。午前中にあった体育の授業で、クラスメイトによるバスケの対戦が行われ、俺は華原と同じチームメイトとして編成された。体を動かすことが好きなのか、彼女は実に気持ちよさそうに、バスケというゲームに熱中していた。俊敏な動きで敵チームを翻弄し、味方チームへの絶妙なパス。そして、おおきな跳躍でリングへダンクを決めるその勇姿は、女子バスケ部員顔負けの活躍ぶりだった。


 俺は彼女のその姿に見惚れた。すごいものを見せられていることに胸の高鳴りを覚えながら、華原から眼を離せなかった。

 激しいドリブル運動を行う最中、バスケットボールと動きが一体化したかのように、彼女のおっぱいは凄まじい上下運動を繰り返していたからだ。


 たゆん、たゆん、では甘い。ぶるんっ、ぶるんっ、ですら表現が追いついていない。俺の語彙力をはるか凌駕するほどの乳房ドリブルは、わがままな慣性運動によって四方八方に予測不可能な軌道を描いていた。


 類をみない官能的な躍動に、俺は感動にうち震えた。 ほかの女子生徒が織り成す〝たゆんたゆん〟もいい目の保養になったが、華原という特盛の前ではすべてが霞んでみえた。あの時の感動――もとい興奮を思い返せば、そりゃあおっぱいも揉みたくなるというものだ。


 ようやく欲望の根源を探り当てた。万感の想いで華原の横顔を熱い眼差しで眺めていると、視線に気付いた華原が、ちらりとこちらを横目で見た。


 かすかに首を傾げて「なに……?」と視線だけで訊ねてきたので、俺は親指を立てて、ウインク混じりのスマイルを披露してやった。


 ありがとう、華原。一生忘れられない凄いものを見せてもらったよ。ぐっぱい!(GOOD OPPAIの略)


 感謝度MAXの想いを込めたつもりだったが、彼女にはそれがうまく伝わっていないようで、怪訝な表情を浮かべて、目を逸らしてしまった。


 ぬう、言葉を使わないコミュニケーションは難しいものだ。手振り素振りで大本の意図が伝達できることもあれば、認識の違いによって、大きな誤解を生むこともある。俺はただ華原のおっぱいに対し、深謝の意を示したいだけだというのに。どうすればこのほとばしる熱いパトスが彼女に伝わるのだろうと、一顧いっこする。


 言葉にして気持ちを伝えるのが一番確実なのは言うまでもない。しかし、それはセクシャルハラスメントだ。この女子しかいない異質な空間で『おっぱい』などという単語を肉声で発した日には、その瞬間俺はクラスメイト全員に『ヘンタイ』の烙印を押され、スクールカーストの最底辺で肉奴隷のような青春を送る羽目になることだろう。


 ただでさえ、転入して間もない男子生徒という看板を抱えて警戒されまくっているのだ。迂闊な真似は自分の境遇を危うくすることになる。それだけは勘弁願いたい。


 と、なればそれ以外の方法で想いを伝えるしかあるまい。俺は机の上に置いてあった筆箱のケースを開けた。授業でノートPCを使うことを許されているこの授業で、筆記具の類は本来必要ないのだが、こうして筆箱を机の上に置いている理由は他にある。

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