第11話


 四日後シザは退院して、自宅に戻った。

 とりあえず二週間自宅療養となっている。

 ソファに寝転んだシザを、荷物をテーブルに置いたユラが覗き込んで来る。

「寝室のベッド、整えてありますよ」

「ベッドに寝てると、本当に怪我人になった気がするから嫌だ。

 家にいる時はソファで寝ます。ベッドは夜だけでいい」

 変なこだわりを見せたシザに、ユラは笑った。

「でも……今のシザさんは怪我人ですよ」

「そうだった」

 本当に忘れたようにシザが言う。

 彼の怪我の修復力は、病院の医者たちも驚かせた。

 これは強化系能力者特有のものなのだという。

 瞬間的な筋力強化を行う能力は、発動時に身体に負荷がかかる。

 幼い頃から繰り返しているとそのことに耐性が出来て、傷の治りが異常に早くなるらしい。

 能力に付随した、こうした身体的特徴を持つ能力者もいる。

 そう言えばユラは変化能力を使うと、時々相手の気持ちを感じ取ることがあった。

 これは感応能力の一種で、相手を真似る変化能力に付随したものなのかもしれない。


 そして数日のうちに驚異的な回復力を見せたシザは、今では傷口さえ気にしていれば日常生活を普通に送れるようになっている。

 だからいくら怪我人だからと必要以上にベッドに寝かされるのは、不本意のようだ。

「じゃあこっちに少し毛布、持って来ておきますね」 

 寝室に行こうとしたユラの手首を、シザが掴んだ。

 ユラは振り返る。

 引き寄せられるまま唇が重なった。

「ん……」

 唐突にこの前のような雰囲気に変わった。

 まるで続きのように、ごく自然に舌が絡む。

「……はぁ、」

 長い口づけから解放されると、シザは両手でユラの頬を包み込んで来た。額が触れ合う。

「……シザさん……」

「ごめん……、でも、……ユラが欲しくて堪らないんだ」

 苦しげに吐露したシザの頬に、真似をするように両手をそっと当てる。

「…………ぼくもです」

 アメシストとエメラルドの瞳が見つめ合う。

 シザの頬が紅潮した。

 彼がこんな風に、少年のように感情を顔に出すのは、非常に珍しいことだった。

「ほんとうですか」

「……はい」

「……貴方は昔から、僕の感情に同調する傾向があるから」

「同調しなくても、答えは同じです」

 ユラは、今日は怯えを見せたシザにそっと笑いかける。

 自分たちはもしかしたらそうなのかもしれない。

 お互いの心が迷ってたり怯えたりした時に、兄弟という絆を辿って、お互いがお互いを支えたいと思ったり、自分が強くならなければと思える。

 だから兄弟であることも、本当に二人にとっては大切なことなのだ。


「…………だいすきです、シザさん」


 シザは碧の瞳を一度伏せた。

 ソファの上で身を起こす。

 ユラから手を放した。

「……なら、ここへ来て」

 ユラはゆっくり大きなソファの裏を回って、シザの元に歩いて来る。

 シザが何かを言う前に、ユラはリビングの明かりを消して、自分で服を脱ぎ始めた。

 シザは息を飲む。

 ユラの後ろに【グレーター・アルテミス】首都の、煌びやかな光の影だけが、差し込む。

 全ての衣服を脱ぎ捨てて、そこに立ったユラの裸体は白く、淡い光の中に浮かび上がって見えた。

 ユラはシザの衣服に手を掛けた。

 シャツを脱がせると、当然その腹部にまだ、厚く押し当てられた包帯が眼に入る。

 その時初めてユラはさすがに、たじろいだようだった。

 その動揺を鋭く察したシザがユラの二の腕を掴んで、ソファに引き倒す。

 

 今まで……、運命だと思ってユラは色んな不条理を受け入れて来たけれど。


 シザは紛れもなく、二つの血を同じくした兄だ。

 彼の幼い頃を知っている。

 こんな風に愛してもらう以前に……疎まれ、嫌われていたことも思い出せる。

 それがこうして今、身体を繋ごうとしている相手であるとは。


 どんな運命の力が働いて――こうなっているのだろう?


 それは分からないけど。

 

(分からなくてもいい)


 この人ほど大切な人は、自分の世界には存在しない。

 ユラはそれだけは分かった。





 ――多分待ってくれと言われれば待てたはずだ。


 ユラの心を破壊したり、彼に忌み嫌われることになるかもしれないと、それを強く思えばきっと心は怯えて慎重になり、どれだけでも待てたと思う。

 普通の兄弟の関係のままでいたいと願われれば、きっと出来た。

 それはシザの望みとは勿論違うけれど、一番はユラの願いを叶えたいとシザは強く思っているからだ。

 だからこの夜も、ユラが求めるような気配が無ければ、兄弟のままその日は終わっただろう。

 自分に彼のような感応能力はないけれど、ユラが求めて来てくれたのは伝わって来た。

 シザは感情が溢れ出し、ユラの首筋や輪郭や、肌を、手や唇で夢中で探った。

 ユラはただ優しい呼吸と、時折掠める、優しい指先でシザの愛撫に応えてくれた。


 今まで生きてきた中で、この夜が一番幸せだと、シザは強く思った。



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