第一の刺客、その名は森 日喜子!

 ズザァッ! という擬音を残して停車する黄金の月面車の編隊。目の前まで来ても彼ら ”アンチ呉竜府ゴルフ九神将” の 顔は影に隠れて見えない。

 でもその全員がたくましい体をした大男なのは間違いない、この妖精(だよね?)イーカラハと比べても遜色のない、パワーヒッターを容易に想像させる。


(こんな人たちと……ゴルフで勝負?)

 思わず冷や汗を流す私、孟子 蘭もうし らん。明らかに格上オーラを漂わせる強者たちと、しかもここ月面でゴルフ勝負なんて、一体どうなるんだろう。


〝フフフ、こんな小娘が相手とはな〟

〝我がアンチ呉竜府ゴルフ九神将の敵ではあるまい〟

〝興が失せた、お主等に任せるとしようか〟


 なんか連中が車の上からボソボソ言ってるの聞こえてるんですけど……いいわよ、ゴルフはパワーだけじゃ勝てないって事を思い知らせてあげる!


『それではこれより、”井伊唐覇イーカラハ夢大地コース”、9番勝負コンペを開始する! 第一の刺客、出ませいっ!』


 イーカラハの宣言と共に、フード軍団の一人がばさぁっ、とマントを取りつつ月面に降り立つ。その姿を見て……私は言葉を失った。


「あ、私がだいいちのしかくー、森 日喜子もり ひきこですー」

 なんか中学生ぐらいの華奢な女の子がしゃがんでスマホをいじりつつ、こっちも見ずにそうボソボソとこぼす。

「なんか縮んでない!?」

 普通に私より小っちゃそう……あのマントの下にあった筋骨隆々の肉体と長身はどこに行ったのだろうか。


である! さ、いいから早ようせい』

 人の心理を読んだような事を言うイーカラハが、私にオナー(先に打つ人)を決める為のくじを差し出す。ツッコムのもめんどくさくなったので、仕方なく二本ある棒の一本を引く……あ、私からだ。


「で、コースどこよ?」

『これより、1番ホールを生成する!』

 イーカラハがそう言って、バンカーをならすレーキトンボを一振りすると……その瞬間、振った先の光景が一変した!


「え、えええええーっ!?」

 突然月面にゴルフコースが出現した!? ティーグラウンドにフェアウェイにラフはともかく、木や池まで出て来るって……ここ月面でしょ?

『このゴルフ魔具 ”設計のレーキ” は、これからプレイする選手に相応しいコースを瞬時に生成するものであるッ!』

「……コース設計者が泣いて喜びそうな道具よね」

 よかった、今回はツッコミが追い付いた。


「ね、ね! ほら見てよ。すごいわよ、月面にコースが出たんだから」

 未だにしゃがんだままスマホを見てる森さんとやらに声をかける。でも彼女は気にも留めずスマホをポチポチしながら、めんどくさそうに返事を返す。

「別にいいです、どうでも」

「あ、あなたゴルフする、んですよね?」

 その私の質問に、彼女はふるふる、と首を振った……え?

「私、バイトとして来てるだけですから。ここなら誰にも関わらずにお金になるって聞いてたから、私に構わずに勝手にやって下さい」


 私はしばし呆然とした後、今だ月面車の上に立ってポーズを決めている九神将とやらに目をやる。


〝フフフ、奴は九神将の中でも一番の小物〟

〝その森に早くも怯えておるわ〟

〝もはやこの勝負、貰ったも同然〟


 ……いや、相手のヤル気の無さに呆れてるんですけど。


『いいから早ようせい』

「アンタさっきからそればっかりねぇ」

 イーカラハに即されて仕方なくティーグランドに立つ。距離としてはミドルホール相当って所かな……ティーに球をセットし、ドライバーを抜いて第一打を放つ!


 カッシィーン! と快音を響かせて飛んだ私の球は、若干の左曲がりドローを利かせて転がりランを稼ぎ、フェアウェイのいい位置につけた。

 ちなみに真空かつ軽重力の月面にもかかわらず、弾道や転がりは地球のゴルフ場と同じだった。私が借りたパターの力らしいけど、なんか凄いのか現実感がないって言うか……。


『ではお主の番だ、森 日喜子』

「……はーい」

 そう言ってようやくスマホを仕舞い、クラブを手にする日喜子ちゃん。やっぱ普通の女の子……というには元気がなく、まるで引きこもりの少女のイメージがある。

 彼女はふわふわと飛ぶように歩いて来た。え? 彼女にはちゃんと月面っぽい重力がかかってる??


「じゃあ、いきまーす」

 そう言って手にしているを振り上げ、ボールをフッ、と叩く、と……


 そのボールは音もなく打ち出され、勢いを全く殺さぬままに地上スレスレを飛び続け、まるでゴムボールのように弾んで転がっていき、やがてグリーン横のバンカーに刺さって止まった。

「な、なによアレ……パターで400Y近くを届かせるなんて。いや、それよりも、彼女のは普通に月の重力になってる?」

『左様。彼女に与えられしゴルフ魔具は、呼吸と会話と生存を可能にする以心伝心バイザーのみである』

「って、そのバイザーも被って無いじゃん」


 話を聞くに、それを寄与されていれば使わなくても効果を発揮するらしい、確かに彼女のバッグにはバイザーがクラブに絡んでいる。私もゴルフ魔具 ”平常のパター” もそうだったか。


「でも凄いよ森さん! パターの一打で400Yは出てたよ? ほらプロ顔負け!」

「……別にどーでもいーです、ゴルフに興味ないんで」

 そう言いながら歩きスマホしつつ、自分の月面車カートに乗り込むと、他の連中と一緒に二打目地点に移動を始める。



「なんなの、あれ……」

 バッグを担いで連中を追いかけつつ、私は思わずそうごちた。なんだろう……ここまで舞台が揃っているのに、まるでゴルフをやってる気がしない。

『奴らは”アンチ呉竜府ゴルフ九神将である。つまり、ゴルフと言う物に対して否定的な連中の集まりだ!』


「ひ、否定的って……じゃあ、なんで私が、そんな奴の相手を?」

 理不尽さにそう吐き捨てる。そう、ゴルフを楽しんでいない人間と一緒にラウンドする事ほどつまらないプレーはない。相手に忖度するだけのあからさまな接待ゴルフや、前半に叩きまくってヤケになった人たちと回るのはもう苦痛でしかない。


孟子 蘭もうし らんよ、お主はプロゴルファーを目指しているのであろう。ならばあの者達と、いかなるゴルフを成すべきか。それを考えるがよい』



 ゴルフは紳士淑女のスポーツ。私はこのラウンドで、その意味を嫌というほど、味わう事になる――

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