わしがゴルフの妖精イーカラハである!

素通り寺(ストーリーテラー)

孟子 蘭(もうし らん)嬢、ゴルフの妖精と出会う

 小雨の降る山梨県、月の光ゴルフコースのクラブハウス前にて。


 私は右手で傘をさし、左肩にゴルフバッグを担いだまま、呆然と立ちすくんでいた。

 その入り口のガラスに貼られた書き文字を見て――


[当ゴルフコースは〇月×日を持ちまして閉鎖いたしました]

[長年のご愛顧、ありがとうございました]


「……まじかー」

 肩を落としてそう吐き出す私、孟子 蘭もうし らん。徳島県の小さなゴルフコースの従業員で、今回は日頃のご褒美にとオーナーから1週間の研修&慰安旅行をプレゼントされて、はるばるここにやって来ていたのだが。


「3日前に閉鎖って、そりゃオーナーも知らないわよねぇ……どーしよ」

 研修旅行と言っても実際には観光旅行みたいなもんである。旅費やホテル代は全てチケットとして頂いているし、この月の光コースの視察と称して3回分の無料ラウンド券も貰っている。

 ここのコースを回ってテキトーな感想を用意しておけば、あとはお気楽な山梨県観光旅行が待っているだけ……のハズだったのだが。


「これ報告したら『んじゃ中止ね、戻っておいで』なんて言われるんだろうなぁ」

 がっくりと首を垂れる。楽しみにしていた旅行が中止の憂き目を見るのは嫌だけど、もし適当な嘘を言ってあとでバレたら大事だ、下手すりゃクビになるかも……。


 仕方ない、とスマホを手に取り、オーナーへの連絡を試みる……が、圏外なのか電話がつながらない。

「ありゃりゃ、仕方ないな。ホテルに帰ってからかけなおすか……」


 そう言ってスマホを仕舞った時だった。ふと、無人のはずのクラブハウスの奥に人影が見えたのは。


(あれ、中に誰かいるのかな? もしかしてここのオーナーさんとか関係者さんなら、少し話を聞いてみるのもいいかもしれないわね)

 もし話がうまく行けば、代わりのコースでも紹介してくれるかもしれないし、この無料券を換金させてくれるかもしれない……そんな事を思ってドアに手をかける。


「……開いてる」

 きぃ、と音を立てて開いた扉をくぐって、閉鎖したはずの建物の中に足を踏み入れる。


 その時だった。私の中になんかぞわっ、としたものが駆け抜けた気がしたのは。

「ひっ! な、何? なんか、ここ……ヘンかも」

 理由はすぐに分かった。ほんの3日前に閉鎖したはずのクラブハウスの床に、足跡がつくほどにホコリがたまっていたからだ、まるでもう何年もほっとかれた廃墟のように。


 気味が悪い、引き返そう、旅行はおじゃんだけど仕方ない……心でそう警鐘が鳴っているのに、足は意志に判して奥へ奥へと進んでいく。

 そして、そんな自分の気持ちが何処か高揚しているのが分かる。この奥には、きっと私をワクワクさせる『何か』があるような……


「って、もう行き止まりじゃん」

 結局何もなく、コースに向かう通用口まで辿り着いてしまった、なんだかなぁ。


「っていうか、さっきの人影に見えたのはかぁ、趣味の悪い人形だなぁ」

 入り口付近に立っていたのは、身の丈2mほどもある筋骨隆々の大男の像だった。分厚い胸板、見事に割れた6分割腹筋シックスパック、広い肩幅に丸太もかくやの剛腕、それらをしっかりと支える、まさにカモシカのような太い脚。

 頭は綺麗に禿げ上がったというよりは剃っている感じで、腕組みをして佇んでいるその見姿はゴルファーというより、凄腕の武道家か何かに見える。


(あれ……でもこの人、どこかで?)

 最初はここのオーナーか社長の像かと思ったけど、なんかどこかで見覚えがある気がする、ここに来るのは初めてで、縁もゆかりもない場所なのに。


「……私にもし、この半分でも筋肉があったら、プロゴルファーになれたのかなぁ」

 その像にペタペタと触りながらそんな事が口をついて出た。私は以前ツアープロを目指してゴルフにいそしんでいたが、最終テストであと1打が届かず、夢破れていた。

 あのショットがあとほんの10ヤード伸びていたら、あの池を超える事が出来ていたら……そんな後悔は、私の心の奥に棘としてずっと刺さったままだ。まぁその痛みもゴルフに関われる仕事を続けていられる事で、ずっと和らいではいるんだけど。




――なんじ、ゴルフの上達を、望むか――


「へ?」


 どこからか、声が聞こえた。ううん、聞こえたんじゃなくて、直接私の胸に響いたような……


――汝、もしゴルフの上達を望むならば、我の際にあるパターを手にするがよい――


「え、えええええ!? もしかして喋ってるのって、この像?」

 確かにその像の傍らに一本のパターが刺さっている。ってコトは今の声は、このオッサンの像から発せられたってコトになる、のかな?

 そのパター、なんか銅像の土台にヘッドが半分埋もれているみたいで、これが剣だったら漫画でよくある伝説の勇者の剣みたいだ。


「ま、まぁ確かにうまくはなりたいけど……」

 ずっと思って来た。もっともっと上手くなってまたプロテストに挑戦したいと。


 あのときに刺さった心のトゲを、成功リベンジというペンチで引っこ抜きたいと。


 でもそれにはとにかくお金がかかる、そうして無理をして、またギリギリで届かなければ、また私は身を切られるほど後悔する事になるだろう。

 だからもういい、田舎のコースの従業員としてやっていければ、それでもう。


 ……だけど、でも。


「うまく、なりたいわよ!」

 意を決してそのパターを掴む。引き抜いてみようとするけど、びくともしなかった。でも、それが自分の方にくっ、と動いたのが分かる。

(これって……レバーになってる? じゃあ抜くんじゃなくて、引けば!)


 意を決して両手でそのパターを握り、ぐいっ! と自分の方に引っ張る。その瞬間!


 ばりいぃぃぃぃーん!


「きゃっ!?」

 像全体が、いきなり音を立てて粉砕された。像のつぶてを体中に浴び、思わず後ろに倒れ込んで尻もちをつく。


 顔を上げる。そして私は、と対面する事になる。


『お主の意思、確かに受け取った……我が使、今こそ果たして見せよう!』


 なんとあの像の大男が今、普通の人間となって私の前に立っていた。

「え、えええええっ!?? 像が、人に……なった?」

 へたりこんだまま後方にずりずり後ずさりしながら、その大男から逃げるように距離を取る。


『我は人間にあらず。我は、イーカラハ也!』

 私を鋭い眼光で見下ろしたまま、ドスの効きまくった声でそう告げる大男。

「よ……ようせい、って、妖精のコト?」


『如何にも! わしがゴルフの妖精、イーカラハであーるっ!!!』



 ほんの3日前に閉鎖したはずの、この月の光ゴルフコースで、私は出会った。



 私の人生を、そして、をも大きく一変させる、その妖精と――



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