『孤高のお姫様』④

「ここからは自習です。各自、集中して取り組むように」

 と先生は小テストの採点を始めながら言った。周りはほぼ終了した授業に気が抜けていくが千春は違う。

(う、テスト受けてるときよりも緊張感が……)

 隣から澪が、

「千春、自習の時間よ。次回の小テストの対策をしなさい」

「……はい」

 容赦のない澪さんだった。


     ☆


 放課後。

「――それでは補習を始めます」

 先生の声と共に始まった居残りタイム。千春は隣に居る澪の顔を見られなかった。俯いて地面のみを視界に入れる。

(なんでこんなことに……)


     ☆


 先生が小テストの採点を終わらせて授業終了を知らせる。

「本日はここまでです。これから補習対象者の名前を呼んでいきます。えーと、最初は――」

 次々と呼ばれていく脱落者たち。「ぎゃー!」「よっしゃー!」「あぶねー」などなど阿鼻叫喚の嵐だった。出席番号順に呼ばれていくので自分の番号が過ぎたら生存確定だ。

「――最後、和田さん」

「まじかよー!いやだー」

 オーバーリアクションにクラスに笑いが広がる。名前を呼ばれなかった千春は安堵していた。

(ふーよかったー!耐えたー)

「澪ちゃん!わたしやったよ!」

「そうね」

 テンションが上がっている千春。澪は少し嬉しそうにその様子を見ている。が、先生の一言でそれは崩れる。

「あ、最後の最後に椎名千春さんも補習です」

「へ?」

「補習です」

「どうしてですかー!」

「あれだけ注意事項説明のときに単位を書きなさいと言ったのに単位を一つも書いていなかったからですよ!書いていたら満点だったのにもったいないです!」

「な⁉せ、先生!そこをなんとか!今回は!今回はだけはー!」

「……ダメです。ここでしっかりと先生の話を聞かないと後々大変なことになることを実感してもらわないといけませんから」

「そんなー」

「ちゃんと来てくださいね。絶対ですよ」

「は、はいー」

 へなへなと力が抜けていく千春。先生は「ではまた次回に」と言いながら教室を出ていった。

(……まさか単位を書き忘れるなんて……そんなバカな、ッ!)

 横からの圧力を感じてギギギッと首を動かす。そこには機嫌の悪そうな澪の姿があった。

「澪ちゃーん、これは違うんですー」

 ガタッと席を立って歩いてどこかに行ってしまった。

「待ってー見捨てないでー」

 その声が澪に届くことはなかった。


     ☆


 それでも何だかんだで助けてくれるのが澪様である。帰りのホームルームが終わって補習受講者以外は席を立って教室から出て行ったのだが澪は残ってくれたのだ。

「澪ちゃん一緒に受けてくれるの?」

「ええ、わたしも補習というものを一度受けてみたかったの」

(……優しい)

 補習を受けるという嫌な気持ちがお日様に照らされて蒸発していくように消えていく。

「それでは補習を始めます」

 先生が来てプリントを列の前の人に渡してそれがどんどん生徒の手渡しで後ろに渡っていく。

(これは、小テスト?)

「小テストを受けて満点が取れた人から帰っていいですよ。でも問題は全て違うのでもしかしたら最終下校時刻まで帰れない可能性もありますが」

 先生が何種類もの小テストを掲げながら宣言する。

「では始めてください。採点はわたしがします。そのときにわからなかった問題は訊いてください。解説します――――?水瀬澪さん補習を自主的に受けるのはいいですが途中退室はできませんよ?」

 澪が前に歩いていく。

「いいえ。先生、解き終わったので採点を」

 ペラッと小テストを先生に渡す。先生は驚きながらも採点を初めて、

「――――――――、満点、合格です」

「ありがとうございます」

 採点済み小テストを受け取り、席に戻る澪。周囲の生徒は啞然としている。

「澪ちゃん凄すぎ……」

「あなたもこのくらいにはなれるわよ?……手が止まっているわよ」

「ッはい!」

 千春は問題を解き進める。澪が耳元で囁く。

「終わったらデートでしょ?」

「ッ!」

(うおー!目指せ一発合格!)


     ☆


「さすが単位を書いていれば満点だった千春さん。一発合格です」

「ありがとうございます!ではさよなら!」

 千春が問題を解き終わったのを確認した澪は先に教室を出ていた。そのあとを追うように千春も教室を出ていく。

(――――――――、居た!)

 下駄箱のところで澪が待ってくれていた。急いで靴を履き替えて澪のもとに、

「お持たせ!」

「行きましょうか」

「うん!……ところでどこ行くの?」

「図書館よ」


     ☆


「…………」

「…………」

 澪と千春は隣同士で座って勉強をしている。肩と肩が触れてしまうほどに近い。本来は離れているのだが澪が座るときに千春に近づいたのだった。

(…………かっこかわいいだ)

 千春は勉強をしている澪の横顔を見ている。かっこよくてかわいい、そして美しい横顔に勉強の手が止まってしまう。

(…………あ、気づかれた)

 澪が千春に見られていることに気づいた。澪はズイッと顔をさらに近づけて囁く。

「集中しなさい……わたしの顔に何かついているのかしら」

「何もついてないよ。ただかっこかわいいを摂取してただけ」

「……そう」

 澪は目を逸らすように勉強に戻る。千春も勉強に戻った。

 静かな空間。学校の図書室と同じような感覚だが、ここは公立の図書館。サイズ感が違う。広い空間でくっついているせいか澪との距離がいつもよりも近いようにも感じられている千春は、心が温まっていくのを感じながら勉強を頑張る。


     ☆


 しばらく時間が経った。いつの間にか外の世界は暗闇に包まれている。

「そろそろ退館の時間よ」

「うん」

 勉強道具をバックにしまっていく。片付けが完了して外に出る。そして二人並んで歩き始める。

「澪ちゃんありがとね」

「?」

「わたし自分からは勉強しないからさ。澪ちゃんのおかげで頑張れてるんだ」

「そう」

 いつもと違う帰り道。千春は自分の思いを言葉にして澪に伝える。澪の表情はそれにわずかに反応しながら少しづつ千春の話が進むにつれて変わっていく。

「――今日はありがとう、また明日ね!澪ちゃん」

「また明日、千春。一緒に居てくれてありがとう」

「⁉」

 いきなりのデレ期にびっくりする千春。少し恥ずかしがっている澪は、

「千春の言葉、凄く嬉しかったの……気持ちを言葉にすることの大切さを知ったわ」

「おお!」

「……でも千春にしか言わないわ」

「えー、きっとお友達増えるよ?」

「…………あなたが居ればわたしはそれで充分よ」

(なんて可愛い娘なんだー!)

 ハシッと澪を抱き寄せる千春。澪は身体を硬直させて動かない。

「千春……ちょっと苦しいわ」

「もうちょっとだけー」

 澪成分を補給している千春は幸せ気分だった。

(気持ちいいー、幸せ~)


     ☆


「ありがとう澪ちゃん!澪ちゃん成分満タンだよ!」

「成分?」

 何を言っているのかしらこの子はと言いたげな澪。千春は一言で、

「とにかく大好きってこと!」

「…………そう」

 バイバーイと千春が手を振ると澪も手を少し振ってくれる。千春はその好感度の進歩に嬉しさを感じながら、

「また来ようね」

「そうね」

 二人は別々の道を進んでいく。


     ☆


 次の日、学校。

「おはよう澪ちゃん!いい朝だね」

「そうね」

 シンプルな返しといつもの声音。

(これは……好感度リセット⁉)

 ガーンと衝撃を受けてしまう千春。その様子をじっと見ている澪。

「…………」

「ぅう」

「…………千春、今日の小テストの対策は大丈夫なんでしょうね」

「ッ⁉」

(澪ちゃんが話し掛けてくれた!)

 心が温かくなっていく。

「もちろん大丈夫!昨日のようにはならないよ!」

「ならいいのだけれど」

 澪は逃げるように読書を始める。その様子をニマニマしながら見ている千春。

(今日はかわいいの方が強いな…………これもあり!)

「――ホームルームを始めます。席に着いてください」

 今日も学校生活が始まる。


     ☆

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