『暴食の幼女』①


 二時間目が始まったことを知らせるチャイムが鳴った。千春は急いで次の教室へと向かう。が、ある者を見てその足が止まってしまう。

「かわいい……」

 無意識に声が出てしまう。目の前でテクテクと歩いている学校内で有名な幼女を見て。

(りんちゃんだ……今授業中だけど……大丈夫なのかな?)

 幼女は可愛らしいショートカットをふわふわと揺らしながら焦ることなくのんびり自分のペースで歩いている。「!」幼女に存在を気づかれた。スタタタッとこちらに走ってくる。

「……食べ物ほしい!」

「へ?」

「お腹、空いちゃったの……」

 幼女、幼伊おさないりんは上目遣いでおねだりしてくる。

(かわいすぎるんだけど!)

 内心興奮している千春だったが、

「ごめんね。食べ物、持ってないの」

 その言葉にりんの表情はどんどん暗くなっていく。千春は心が痛むのを感じながら、

「……あ、でも教室に戻ればわたしの手作り弁当があるよ?」

「!」

 りんの表情がぱぁっと明るくなる。

「ほんとに⁉」

 その勢いに押される千春は、

「う、うん」

(喜んでもらえるのは嬉しい……けど)

 自分のお昼の食料がなくなることとこの幼女の笑顔を想像して悩んでいる。

「行こ!お姉さん名前とクラス教えて!」

「ウェ⁉」

 りんに手を引かれて走り出す。

「椎名千春。クラスは一年四組」

「ちはる!よろしくね!」

(あぁ、この笑顔が見れるならなんでもいいや)

 花が咲いているような百点満点な笑顔を見て千春は考えるのを止めた。もちろん授業のことなんてとっくに頭の中からも抜け落ちているのだった。


     ☆


(ああ、わたしのお弁当~さよなら~)

「このお弁当可愛いね!キャラ弁ってやつ?」

「そうだよ~」

「ごめんね。でもありがと!これで動ける」

 空っぽになった自分の弁当を見て喪失感が湧き上がって来るが、それを上回る癒し成分が全てを塗り替える。りんが他人事のように、

「授業行かなくていいの?」

「へ?」

「もう二時間目半分終わっちゃってるよ?」

 頭の中にスッと入ってくる授業というタスク。

「……りんちゃんは?」

「りんは勉強できるから大丈夫なの!」

(あ、そっちね)

 授業がないのではなくて授業を受けなくても勉強に置いて行かれないという意味だった。りんは授業に出なくて先生に怒られないのかという疑問が口から出そうになったが寸前で飲み込む。

(…………先生対策で言い訳考えておかないとな)

「じゃあわたしは授業戻るから~じゃあね」

「うん!じゃあね!ありがとう!」

 千春はりんを教室に残して授業へと急ぐ。今から行けば何とかなる……のか?

(確実に怒られるんですけど……嫌だなー)

 自分から怒られに行っているというこの状況に違和感を感じながら、足を無理やりにでも動かす。

 教室のドア前。いろいろなことが頭の中に浮かんでくる。が、それら一つ一つに意識を向けていたらこのドアを開くことはできない。

(何とかなる!レッツゴー!)

「すみません。迷子の幼女を救ってました!」

「……はい。席に着いてください」

 冷静な先生の対応に千春はスタスタと席に着く。そして隣の澪に小声で、

「わたし、これ何とかなってる?」

 そうね。という答えを期待していたが返ってきた言葉は、

「あなた、終わったわね」

「…………」

「授業の最初に小テストがあったわ」

「…………」

「点数が半分以下の生徒は補習だそうよ」

「…………」

「頑張りなさいね」

「……澪ちゃーん見捨てないでー」

 澪にすがりつく千春。

「ごめんなさいね。わたし今日の放課後は図書委員の仕事があるの」

「…………」

 千春が上目遣いに澪を見つめる。すると澪の表情は段々と娘を見守るお母さんのようになる。

(――ッ!)

 貴重な澪の表情変化を千春は目をかっぴらいて脳に刻んだ。そのおかげでその授業ではずっと幸せな気持ちになれた千春。それと同時に自分のお昼ご飯がないということは頭から消えているのだった。


     ☆


 お昼の時間になった。机を合体してお弁当を広げたり食堂に食べに行ったり各々が動き出す。千春は近くにあった空いている机を運んできて千春と澪の机に合体させる。

「澪ちゃん、今日は詩織ちゃんも一緒でいい?」

「答える前に机を持ってきてるじゃない」

「え~みんなで食べようよー」

「……わかったわ」

「ありがと~…………っあ、来たみたい!こっちこっち!」

 千春が教室の入り口からひょっこりと顔を覗かせている詩織を手招きする。すると詩織は周りの人に気づかれることなく教室に侵入し、千春と澪のところに合流する。

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