『人見知りガール』②
電車が参ります。というアナウンスと共に風を切りながら電車がやって来る。
「はぐれないように手つなごっか」
さっき、ホーム内で走り出して迷子になりそうになった詩織の様子を見て千春は手を繋ぐ。詩織は人混みの中では、その場から逃げたくなってしまうらしい。今も千春の影に隠れている。
(ストア内はこれよりももっと人が居ると思うけど……大丈夫かな)
今から行くのは国内で一番大きいマスコットストアである。いろいろなマスコットのグッズが揃えられている。千春にとっては戦場でもあり聖地でもあった。その中で詩織が頑張れるか少し不安になってしまう。
電車のドアが開く。次々と降りてくる人々。詩織はハシッと千春の腰を掴んでいる。
電車に入る。座席が空いていた。千春は詩織を連れて席に座る。
「⁉」
突然千春に持ち上げられた詩織はびっくりしていた。
(軽ーい)
千春はそのまま自分の膝上に詩織を乗せる。最初は暴れていた詩織だったが、後ろからぎゅっと抱きつく千春の温かさに落ち着いたのか身を任せるように力を抜いていった。
☆
目的の駅に到着したというアナウンスが流れる。
「行こっか」
千春は詩織を抱き上げて地面に立たせる。そして手を優しく握り、電車を降りる。
「⁉」
詩織があまりの人の多さにびっくりしてしまい千春の腰に再び抱きつく。ここは人が多く集まる駅として有名な場所だ。
「大丈夫だよ~」
「…………」
「大丈夫だからね~怖くないよ~」
いろいろ声を掛けながら歩いていく千春。改札を抜けて人が合流する一本道に入る。ここはこの駅のいろんな路線から出た人が集まる大動脈のような道である。一歩間違えば詩織とは永遠の別れになってしまうかもしれない。千春の緊張感が伝わったのか詩織の身体もカチコチとしている動きになってしまう。
☆
「ふー何とか外に出られたね」
千春が一息ついているのと反対に詩織は目をぐるぐると回し瀕死状態だった。
「ちょっと休憩しよっか」
詩織がコクリと賛成する。
☆
休憩する場所は落ち着いたカフェを選んだ。温かい色合いの内装、リラックスする音楽。テーブル席に二人で向かい合うように座っている。テーブルの上にはイチゴオレとココアが乗っている。
千春はイチゴオレをストローで飲みながら、
「詩織ちゃん……ストアはさっきよりももっと人増えるけど……大丈夫?……行ける?」
心配するように声を掛ける。その言葉に詩織は俯き今にも泣いてしまいそうな声で、
「だ、大丈夫では……ないです。でも……わたし……」
「、別に責めてるわけではないよ。わたしはいくらでも付き合うし、いくらでも頼ってほしい。……けど、詩織ちゃんが無理して苦しんでいる姿は見たくないよ」
その言葉に詩織は前を向き、千春の目を見る。詩織の瞳からは力を感じた。その力は自然と千春の身体の中に入っていく。
「わたし、が、頑張ります。……力を貸してください」
決心した様子の詩織を笑顔で見ながら千春は、
「うん!一緒に頑張ろう!」
飲み物を飲み終えるとすぐに店から出た。
☆
「ぉぉぉお」
目を輝かせているのは詩織。大きい建物を見ている。壁にロットちゃんの巨大イラストが設置されていたり、いろんな関連広告があったりとロットちゃんファンなら誰でも興奮する光景である。その他のマスコットキャラクターの広告もあったが詩織は興味を示さなかった。
詩織の視線が上から下に移動すると、いつものおどおど詩織ちゃんに戻ってしまう。それはそのはずだろう。人が多すぎるのだ。入口が広いとはいえ入っていく人がとにかく多い。まるで人が流れている川のようだ。
何回も来ている千春に取っては当たり前の光景だが詩織に取っては地獄のように感じてしまっているのかもしれない。
「…………落ち着いた?」
「はいっ」
「よし、行こうか。戦場に」
千春は詩織の手をぎゅっと握る。詩織もそれに答えるようにぎゅっと握り返す。
千春の一歩と共に詩織も一歩。また一歩と人の流れに入っていく。
流れの中心部に入った。もう戻ることはできない。流れに身を任せるのみである。
☆
「ふー、何とかなったね」
「…………」
目が回ってしまっている詩織を支えている千春。
入口を通過した二人は混雑している一階を抜けて階段で二階へと非難したのだった。
「詩織ちゃんが欲しいのは限定ストラップだけ?それとも何か他にある?」
「、本とファイルとペンと缶バッチと――」
「――ちょーっとストップ」
思っていたよりも買うものが多いことを確認した千春は脳内で最適なルートを検索している。
(…………上から見ていくのが得策かな)
上に行くほど人の数が少なくなっていくこのストアの特性から導き出されたルート。
「上から行こうかなって思ってるんだけど、どう?」
千春はストアの案内表を見せながら訊く。詩織はそれを見て、千春に視線を戻してコクリと頷いた。
☆
一番上のフロアはグッズがメインで文房具などが多くある。
「ちょ、ちょーと!詩織ちゃんあまり離れないでー」
素早く動き回る詩織の動きについて行けない千春は娘が迷子にならないように目で追うことしかできなかった。
(人が多くなってきたら本当にどこにいるかわからなくなりそう…………どうしたものかね)
不安は大きくなるばかりである。
☆
「か、買えました!」
初めて一人でおつかいができたみたいに満面の笑顔で喜んでいる詩織をのほほんと見ている千春。
(癒されるー)
さっきまであった不安や心配もどんどん浄化されていってしまう。
詩織が商品が入った袋を胸に抱きながら、
「千春さん、ほんとうにありがとうございます……わたし、……」
「詩織ちゃん⁉」
突然泣き始めてしまう詩織にびっくりして駆け寄る千春。
「わたし……怖がりで、何もできなかったけど……千春さんのおかげで」
「ううん、わたしのおかげじゃないよ。詩織ちゃんが頑張った結果、だよ」
その言葉に詩織の表情は笑顔に変わっていく。
「それにまだ終わってないよ?まだまだ欲しいものあるんでしょ?」
「はい!」
千春は自分も何か買おうかなと考えながら。詩織は『両手』で袋を抱きかかえながら。二人は次のフロアに移動していく。
☆
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