ギルド最年少長老に就任したら、女冒険者たちが強引にパーティを組もうとしてきた

ネコ

第1話

 正直、頭が痛い。

 今日もギルドから受けた依頼をこなすはずだったのに、どうにも集中できなくてやたらミスが多い。

 何が原因かって? そりゃあ最近聞かされた妙な噂だ。


「なあ、聞いたか? アイリスが他の男と親しくしてるって話」


 そんなことを仲間の冒険者から耳打ちされて以来、頭の中がぐちゃぐちゃなんだ。

 アイリスは俺の幼馴染だ。

 昔は一緒に旅立つ約束をしていたし、ずっと近い存在だったと思う。

 だけど、いつの間にかすれ違いが続いて、今じゃろくに顔を合わせることもない。

 そんな彼女が別の男と親しげ……胸のあたりがズキリと痛む。


 今だって、依頼の最中にぼんやり考えこんでしまい、動きが鈍った。

 おかげで、討伐対象の魔獣を逃がしかけるし、危うく尻尾で殴り倒されそうになった。

 幸い仲間が助けてくれたけど、情けない限りだ。

 このままじゃダメだと思い、依頼を終えたあと、街の外れにある静かな酒場へ足を運んだ。


「……ちょっと落ち着こう」


 いつも賑わう酒場とは違い、ここは薄暗くて人通りも少ない。

 だが、それが今の俺にはちょうどいい。

 カウンターの隅に腰掛けて、出されたエールをゆっくり口に運ぶ。

 ああ、ほんのり苦い味が舌にしみる。

 余計なことは忘れて、ほっと息をつきたかった。


「おう、珍しいな。こんなところで何やってんだ?」


 不意に聞こえてきた低い声に、反射的に振り返る。

 そこにはギルドマスターのダリオが立っていた。

 厚手の革コートを羽織り、袖口にはギルドの紋章。

 やや整った口ひげと鋭い目つきで、威圧感はあるが、人当たりは悪くない。

 むしろ面倒見のいい親父さんって感じだ。


「ダリオさん……こんな酒場にも来るんですね」


「お前なあ、俺のテリトリーを勝手に決めつけるんじゃない。たまには静かな場所で飲みたい時もあるんだよ」


 ダリオはそう言って、隣の席にどかりと腰を下ろす。

 そして軽く手を上げて店主を呼ぶと、同じエールを注文した。


「それよりも、急ぎ話があるんだ。今いいか?」


 その言葉にドキリとする。

 ダリオがこんなところまでわざわざ探しに来るなんて、ただ事じゃない。

 もしかしてさっきの依頼でのミスについて怒られるのか?

 俺は慌てて背筋を伸ばす。


「大丈夫です。話って、一体……?」


「まあ、ここでゆっくり聞かせるより、ギルド本部に行ったほうが早い。悪いが、今から付き合ってもらうぞ」


「えっ、今からですか? いや、俺ちょっと休憩が……」


「休憩はあとだ。いいもん食わせてやるから、さっさと来い」


 断る余地もなく、ダリオは俺の腕を引っ張って立ち上がらせる。

 まったく、この人にはいつも振り回されてばかりだ。

 それにしても、そんなに急ぎの話って何なんだろう。

 嫌な予感がするが、逆らってもしょうがない。

 エールを一気に飲み干すと、俺はダリオとともに酒場を後にした。


 外はすでに夕刻で、オレンジ色の陽が街並みを照らしている。

 人通りは少しずつ増えてきて、どこかの商人が屋台をたたむ支度をしていた。


「なあダリオさん、急ぎっていうのはマジでヤバい案件とかですか?」


「フッ、まあお前にとっては大きな話だと思うぞ。詳しくは本部で説明する」


 それだけ言い残し、ダリオは早足で歩き続ける。

 追いかける俺の胸は、変な期待と不安が入り混じった鼓動を刻んでいる。

 気になるアイリスの噂はひとまず置いておかないと。

 まずは目の前の問題に集中しないといけない。

 そう思いながら、夕暮れの街路を駆け抜けていく。


 こうして、俺の静かな休息はあっという間に幕を閉じ、次の舞台へと引っ張り出されることになった。

 ああ、普通の下級冒険者として、地味に生きていくつもりだったのに。

 明らかにただごとじゃない気配に、胸がそわそわして仕方がない。

 ダリオの顔を横目で見ると、なんだか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 俺は苦笑いを浮かべつつ、ギルド本部への道を急いだ。

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