君の願った異世界へ
綾南みか
01 目を開けたら異世界だった
私は病気だった。原因不明の病気でいつも苦しかった。息が苦しくて運動もできない。学校に行っても体育とかできなくて、いつも見学だった。友達なんかできもしない、誰も私を避けて素通りしてゆく。何をするのも辛くて、生きてゆくのも辛かった。
高校に入ったけれど、その頃から登校もできなくなって、病院に入院した。たまに体調が良い時にスマホで読んだ異世界の話には憧れた。だが、私には何もない。知識も経験値も体力も意欲も何も……。
そして、まだ十五歳の若さで枯れ木のように痩せ細って死んでしまった。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。ずっと迷惑かけて、至らぬ娘で、先立つ親不孝者でごめんなさい。
◇◇
…………────。
何だか周りが明るいような気がして目を開いた。
最初に目に入ったのは、見たこともない白いドーム型の天井だった。柱が幾つにも分かれて天井に向かって模様を描いている。広い部屋に居るようだ。
(死んだと思ったのに、まだベッドに寝ている。私、死んだんじゃないの?)
そっと首を動かすと、相変わらずミイラみたいに痩せ細っている自分の腕や身体が目に入った。着ているお気に入りの白黒チェックのパジャマがダブダブだ。
木枠に藁や干し草を詰めて、上からシーツを被せた草のにおいのするベッドに寝かされている。
いつもの機械がたくさん並べられた個室ではなく、ベッドがたくさん並べられていて、他に何人か寝ている。
「目が覚めましたか?」
「……はい。ここは……?」
修道女の格好をした女性が側に来て話しかけた。知らない言葉だ。英語とかテレビで聞いたような言語ではなさそうだが、何故か言葉が通じる。英語もろくに喋れないのにどうして言葉が通じるのだ。
「あなたは行き倒れて、この修道院に運ばれてきました」
「私が……、行き倒れ……て?」
私は殆んど危篤状態で、行き倒れる程、動けはしなかった。
「あ……の……」
もっと聞こうとしたが喉が掠れて声が出にくい。
すると修道女が、黄色のグミのような物を出して、私の口の中に入れた。
「喉のお薬ですよ」
口の中に入った薬は舌で簡単につぶれた。口の中一杯に蜂蜜のような甘味と花の香りが広がった。
「甘い……です」
修道女はにっこりと笑って話を続ける。
「ここはミュステア村にある聖ミトラス修道院付属の病院です。あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」
「あ、はい。私はまりえといいます。助けて下さってありがとうございます」
何故か姓の方が出てこなくて名前だけを告げる。
(それにしても、ミュステアって、日本じゃなさそう)
「マリエね。私はここで教育や医療のお手伝いをしているシスターラリサよ」
シスターラリサは西欧風の顔立ちをしている。
私の名前は平仮名のまりえ。親が漢字を色々考えた挙句、めんどくさくなって平仮名にしたという。嘘か本当か知らないが自分の性格にそういう所がある。平仮名のまりえという、何とも言えないまろやかな感じは気に入っていたけれど。
しかし、分からない。日本で死んだはずの私が、どうしてこんな所で行き倒れているのだろう。名前も覚えていないし、言葉が通じるし、もしかして──。
修道女のラリサは私の思いには頓着しないで続ける。
「マリエ、お腹が空いているでしょう。食事を持ってきますね」
ちょうど食事の時間だったようで他の修道女がトレーを運んできて、ベッドテーブルの上に置いた。私の側にいたシスターラリサが体を起こしてくれる。
「大丈夫ですか? 自分で食べられますか?」
「はい、大丈夫です」
起き上がれないほど重病人の私だったが、シスターラリサがクッションを置いてくれたおかげで何とか起き上がれている。
目の前に置かれたのは何かの野菜がドロドロに煮込まれ、そこにパンを砕いて入れた塩味のシチューのような物だ。
「どうぞ、召し上がれ」
「ありがとうございます、いただきます」
一口食べると、滋味に溢れた野菜とパンが口の中に広がる。
「おいしい……」
私は本能のままにそれを食べた。
そのシチューは、今まで食べたどの食事よりも美味しかった。まるで体中が
美味しい美味しいと喜んでいるようだった。
◇◇
一週間もすると起き上がって歩けるようになった。驚いたことに私の難病と言われた症状が全くなくなったのだ。息が苦しくない。
月に一度、この辺りを巡回するお医者さんからも「栄養を取ってよく寝れば回復するじゃろう」と言われた。
いつも空気が足りなくて、はくはくと金魚のように空気を求めた。持ち運び用の酸素吸入器のチューブを鼻下に貼り付けていた。病室の外に出ると可哀想な者を見るような目でじろじろ見られるのが嫌だった。
ここに来てから息をするのが楽になった。ベッドから下りて立ち上がっても、ちっとも苦しくない。ゆっくり歩いてトイレに行って、顔も洗えるようになった。
この分なら、普通に歩けて、歌も歌え、走れるようにもなれるかもしれない。
シスターラリサは時々私のベッドに様子を見に来てくれた。そして何くれとなく話していく。
「調子はいかがですか?」
「はい、とてもいいです。歩けるようになりました」
「まあ、それはよかったこと。でもまだ無理をしてはいけませんよ」
「はい」
季節は初夏で日本と同じようだ。暑くも寒くもなく体調も良い。入院患者はあまり多くなく、起き上がれるようになると直ぐに退院してゆく。
「マリエは、病気だったと言ってましたね」
「はい、殆んど死にかけていたんです。お陰様でこんなに元気になりました。あの私、ここでお世話になっていていいのでしょうか?」
いくら私が十五歳だとはいえ、病院に入院していれば医療費がかかる事くらいは知っている。医療費は高いんじゃないか。ここに入院している人は、少しでも動けるようになるとさっさと退院して行く。今の私は一文無しだ。いつまでも世話になる訳にもいかない。
シスターラリサは私の言葉に頷いて、思いがけない事を言った。
「マリエは森の近くで行き倒れていたのよ。牛や山羊が騒いでいて、通りがかりの人が見つけて、ここまで運んできてくれたの」
行倒れたというのがすぐには信じられなくて、その後のことも考えられなかった。救急車を呼んで運ばれたとかいうことではなさそうだ。
「ええと、その方は──」
「あなたを運んで来た人は、用事があるそうで直ぐに旅立たれたのよ。また通りがかったら寄ると言ってたわ」
「そうですか」
「寄付を頂いているから心配しないでね」
「え?」
どうも見ず知らずの人に助けて貰った上に、ここに運ばれて、たちまちの掛かりまで払ってもらったらしい。何ということだ。お世話になるにも程がある。
「行き倒れた方を助けるのはよくあることだし、私たちの使命なのです」
シスターラリサはそう言って胸のペンダントを握る。この世界の人は親切な人ばかりなのだろうか。
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