第一章8話・初陣編「チーム」




「……じゃあまずは、こいつらをどうにかしないとな」


 巫心都みことと仲直りした穂緒ほつぎは、改めて災害因子さいがいいんしを見る。

 災害因子達はまだまだ襲ってくる気配がある。


「巫心都ちゃん、戦える?」


 永遠とわは、力なく座っている巫心都に近寄って左腕を差し伸べる。

 巫心都みことは手を出しかけた。

 しかし力なくぶら下がる右腕を見て、ためらってしまった。

 永遠の方が肉体的に大変なのに、手を差し伸べてくれている。

 申し訳なさと、己への不甲斐なさを巫心都は感じていた。

 しかし永遠は巫心都を安心させるように笑い、頭を軽く横に振る。


「私は大丈夫。握って」


 巫心都みことは心配そうに永遠を見るが、決心すると涙を拭って手を取り、立ち上がる。


「……うん…やる…私も」


 巫心都みことは幼さの残る端正な顔を、凛とした戦う決意で引き締める。

 巫心都はこれ以上、守られるだけで永遠とわが傷つく状況を変えたかった。

 だから、巫心都は自分を奮い立たせ戦う決意をした。


「よし、そうと決まれば…」


 穂緒ほつぎは、一歩前へ出る。

 刀の先を背後に向け右腰に構え、「脇構わきがまえ」をとる。

 敵からは刀身が隠れて見えない構えだ。

 そして永遠とわは穂緒に並ぶように一歩出ると、体の前で手を握る。

 すると一気に全身からエネルギーのような青白いオーラがほとばしる。


「私も巫心都みことちゃんを守るから安心して……じゃあ」


 永遠とわ穂緒ほつぎと目配せする。

 そして。


 ——穂緒と永遠は勢いよく災害因子の集団に突っ込んでいく。


 月夜つくよの「言殺げんさつ」によって災害因子たちは、いまだ阿鼻叫喚あびきょうかんの中にいる。

 何もかも強制的に信じられなくさせられ、精神を殺されたあわれな者達。

 しかしいかにあわれんでも、それは災害因子である。

 穂緒ほつぎ達は今一度、覚悟を決めて武器を握りしめる。


 突っ込んでくる穂緒達を見た災害因子達に、動揺が波のように伝わる。

 そして穂緒達にステッキを向けて乱射してくる。


 穂緒ほつぎはケンカ殺法よろしく、敵をタックルや蹴りで豪快に地に伏せる。

 そして次々と神駆火劔かがりびのつりぎでトドメを刺す。

 月夜つくよには神人として戦う覚悟を、強引ではあるが教えてもらった。

 もう、穂緒は狼狽うろたえたりしなかった。


 一方、永遠とわは足にエネルギーを溜める。

 それを爆発させると一瞬で敵の射線をかわし、銃弾の雨をことごとく避ける。

 そして、突然、——剣が変形、光の弦が現れて弓の形をとった。

 使えない右腕の代わりに、弓の弦を口で引き絞ると光の矢が出現。

 撃ってくる災害因子に狙いを定め、矢を放つ。

 矢は複数に分かれて災害因子達に命中した。

 敵は矢が命中したことで怯み、攻撃の手が緩む。

 右腕は使えないが、永遠は戦い方を考えていた。


 その隙に、巫心都みことは光のエネルギー体を生成、光の矢が形作られる。

 巫心都はその矢を弦につがえると、大きく引いて一気に放つ。

 その矢は狙いこそ甘いが、かすった災害因子を二、三体、一瞬で消し飛ばした。

 巫心都の攻撃を初めて見た穂緒ほつぎはその威力に驚かされる。

 わがままだが、そのポテンシャルを見せつけられた。


 三人は急ごしらえのチームだったが、敵を順調に倒せていた。

 あっという間に十体ほどを黒い塵に還した。


 これが、みんなで戦うことでできる景色なんだ——。

 私、もう一人でちぢこまっているだけの子じゃないんだ——。


 永遠とわはいけるという手ごたえを感じ、高揚感こうようかんが止まらなかった。

 永遠は必死に戦場を駆けまわる。

 

 ——自分はここで変わる。


 それを言葉だけでなく現実にするため。

 彼女は考えられる限りの全力を出した。

 永遠とわは自らを奮い立たせる。

 永遠は休む暇もなく、災害因子を倒していく。

 次へ、次へ——。

 

 ……次第に疲れて、永遠のスピードは衰え、左腕も力が入らなくなってくる。

 疲弊ひへいして動きの鈍くなった永遠は、自分のことで精いっぱいとなる。

 そして味方への注意が緩んでしまった。


「ちょっとあんたッ、避けて——!?」


 永遠とわ巫心都みことの叫び声で弾かれたように振り返る。


 ——穂緒ほつぎが、災害因子に組み伏せられていた。


 振り上げられる片手剣。

 いかに武装をしても、武装と武装の間、例えば首や関節を狙われればひとたまりもない。

 永遠とわ穂緒ほつぎを助けるため、トップスピードで飛び出した。

 しかし。


 ——ダメだ、間に合わない。


 片手だけでは剣を振るのもままならず、限界にきていた。


 自分の力を過信しすぎた。

 分不相応ぶんふそうおうにやり過ぎた。

 だから罰が当たったんだ。


 永遠とわは後悔した。


 ……やっぱり、調子に乗っちゃったのが悪かったのかな。

 皆で一つになれて、一人じゃどうしようもなかった状況も、簡単に変えられて。

 自分が皆の一員になって、自分が変われた気がして。

 でも、それは一瞬だけだった。

 すぐ、自分が危険な状況を作って。

 良かった状況が壊れそうになる。

 みんな、壊れる。

 ああ……

 ああ、ああ……

 叶うなら。

 もう少しでも、

 ほんの少しでも、

 届いて。


 永遠とわは手を伸ばす。

 少しでも届くように。

 

 ……しかし伸ばした手は、届かない。


 それでも永遠とわは願う。

 届け、

 届け、と。








 ————空間に、電撃が走った。








 その電撃のようなエネルギーは、穂緒ほつぎの周りの災害因子の胸を貫く。

 災害因子達は黒い塵へと還っていく。


 空間に残ったエネルギーは永遠とわの元に移動すると——エネルギーのほとばしる右腕となる。

 永遠の傷ついた右腕を覆うように。




 それは永遠が作り出した、新たな右腕だった——。




 永遠とわの強い思いを受けて永遠の体中のエネルギーがほとばしり、敵を貫いた。

 それが腕の形をとり、彼女の新たな力となって現れた。


「はあああ……良かった…」


 穂緒ほつぎが助かり、永遠は緊張が解かれて胸をなでおろす。

 永遠とわは災害因子が一瞬で消え去ったあとを見る。


「すごい……これ、私がやったんだ。すごい……」


 手を閉じたり、開いたりしてみる。

 永遠とわの思う通りにそのエネルギーの腕は動いて見せた。


霧幹むみき、ありがとう……!おかげで助かった。それにしても本当にすごい力だな」


 穂緒ほつぎは永遠の新しい片腕に感心する。

 ……しかしそうしている内にも、災害因子は手を緩めず、急襲してくる。

 永遠とわはすぐに鋭い目つきに変わり、思い切り腕を災害因子に突き出す。

 すると先程のように、エネルギー体の右腕は空間を電撃のように走る。

 災害因子をまとめて三体、貫いてみせた。

 腕はまたたく間に永遠のもとに戻り、エネルギーをほとばしらせる。


「もう、やらせないよ——」


 永遠は目の前に数十と残っている災害因子をねめつける。


 ……今なら、全てやれる。


 その確信が、傷つく以前よりも心強くなった右腕から、強く感じられる。


「ああ。ここからは俺達の番だ」

「うん、いこう永遠とわ


 穂緒ほつぎ巫心都みことも、永遠とわに応える。

 永遠はエネルギーの腕を横に構え、歩き出す。

 一陣の風が通り、永遠の服を躍らせる。

 エネルギーの腕を握ると、周囲の空間に電撃のようなエネルギーが走る。




「全て、殲滅せんめつする——!」




 永遠とわはエネルギー体の右腕を弓にかける。

 腕が、巨大な矢に変形した。

 永遠はエネルギーたなびくその大矢を、放つ。

 矢は目にも止まらぬで飛んでいき、無数の矢に分かれて災害因子達を強襲した。

 数々の災害因子が、一瞬にして黒い塵へと還っていった。


「らああああッッッーーーー!!!」


 穂緒ほつぎは踏み込みながら重い一太刀を災害因子に食らわせていく。

 永遠とわの矢でひるんだ災害因子を次々と黒塵に還していく。


 二人の足止めにより、巫心都みことも確実に敵を仕留めていく。

 穂緒と永遠を襲おうとする者も、巫心都が事前に仕留められる余裕もできた。


 永遠とわの矢を受けてもなおひるまない敵に、永遠は再び右腕を生成。

 それを槍のように変形させ——一気に伸ばして突き刺す。

 空間を轟音ごうおんが切り裂く。

 数多あまたの敵を黒い塵に還していく。


 ——三人は、一つのチームとして災害因子を完全に圧倒していた。


 災害因子は成すすべなく次々と消えていく。

 そこで流石にかなわないと見たか、災害因子達は蜘蛛くもの子を散らすように逃げる。

 しかし、その隙を逃さず永遠とわ巫心都みことは矢を放ち、次々と災害因子を地に伏せる。

 穂緒ほつぎ容赦ようしゃなく災害因子の背中を袈裟懸けさがけに斬りつける。 

 チーム全員が災害因子を討つ覚悟を持っていた。

 完璧な連携を備えた三人は、数多の災害因子を戦慄せんりつさせるまでに成長を遂げたのだった。

 

「これで……」


 穂緒ほつぎは逃げる災害因子の腕を掴む。


「最後だッ!!!」


 その背中から心臓を狙うように神駆火劔かがりびのつるぎを突き刺す。

 災害因子は手足をジタバタさせ、必死に抵抗を見せる。

 が、やがて動かなくなり、黒い塵へ還る。

 穂緒ほつぎは振り返った。


 そこには仲間の顔。

 そして災害因子は一体たりともいなかった。


 ——そう、やったのだ。

 やり遂げたのだ。


 穂緒ほつぎは思い切り顔をほころばせる。






「やった……遂にやったぞ……遂に、俺たちは生き延びた……!」






 死ぬ思いで掴み取った勝利。

 心に染み入るような達成感があった。

 月夜つくよの「言殺げんさつ」で弱体化されていたとはいえ、戦闘経験のほとんど無い穂緒ほつぎ達が数十体もの災害因子に勝利を収めたことは奇跡に近い。


「皆さん、お疲れさまでした……!」


 永遠とわが笑顔でねぎらいの言葉をかける。


大刀流火たちるかさん、巫心都みことちゃん、本当によく頑張ってくれて、ありがとうございます!」

「こっちこそ、霧幹むみきが頑張ってくれたおかげで勝てた。ありがとう!」

「……うん」


 穂緒ほつぎは心からの感謝を永遠とわに贈った。

 巫心都みことは照れ隠しをするように目を逸らし、髪をいじる。


「それじゃあ、この辺りの敵も倒せたので、この都市の中から抜け出しましょう!」


 永遠とわの言う通りだった。

 これだけ遮蔽物しゃへいぶつがあり、既に敵は多数展開されている。

 ここでまたひょっこりはさちでもされたら終わりだ。

 月夜つくよの「言殺げんさつ」が無い以上、新たな敵の弱体化の術もない。

 ここは災害因子によって意図的に形成されたフィールドのど真ん中。

 敵がどのように自分たちを追い詰めてくるか分からない。

 それならば荒野に抜け出て身を隠した方がはるかに安全と言える。


「そうだな、ここからさっさと立ち去ろう」


 三人は顔を見合わせて、お互いの了承を確認する。


「それじゃあ、みんな、行こう!」


 永遠とわが先陣きって、表の通りに向かって駆け出す。

 二人も永遠について走り出す。

 穂緒ほつぎはこのチームでならどこへでもいけるような、そんな感じがしていた。

 俺たちは、まだ強くなれる。

 穂緒はその確信があった。


「……うっ」


 突然穂緒ほつぎは、キーン、と鋭い耳鳴りを感じた。


 そして——先を行く永遠とわが、不意に立ち止まった。


 永遠とわは表の大通りに出たところで不意に右上を向くと、そこで立ち尽くす。


「……霧幹むみき?」


 光に照らし出された永遠とわは表情一つ変えず、どこかを見続けている。


「おい、どうした、みk……」


 穂緒ほつぎが心配して手を伸ばした瞬間。






 ——永遠とわ戦慄せんりつで顔を歪ませた。






「ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 永遠とわは頭を抱えて急に鋭い叫び声を上げる。

 武器をとり落とす、カランカラン、という音が響く。

 顔は真っ青になり、顔中が絶望の色で染め上がられていた。


「どうしたんだ霧幹むみきッ!?」


 穂緒ほつぎはその尋常じんじょうではない永遠とわの様子を見て、急いで駆けつけようとする。


「来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」


 しかし永遠とわは金切り声を上げて穂緒ほつぎを拒絶した。


「そ、そうだ、わた、わたしは、わたしは……このどん詰まりの人生なんて、変えられるわけが、な、無かったんだ。こんな、死んでまで、どうにかしようなんて、浅はかで、浅慮せんりょで、恥さらしなだけだ。……わたしは、な、なにもできない……ひ、人に、迷惑をかけるしか、能のない迷惑者で……もう」


 空をあおいでボロボロと涙を流す永遠とわ

 先程まで勇敢ゆうかんに戦っていた姿はおろか、最初に出会った彼女よりも弱弱しく見える。


「もう、全てがどうでもいい……もう、何もしたくない……もう、もう、もう……ああ…あああ…ああああああああああああ!!!!!」


 永遠とわ慟哭どうこくを上げながら目を見開き、空に両手を伸ばす。

 光に向かって許しを請う姿は、神話の一節のように見える。

 やがて、右腕は槍に変形し……。






「あがぇっっっ…………!」






 ——自らの胸を貫いた。

 前に進むために手に入れた力で、永遠とわは自らをった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る