第一章7話・初陣編「お前の人生経験でぇ、私の人生をぉ、語るなああぁぁぁ!!!」




「た、大刀流火さんっ!!!」

 

 永遠とわの緊迫した声が響く。

 穂緒ほつぎは慌てて振り返った。

 永遠は複数の正気を失った災害因子さいがいいんしに襲いかかられていた。

 月夜つくよが身代わりを出した災害因子を倒したせいで災害因子が皆、錯乱していた。

 穂緒は弾かれたように永遠の元へ急いで向かう。

 災害因子をタックルし、馬乗りになる。

 災害因子の抵抗の様子から、怒りの色が見える。

 その人間的な反応に穂緒は一瞬怯むが、無理矢理に刀を振り下ろした。

 災害因子は苦しそうな姿で固まったまま、黒い塵へと消える。


「た、大刀流火たちるかさん!大丈夫ですか……!」

「ああ、なんとか」


 永遠とわ穂緒ほつぎに駆け寄る。

 彼女の持つ剣からも黒い塵が空中へ溶けてゆく。

 彼女もまた災害因子を手にかけたのだった。

 その視線を感じとった永遠は穂緒になんとか自分の気持ちを伝えようとする。


「あ、あの…私も、戦います…!こういう時、いつもは、し、尻込みしてしまうんですが、た、大刀流火たちるかさんが、がんばっているので…!私も一緒に、がんばりたい、です……」

 

 穂緒ほつぎには十分すぎる程、心強い言葉だった。

 胸の奥で温かみが広がっていくのを感じる。


「ああ。ありがとう……」


 穂緒ほつぎには涙が出るほど嬉しかった。


「……あ、あれ!!まだ来ます!」


 永遠とわが再び緊張を帯びた声で穂緒ほつぎに警告する。

 大通りの方から狂気を滲ませた災害因子が、次々と歩いてくる。

 中にはステッキを片手剣に変えて接近戦をしようとする者もいた。


「多いな……いけそうか?」

「な、なんとか……ガッツで、がんばります……!」


 永遠とわは頼りなさそうな、しかしその中にも芯のある答えを返す。

 と、そこで穂緒ほつぎはもう一人を思い出す。


「そういえば……菊之地きくのじ?」

 

 ビルの壁際で、息を殺すように体育座りでうつむ巫心都みことに声をかける。

 反応がないため、穂緒ほつぎは巫心都の元へ駆け寄る。


「おい、菊之地きくのじ?大丈夫か?戦えるか?」


 穂緒ほつぎ巫心都みことの肩揺らす。

 すると巫心都は、ぱたんと横に倒れてしまった。


菊之地きくのじ?」


 穂緒ほつぎが声をかけても反応しない。


大刀流火たちるかさん!来ます!」

 

 穂緒ほつぎ永遠とわの声で振り返る。

 災害因子が狂ったように次々と襲い掛かってきた。

 穂緒は巫心都をかばうように、必死で災害因子の攻撃に応戦する。

 攻撃の合間に、声を張り上げる。


菊之地きくのじ!なんでもいいから返事してくれ!何もわからないだろ!!」

「…もう、いやだ………」

 

 僅かに、巫心都みことの声がか細く聞こえてくる。


菊之地きくのじ……?」


 穂緒ほつぎ巫心都みことに視線を向ける。

 巫心都はしゃくりあげながら胸元のペンダントを握る。

 そして、悲痛な声音で泣き始める。


「私は……何も…したくない。ここに、来たのは、し、死んじゃいたく、なかった、からで……、生まれ、変わるか、何とかをやるかって、生まれ変わるなんて、ぜったあい、いやだから、……でも、こ、こんなことを、する、…ためじゃない……わたしは、まだや、やりたいことが、あったのにぃい……ど、どうして、わたしがっ、死ななきゃ、なんないのおおぉぉっ!!!」


https://kakuyomu.jp/users/kamishironaoya/news/16818622171583809009


 巫心都みことは涙を幾筋も流し、震えた涙声で吐露する。

 その間、穂緒ほつぎは巫心都を災害因子から必死に守る。

 しかし穂緒は体力、精神ともに限界でいら立っていた。

 疲労で限界の時、人に気遣う心の余裕がなくなるのは穂緒も同様だった。

 穂緒は巫心都にあたるように、声を大にする。


「お前、さっきまで寝てるかと思ったら好き放題言いやがって!死んで辛いのは皆同じなんだ、俺だって辛いんだ、戦ってくれ!」


 そう言うと穂緒ほつぎ巫心都みことの腕を取って立たせようとする。


「さわんないでええぇぇぇーーー!!!」

 

 巫心都は猛然と穂緒の手を払いのける。


「あんたと同じわけないだろぉぉぉ!!!」

 

 巫心都は涙をにじませながらも歯をむき出しにする。

 穂緒を殺さんばかりに睨みつける。


「お前の人生経験でぇ、私の人生をぉ、語るなああぁぁぁ!!!あんたは私の人生でぇ!私の立場でぇ!私の苦しみを受けてねえんだからあぁ、あんたの経験と比べてどんくらい辛いかどうかなんて、分かるわけないだろぉぉぉおおおおおお!!!!」

 

 巫心都みことはヒステリックに叫び声をぶつけた。


「あんたがこんなことやっても、なああんも意味ないんだよぉ!!!あんたたちの人生も!私の人生も!何もかも!全部、終わってんだよぉ!!!あんたが!なにしても、なにもぉ、とりもど…せ……ないぃぃ……わたしがぁぁぁ……なに…したって…いうの……」

 

 巫心都は手で顔を覆って再び泣き始める。

 しかし穂緒ほつぎは構わず、言葉を叩きつける。


「お前!俺がどれだけ辛い思いして敵を斬ってきたか分かってねえからそんな事言ってんだろ!自分のことばっかで、人のためにやろうとか思わないのか!?」

「他人のために今やったって、何になんだよぉぉ!!!まず自分が救われないでどうすんだよバーカ!!!……ねえ、あたし間違ってんの?……ねえ、ねえぇええ!!!!」


 巫心都みこと穂緒ほつぎの襟首に掴みかかってこれでもかと睨みつける。


「そんなに死んだのが悔しいなら、災害因子に復讐すりゃいいだろ!?」

「だからそんなんやったって、なぁんも意味ないって言ってんじゃん!私は私の人生を取り戻したいのぉ!!!」


 その言い争いは、致命的な隙を生む。

 二人向かって半狂乱状態で片手剣を振り上げて迫る影。

 穂緒ほつぎ巫心都みことは、災害因子に気付くのが一瞬遅れる。

 穂緒が気づいた時はその凶刃が目の前に迫っていた。

 その凶刃が腕を貫く。


 ——腕からナイフが出た「永遠」が、二人を守るように災害因子に立ちはだかっていた。


霧幹むみきぃぃ!!!!!!」


 穂緒ほつぎ永遠とわの捨て身の防御に衝撃を受ける。

 あの頼りなさそうな、うつむき気味の永遠が、自分の危険も顧みず前に出てきた。

 穂緒は想像だにしていなかった。

 永遠は苦渋に歯をむき出しにしながら顔を歪める。


「がああぁぁっっっっっっっっっ!!!!!!」


 永遠とわは耐えきれずに苦悶の声を上げる。

 刃のほとんどが貫通していた。

 今この一瞬も耐えがたい激痛が駆けまわる。

 逃れられるなら、今すぐにでも死んでしまいたいと思うほどの激痛。

 しかし、永遠は今この瞬間負けてはならないという一心だけで顔を上げる。

 怪物のような唸り声を上げならその片手剣を引き抜く。

 

 そして——地面に落ちていた自らの剣を災害因子の首に突き立てた。

 

 災害因子は黒い塵となって消えてゆく。

 顔中、脂汗をかいた永遠とわは二人に振り返る。

 満身創痍まんしんそういでよろよろとする姿は、今にも倒れそうだ。

 しかしその表情は、修羅場を乗り越えた戦士の、覚悟を持った顔つきだった。

 今までの永遠はそこに存在していなかった。


「おまえら、……ごちゃごちゃうるせぇぇぇーーー!!!」


 その叫びは一瞬にしてその場の音をさらい、静寂が支配した。

 髪がき立ち目を見開く様は、今までの頼りなさげなイメージを掻き消す。

 別人がそこに立っているのかと錯覚するほどだった。


「私はっ…!この状況でも、絶っ対、生き残るっ!!!だって私、もう一度、私としての人生を、ここで始めたいから!!!死んでそのまま、諦めちゃいたくないから!!!」


 永遠とわは涙をぽろぽろと流す。

 その涙は戦場に咲く花のように、一際美しく輝いて見える。


「私は、今まで消極的な人生でした。自分から動くことが苦手で、いつも誰かに助けられていました。そして死んでから気づいたんです。私、このままうじうじしたままで、次の人生を歩みたくないって!!!だから、私は神人になりました。私は、話しかけるのが苦手でも、巫心都みことちゃんや大刀流火たちるかさんに頑張って話しかけました!私は二人と知り合えたこと、後悔していません!だから私は、ここでこのまま終わりたくないっ!!!」


 穂緒ほつぎ永遠とわとの会話を思い出す。

 積極的に話かけていたが無理をしているようにも見えていた。

 しかしそれは自分を変えるために人知れず踏み出していた一歩だったと、穂緒は今更ながら気づく。


「だから、私はここで変わる!今までの私は捨てて、自分から人生、掴み取りに行く!!!」


 永遠とわは心の思いすべてを、二人にぶつけようと決めた。

 それが自分と関わってくれた二人の仲をつなぎとめると信じて。


「ここでの戦いは、意味、あります!……だから!二人も一緒に……戦ってくれますか?」


 永遠とわは血で汚れ震えた左手を、二人の前に出す。

 同年代の少女とは思えないその凄惨な手。

 それは彼女の覚悟と決意を生々しく表していた。


「ああ…ああ…!もちろんだ…!」


 穂緒ほつぎは迷うことなく、力強くその手を握る。

 少女らしからぬ強靭な意志が現れた勇姿に、穂緒は心を動かされていた。


「……ごめん、永遠とわ……わがまま言って。……私も……頑張って、みる」


 巫心都みことには永遠とわの様子が相当応えたのか、深刻な様子でしおらしく返事をする。


菊之地きくのじ……怒って悪かった。追い詰められて、辛くあたってしまった。すまない」


 穂緒ほつぎは先程のケンカを素直に謝り、巫心都みことに頭を下げる。


「……分かった、もういいから。……私も、少し言い過ぎた、かも」


 穂緒がすっぱりと頭を下げたのを見て、巫心都も反省の態度を見せる。

 二人の仲はとりあえず修復されたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る