第2話 リアル
お父さんの作ってくれた美味しい夜ご飯をみんなで食べている最中、すみかは自分のことについて色々話してくれた。好きな食べ物とか、趣味とか。(読書と掃除って言ってた)
転校の理由とか、親の引っ越しが遅れてすみか一人がこっちに滞在することの事情についてはあんまり教えてくれなかったけれど、何だか色々理由はあるみたい。それについて私から深く尋ねるようなことはしなかった。まぁ、家庭の事情だしね。あんまり首突っ込んじゃうのも、どうかと思うし。
その夜。
「
「いいよいいよ。すみかはお客さんでしょ」
「お客さんじゃないって」
不服そうなすみかをベッドに追いやる。この部屋は今までずっと私1人の部屋だったから、当然ベッドも1人用のやつが1つしか置いていない。なので、ベッドはすみかに使ってもらって、私は予備の布団を床に敷いて寝ることにしたのだった。
「電気、消すよー」
「ベッド、半分貸してあげよっか」
「それ、一緒に寝るってこと?」
「嫌?」
その聞き方、ちょっとずるくない?
「……まぁ嫌ではないけど。でも、暑苦しいよ?」
「冷房効いてるし、ちょっと暑いくらいが丁度いいよ」
「ほんとー?」
「ん」
すみかが手をあげて、こっちおいで、のジェスチャーをした。私は吸い込まれるように、スプリングの効いたベッドの上に乗って、仰向けになる。
いつも使っているベッドなのに、隣に人がいるってことだけで、まるで別のもののように感じられるから不思議だ。
肩と肩が触れそうになったから、私はちょっとだけ体を動かした。かさっと、布の音がする。
「……狭いね」
ダブルベッドではないから、思ったより窮屈だ。
隣にすみかがいるのを意識してなんだか変な気分になりつつ目を閉じてぼーっとしていると、突然すみかが口を開いた。
「胸、触らないの?」
「はぁ?」
いきなり何を言い出すの!?って、私はちょっとしたパニック状態に陥った。すみかは気にせずに続ける。
「ご飯食べてる時も、ちょくちょくこっち見てたから。やっぱり気になってるのかなーって」
「気になってないし!大体普通はそう考えないよ!へんたい!自意識過剰!」
「でもさ、他人の胸ってやっぱ特別感あると思うよ」
「私、別にそんな趣向じゃないし……」
「ほら」
すみかが横向きになって、こっちに向いてくる。私もおずおずとそれに倣って、すみかと向かい合わせになる。それはとても近くに、手の届く距離にあった。
今まで他人の、それも同年代の女の子とこんなに近くで向き合ったことはなかった。それもベッドの上で。
いくら親戚で血が繋がってるからってさすがに胸を触ることまではしないんじゃないだろうか。けれど、友達同士でふざけ合って……みたいな光景は、学校でもたまに目にするし。そんなにおかしいことでもないのかも。
「早くしないと逃げられちゃうよ」
すみかはそう言って、薄い毛布をぐいっと引っ張って私の方にも掛けてくれる。
顔まで毛布で覆われて、わたしとすみかの空間は密閉されてしまった。ほのかに香る、同じシャンプーの匂い。ほんの少し湿り気の残るすみかの髪。
こくんと、生唾を飲み込む。その音が私の頭の中でやけに大きく響いて、すみかに聞こえてしまっていないか心配になる。
現実感のない光景が、否定できないリアルさを伴って、目の前に、確かに存在している。
今まで踏み込んでこなかった領域にゆっくり足を踏み入れる前の高揚感と背徳感。
お風呂、長く入りすぎて、のぼせちゃったのかな。思考が、全然まとまらなくって。
私は震える手を、そろそろと伸ばす。
もう、どうなってもいいや。そんな投げやりな気分になった。
最初に指先に伝わった感触は、すみかの着てるパジャマの布の感触で、もう少し指を埋めると、次に感じたのは少し硬い感じのざらざらした手触りだった。なんだかとても、やってはいけないことをしているような気がする。伝わってくる下着の感触は、すみかの白い肌とか、黒い艶のある髪とは全然違う。それはまるで、別の世界の何かみたいだった。
これ以上はだめだ。ここを超えてしまったら、もう戻れない。脳内で私を咎める理性の声が、はっきり聞こえる自分の心臓のどくどくと合わさって、不協和音が生まれてる。
「もうちょい、上じゃない?」
すみかに言われるまま、人差し指をつーっと上に、すみかの頭のほうにずらして。下着に覆われていないその場所に、触れた。
抵抗なんてものは、全くなかった。それは私の指を、いとも簡単に受け入れた。
膨らみの1番大きいところからは外れているけれど、それでもやわらかい。ふわふわで、夢みたい。
人差し指が動く。もはや私の意識はそれをコントロールしていなかった。私の、意識や自我よりももっと深い部分にある何かが、ひたすら手を動かしていた。口の中がカラカラに渇いているけれど、それを潤すという発想は全く生まれてこなかった。伝わってくる感触を、私は享受することしかできない。
眠らなきゃいけない時間に、自我を持った、私とは違う一個体と布団の中で向き合って、胸を触らせてもらってるというその事実が、私の頭の中をピンクに染めてしまっていたのだった。
「顔、すっごい真剣だね」
そう言われて我に帰った。頭の中のピンク色が急速に薄れていく。私は慌てて手を離した。
我に帰ったということはつまり、さっきまでは正気ではなかったってことだ。だけど、手に残った感触にはどうしようもないくらい説得力があって。
「……ごめん、つい」
「つい、夢中になっちゃった? 私の胸に」
「……!」
心臓の鼓動が一拍飛ばされる。言い方が悪すぎる。私は決してすみかの胸を触るのに夢中になっていたわけじゃなくて、ただ、予想よりも悪くなかったから、無心で…… そう、無心で。夢中じゃないから。無心と夢中は違う、よね?
私が自分の心に必死で言い訳ともつかないような言い訳を並べ立てていると、髪の毛を人差し指にくるくる巻き付けながらすみかは微笑んだ。
「下着、外して触らせてあげよっか?」
「そんなことしなくていいからっ」
「えぇー。七海、外して欲しそうにしてたけど」
「勝手に想像しないで……」
確かにちょっと邪魔だとは思ってたけど!外して欲しいとは思ってないし!
「じゃ、それはまたの機会にね。七海の、勇気が出た時?とか」
「バカにしてるぅ?」
してないしてない、とすみかは笑う。
「私の胸、どんな感じだった? 感想、教えてよ」
「言えるわけ、ないよ……」
「あ、じゃあ何かしらは思ってくれたってこと? それは良かった」
「マイナスな感想かもしれないじゃん! 何も思われないよりもそっちの方がすみかにとっては嬉しいってことなの??」
私が揚げ足をとって些細な反撃を試みると、
「よく言うでしょ、好きの反対は無関心って」
すみかはそう呟いて、私が聞き返す間もなくさっさと目を閉じてしまった。
直後、すーすーと、平和な寝息が聞こえてくる。
早くない??
私も寝ようとしたのだけど、すみかが最後に言ったこととか、そもそも何で胸を触ることになったんだっけ、とか、指先に残るやわらかさとか、色々なことについて考え込んでしまって、いつまで経っても眠気はやってこなかった。
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