第3話 安心する温度
古今東西いろんな種類のお化けやら怪物やらが乗ったバスに乗って宇宙を旅していたら、ピンクの可愛いユニコーンがバスに突っ込んできて私たちはバラバラになった。真っ暗な宇宙空間にスローモーションみたく散らばるバスの破片。キラキラ光って、星みたいで綺麗。
目が醒めてまず、ついさっきまで見てたはずのバカバカしい夢のことをぼんやり考える。けれどそれは、考えれば考えるほど、掴んだ砂が手のひらから溢れていくように思考から抜け落ちていった。
夢の内容を完全に忘れてしまってから、急に昨日の出来事が思い返されて顔が熱く火照る。すみかはすでに起きて下に降りて行ってしまったらしく、ベッドにはすみかがそこにいたことを示すしわだけが残されていた。
良かった、と私は思う。赤面してるところを見られたら、何を言われるか分からない。
くるん、と寝返りを打つようにして、すみかの寝ていたスペースに収まる。期待していたような体温は感じられなくて、少し寂しかった。
いつもはパジャマのままで下に降りて朝ごはんを食べるのだけれど、すみかもいるしちょっとそれは恥ずかしい。そんなよく分からない自尊心がはたらいたおかげか、私は着替えてからリビングに行くことにした。それも、出かける時によく着るとっておきの服に。鏡を見て、髪をちょっと整えてやる。
「おはよう。……もう着替えてるの? 珍しいじゃない。いつもは昼まで寝巻きのままなのに」
げ。お母さんはいつもの私を知ってるの、完全に忘れてたよ……
恐る恐るすみかのほうに視線をやると、すみかも私の方を見て、何もかも見透かしたようにニヤっとした。
「おはよ」
「おはよう……」
はぁ。
隠したつもりの意図が丸裸になってしまうと、なんともみじめな気分になる。パジャマのまま降りてきた方がまだマシだったかも。
肩を落としていると、すみかが小さな声で、ギリギリ私だけに聞こえるように言った。
「昨日、楽しかったね」
「……顔洗ってくる!」
逃げるように洗面所に走り込んで、冷たい水を顔にぶつけてクールダウンする。
ああいうこと、お母さんがいるところで言うのは反則じゃない??
「こうやって並んでると、あったかくていいね」
夜。ベッドに仰向けになって、天井を眺めながら私が言うと、髪を束ねていたすみかが手を止めた。
「そんなに人の体温が好きなら、今日は手繋いで寝る?」
「ねぇ何でそんな話になるの……」
「私じゃ嫌ってこと? それ結構傷つくよ」
「違うよっ、ぜんぜん、嫌とかじゃ……」
ハッとした。
「その聞き方卑怯だよ!昨日も思ったけど!」
「まぁまぁ、とにかくちょっとやってみてから嫌かどうか決めればいいよ。胸触るよりはハードル、低くない?」
「ん、それは確かにそうだけど」
よくよく考えてみれば、昨日の私はどうかしていたとしか思えない。誘われたからとはいえ、何で従姉妹の胸なんか、触ったりしたんだろ……
「はい」
すみかが手を差し出してくる。一瞬躊躇ったあと、私も手を伸ばして、そして、二人の手が重なった。
すみかが私の手をそっと握る。
指先がすみかの肌に触れた瞬間から、心の底からほぐされていくような感覚が私を埋め尽くした。幸せを直接吐き出したみたいな、長い長いため息がでる。
認めたくない。けれど、すみかと手を繋ぐことで、私は確かに安心していた。心が安らいでいた。
何がそうさせてるんだろう。目を瞑って私は考える。人の体温を感じると、なんでこんなに安心するんだろう。
たしかに小さい頃、お母さんやお父さんと手を繋いだ時も私は心から安心することができた。あったかくて、包まれるようで。けれど、すみかと手を繋いでその体温を感じていると、それとはまた違った何かがじんわり心に沁みていく。
お父さんやお母さんの体温で感じるのは何からも守ってもらえそうだという実感だけど、すみかのそれで感じるものはちょっと違ってて。10秒後に死ぬとわかっていても、すみかと手を繋いでいれば安らかにそれを受け入れることができそうな、そんな予感。
しばらくの間静寂が部屋を包んだあとで、すみかが口を開く。
「
「どうしたの?急に」
「宇宙には限りがあるわけでしょ?じゃあ宇宙の外側と内側の境界って、どうなってるのかなって」
「考えたこともなかったよ……」
宇宙の果て。そこは多分、明るさに満ち満ちているわけではないだろう。多分、真っ暗で、寒くて。そして、とても寂しい場所。
「すみかは普段からこういうこと考えてるわけ?」
だとしたらすごい。学者さんとかになる素質があるんじゃないかな。よく分かんないけど。
「いやぁ、そういうわけではないかな。ちょっと前に寝る前に宇宙について考えてたら、眠れなくなったことがあって」
「ふーん。……私も同じ目に合わせようとしたってこと??」
「まぁ半分そんな感じ」
「意地悪」
「意地悪かぁ」
言いながらすみかはぐいっと距離を詰めてくる。
「もっと沢山、七海と話してたいなーって」
あの! 耳元でそういう火力強い台詞言うの、やめてほしいな! 効いちゃうから!
「お昼とか、時間あるじゃん…… わざわざ夜にいっぱい話さなくても」
「なんか夜って、昼と違ってどきどきしない?」
「うん……」
それは、確かに。
「そういう時の方が、本音で話せるんだよ」
「すみかは夜型、なんだね」
「私、昼型」
「えぇ……」
いまいち会話が噛み合わない。けれど、何も見えない部屋の中、声だけが聞こえるこの状況がもたらしてくれる言いようのない高揚感と、ダイレクトに感じるすみかの体温のおかげで、会話のズレすらも楽しめるような、そういう変なテンションになっていた。
「七海、どんな感じ? 私の温度」
「大好きだよ。他の人とは全然違う」
「………」
沈黙。私いま、なんか変なこと言ったっけ?
遅れて失言に気づいて、慌てて取り繕う。
「あ、あ、違う、ちがうから。すみかの体温が大好きで、じゃなくて、なんか違うなって。特別?というか。私に合う、みたいな? そういう意味じゃないからぁ」
訂正すればするほど歯車が狂ってく。
「……ふふっ」
私の情けない弁明を黙って聞いていたすみかが唐突に笑った。聞いたことのない笑い声だ。
みずみずしい、収穫したての感情がそのまま漏れ出たかのような、そんな声。
「ありがと」
すみかはそう言うと、一旦手を離してから、2人の指の間を絡めるようにして私の手を握ってくる。
その衝撃は凄まじかった。私の中にある空白の部分が、全部すみかに埋められていく。心の隙間にあたたかいものが流れ込んでくる。パズルの最後の1ピースが完璧にはまった時のような充足感。電気みたいなびりびりが、脊髄を伝って脳内ではじけた。
何が起こったのかよくわからないままにその手を握り返すと、すみかはちょっと力を強めた。
胸がきゅうっと、ゆるく締め付けられるように痛む。でも、それは不快な痛みとかでは全くなくて。変な表現だけど、とても心地よい痛みだった。
「どう?」
もう、分かってるくせに。私が今どう感じてるかなんて。多分これから先、私はすみかから離れられない。
すみかの体温は、私より少しだけ低い。それが心地よくて、口元がだらしなく緩む。部屋が暗くて良かったなと心から思った。
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