第21話 『"むらむら"の正体』
「あ、あの。泉さん……」
教室の隅で佇む泉さんに、ひそひそと声をかける。
手には小さめの紙袋。中身は学校で出してはいけない書物。
不真面目でイケナイことをしている自覚はあるのに、泉さんと出会ってからは歯止めが効かなくなっていた。
「ん」
猫みたいに微睡んだ瞳が、もそっとした動きでこちらを見た。
「こ、これっ。貸してくれて、ありがとう」
「うん」
紙袋を受け取ると、泉さんは中身を確認し出した。
その動作に迷いはなく、恥ずかしいなんて気持ちは全くなさそうに見える。
やっぱり、泉さんは大人だ。
私なんて、学校でこんなやりとりをすることにも緊張を隠せないのに。
「あ、あの。今回のも、凄く……良かったです」
「滅茶苦茶えっちだったでしょ」
「う、うん」
結局、何回も読み返してしまった。
絵も綺麗で、女の子たちの繊細な挙動が鮮明に伝わってきた。
特に、主人公が腰を反らしてベッドを揺らすシーンなんかは––––。
「私も、ずっとムラムラしてたなぁ」
「えっ」
泉さんが不意に漏らした言葉に、私は意表を突かれた。
むらむら……?
むらむらって、何? そんなキャラクターいたっけ……。
「? 阿澄ちゃんは、ムラムラしなかった?」
「え、うん……? 分かんない……」
むらむら。
何かの動詞なのかな?
泉さんは、当たり前のようにむらむらしているみたいだけど……。
私の乏しい知識では、その答えに辿り着けそうにない。
それを見かねたのか、泉さんは整った顔の上で唇を薄く開いた。
「……ムラムラっていうのは、えっちな気分になっちゃうことだよ」
「えっ……!?」
えええ、えっちな気持ちに!? そんな、えっ!?
頭が、かーっと熱くなっていく。
まさか、"むらむら"なんて可愛らしい語感にそんな意味があったなんて……!
「えっちなことしたいな、とか。……して欲しい、とか」
椅子から立ち上がった泉さんが、追い打ちをかけるように、私の耳元でぽそぽそと呟いた。
泉さんの言葉が身体に染み込んできて、頭がぽわぽわしてくる。
泉さんはいつも、えっちなことをしたいって考えてるのだろうか。
むらむらしながら読んでいたって言ってたし、きっとそうなんだろう。
そして、本当に誰かとえっちなことをしていたりも––––。
……いや、そんな邪推は良くない。
それよりも、今は"むらむら"の正体を突き止める方が先だ。
「……そういうこと考えてると、この辺が熱くなってくるの」
むらむらを思い出すように、泉さんは自分のお腹に手を当てた。
「っ」
その感覚に、私は覚えがあった。
昨晩も、私はその違和感に襲われたのだ。
お腹の奥が、まるで自分じゃないみたいに熱くなった。
心臓がとくとくと脈を打ち始めて、漫画の中のえっちなシーンばかりを目で追ってしまった。
沸騰しそうなくらいの熱を孕んだ私の身体は、それから––––。
「そして段々、疼くようにきゅんきゅんするんだ」
「え、えぇ……!?」
そ、それ知ってる!
私も、お腹の奥を締め付けられるような圧迫感に包まれたんだ。
悶々とした感情がどこからか湧いてきて、身体が落ち着きを失っていった。
それが、"むらむら"してたってこと!?
私、えっちな漫画を読んで、えっちなことを考えて……。
それで、む、むらむらしちゃった、ってこと……!?
「む、むらむらした時は、どうすればいいの……?」
気になった。
私は、何となくお腹の下に力を込めたり、ふとももを擦り合わせたりしたけれど。
身体の落ち着きがないってことは、何か医学的な対処法があるんじゃないだろうか。
けれど、泉さんは考え込むように唸り出した。
まさか、泉さんでもむらむらの解消法までは知らない……?
「……それは、また今度かな」
「そ、そっか……」
や、やっぱり泉さんは知ってるんだ。
もっと話を聞きたいけど、泉さんを困らせるのは良くない。
「……」
いや、でも。うーん。
毎晩あんな風になるのは、少し不安というか。
股下に意識を向けるのも……なんて言うか、よくない気がするし。
なんて考えていたら、肩に温かい重みが加えられたのを感じた。
小柄な泉さんの小さな手のひらが、私の肩にそっと乗せられたのだ。
「……もっとえっちなこと勉強したら、教えてあげる」
「ほんと!?」
ぱあっ、と目の前が晴れた気がした。
慌てて口元を押さえながら、泉さんの瞳を覗き込む。
「……本当に、えっちなこと沢山覚えたら教えてくれる?」
「っ。……うん」
ほんの僅かに泉さんの目元が動いて、すぐに首を小さく縦に振ってくれた。
何だか、泉さんのこんな顔は初めて見た気がする。
同じことを考えて、密かな約束をする。
もしかしたらこれが、"友達"ってことなんだろうか。
口数が少なくて引っ込み思案な私にできた、初めての友達……。
なんて、想いが一方通行かな?
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