第2話 緊急事態宣言

 囚人兵と呼ばれる生命力を具現化させた兵隊が突如襲ってきた。さらに、一万年前に鬼反側について大反乱を起こしたケロケロ外道が現れる。この地獄で何が起きているのか。


 武蔵に抱えられ閻魔の間へ命からがら戻ることができたニャン吉。閻魔の間は騒然としていた。閻魔庁の役員たちが大慌てで右往左往している。


 武蔵は黒焦げのニャン吉を救護班に託す。救護班は基本人型であったが、たまに猫や犬、カピバラなんかもいた。


「この黒焦げ猫が獅子王様ですね? まあまあ、可愛らしい」

 救護班は悪気は無いのかもしれないが、ニャン吉を見て可愛らしいだのマヨネーズみたいだのと言いたい放題。


 閻魔が咳払いをすると救護班は露骨に不機嫌な顔をした。

「何よ! 感じ悪い!」

「だからモテないのよ」

「嫉妬かよ閻魔様」

 彼ら彼女らは、口々に閻魔を罵りながらニャン吉を診察室へ連れて行く。緋色の絨毯で靴の裏の汚れをゴリゴリと拭きながら、救護室へとニャン吉を運んでいく。


 バカ騒ぎする救護班が去って、静かになった所で武蔵は一連の事件について閻魔に問い尋ねる。

「大王、原因はまだ判らないのですか?」

「まるでな……千里眼の帝王眼でも地獄を見渡せんのだ。何者かが強力に妨害しておる」


「それと、御報告いたします。ケロケロ外道とか言う蛙が獅子王を毒地獄で殺害しようとしていました」

「な……ケロケロ外道!? 今そう言ったのか!?」


 驚愕の事実に立ち上がる閻魔。冷静に武蔵は頷く。

「大王、心当たりは?」

「ない」


 武蔵は登竜門へ目を遣ると閻魔に尋ねた。

「地獄門はいつまで閉じているのですか?」

「うーん……が出たからには。我らの意志とは関係なしでのだから……」


 彼はそこで非常事態の時のマニュアルを武蔵に見せた。

『緊急事態宣言とは、有事の際に発せられる宣言。三段階に分かれていて、レベル一は避難命令の段階。レベルニは地獄門を閉ざす、いわゆる地獄封鎖ヘルロックダウンをする段階である』

 そこまで読むと登竜門を再び見詰めて武蔵は深いため息をつく。


「緊急事態宣言とは、警察や軍隊の手には負えない恐るべき事件が起きた時に出るものだ。番犬が必ず出動し解決せねばならん。番犬がそれを解決できなければ……レベル三となり閻魔が問題解決に直接乗り出さねばならなくなる」

 それを聞いて武蔵は絶句した。いや、武蔵だけではない。周りにいてそれを聞いた人たちは全て言葉を失い戦慄した。


「私が乗り出せば『魔境協定』を破る事になる。『地獄全体の治安維持を中立の第三勢力に任せ、我らは直接地獄に関与しない』と言う取り決めを破る事になるから、


 それは、魔王及び魔軍の侵略を許すことにつながる。遥か昔に起きた魔境戦が再加熱することとなるだろう。


「そうならないためにある物を骨男に作らせた」

 閻魔は手を叩いて骨男を呼びつけた。大扉から裾が焦げた白衣を身にまとった骨男が入ってきた。その手には、黒い輪っかが2本握られていた。


「骨男よ、例の物は?」

「へい! 今しがた2つ目が完成した所ですぜ」

 そう言うと右手に握った2本の黒い輪を自慢気に見せた。それを閻魔の机に置いて、番犬の新たな首輪だと報告した。

「こりゃあ、番犬用の首輪、若しくは一般向けの腕輪でして。番犬候補用のやつと違って縮地機能のみの改良型でさあ。名付けて縮地輪しゅくちりんっていいやす」


 骨男が部屋全体に目を向けると武蔵を見付けた。

「ニャン公は!? 無事だったのか武蔵師匠!」と血相変え骨男が尋ねた。

「ああ、お前のその新型……縮地輪しゅくちりんでいいんだよな。その縮地輪のおかげでな」

 笑顔で腕に付けた腕輪を見せると、ニャン吉が無事であることが分かり安堵する骨男。


 ゴホンと1つ咳払いをすると閻魔は、骨男に続きを話すように促した。

「うおっ! 忘れてた、閻魔さんよ。招き邪王猫じゃおうねこも開発中ですぜ」


 聞き慣れない言葉を聞いて疑問に思った武蔵は、『招き邪王猫』とは何かの解説を求めた。骨男は勢い良く『招き邪王猫』について解説しだした。

「武蔵師匠、こいつぁ招き邪王猫っつってよ。縮地輪なら、こいつを置いた所にも縮地できるんだぜ」

「それは素晴らしい発明だ! 骨男、それが完成して量産体制に入れば革命的変化が起きるぞ!」


 招き邪王猫を受け取りしげしげと眺める武蔵。白い猫をモチーフにしたそれは、舌を出し両手を上に挙げて頭にネクタイを巻いていた。明らかにニャン吉をモデルにしている。


(これを見たらニャン吉の奴が怒るのでは?)などと思う武蔵であった。


「ところで、お前たちは何でなんだ? 何か理由でもあるのか?」

 よりによって今、なぜ危険な別行動をとっているのか。武蔵が気になっていたことを聞くと、骨男の顔の骨がひきつった。閻魔の顔はその何倍もひきつった。


「……私の不徳の致すところだ。自由行動を許してしまった」

 それだけ言うと、閻魔は自己の軽率な判断で自由行動を許可したことを後悔する。


「馬鹿な!? 番犬交代の時期は地獄が最も危険な時では無いですか! これは閻魔交代もあり得る失態ですぞ!」


 まさかの失態に呆れた武蔵の大叱責で閻魔の間は静まり返る……。壁にかけてあった鳩時計の秒針のポッという音が聞こえるほど静寂である。


「まあ、今更言っても仕方がない。さて――」

 気を取り直し武蔵は窓の外を観た。冥界の夜空は地獄の騒ぎなど何も知らぬかの如く静かに星々を輝かせていた。

「もう少しで夜明けだ。日が昇る頃には獅子王の傷も回復するだろう……それまで待つとしよう」


 ――空が白み始めた。白い壁に背を向けて胡座をかいて座る武蔵と、落ち着きなくウロウロする骨男。鳩時計が「朝が来たよ。まあ、これから死ぬ奴には2度とこないがなあ!」と鳴いた時刻に閻魔の間へニャン吉が戻ってきた。全快とまではいかないものの傷はある程度回復していた。


「師匠! 骨男! 一体何がなにやらにゃ!」

「獅子王! お前たちの油断のせいで地獄は大混乱になっている!」

 武蔵の開口一番の叱責にニャン吉は暗い顔で俯く。ニャン吉、閻魔、骨男などがそれぞれ自責の念にかられる。


「まあ、過ぎたことだ。それより、ケロケロ外道とか言ったなあの蛙」

「そうだにゃ! あいつはケロケロ外道とか名乗ったにゃ! 後は確か……」

 ケロケロ外道の言葉を1つ1つ記憶をたどり整理する。


「そうだにゃ! ケロケロ外道のやつが言っていたにゃ、この縄を作ったのは――」


 ニャン吉の言葉を遮るように突如、閻魔の机の上に置かれたモニターに映像が送られてきた。場に緊張が走る。


 ここにいる全員で映像を観るため、大門右側の壁にスクリーンを投影する。閻魔は映像を確認するため恐る恐るモニターの電源を入れた。


 モニターには香箱座りをするやや太り気味の三毛猫がドアップで映った。そいつはふてぶてしく口を開く。

「初めまして、ミケ・ピヨットラーです。好きなものは悲鳴、嫌いなものは子どもの夢。人呼んでファシズムの猫ですにゃぁーはっはっはっはっ!」


 ――緊急事態宣言レベルニ発動で地獄封鎖ヘルロックダウンとなった地獄……。このままニャン吉が事件を解決できなければレベル三となり、冥界は取り返しのつかない事態となる。その時突然三毛猫の映像が送られてきた。果たしてこの三毛猫は……。


『次回「挑戦状」』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る