第12話 星降る夜に…甘えてよ

【現代:自宅にて】

お見合いに行ったおとうさまが帰ってこない。

連絡さえない…もうすぐ…朝が来る。


こんなことは…六年間一度も…無かったのに!


「…先生の馬鹿っ!何をやっているの!…って…む…一月むつきちゃんっ!…そ…その左腕のアザは…」

「…ああ…これは」


「む〜ねえ…大丈夫?少し横になったほうが…」

「大丈夫よ…ごめんね八月はづき。久しぶりに興奮しているみたい…」

「むつきちゃん?」


「春ねえ…む〜ねえの左腕のアザは小学一年生の頃のものなの。普段は目立たないんだけど、む〜ねえが凄く興奮すると…出てきちゃうんだ…」

「子供の頃の傷跡は大人になるにつれて大きくなってしまうのですね。部活のときなどはサポーターで上手く隠していられるのですが」

「…」

「む〜ねえが林間学校でパパと一緒に崖から堕ちて…病院に運ばれて…」

「わたくしはおとうさまのお陰で、この程度で済みましたが…おとうさまは未だに利き腕なはずの右手ではボール類をうまく扱えない…」


「…ねえ…む〜ねえ…教えてよ。あの時…一体、何があったの?」

「…」

「あのときはあたしたちは小さくて…む〜ねえもパパも病院から暫く出て来なくて…でも本当は捜索隊の人たちが必死になっていたんでしょ?」

「はづきちゃん…」


「…いいですわ。馬鹿な子供の話…聞いて貰えるかしら…」



グラッときた一瞬後…地面が…無くなった。


「(堕ちる!)」


恐怖の叫びは…出なかった。

次の瞬間、一月はおとうさまに抱きかかえられて…私達は暗がりの中を落ちていったんだ。



目を覚ました時、私はまだおとうさまの腕の中だった。


「(左肘が…痛い)」


ふと見ると私の左肘が血に染まっていた。

…でも…それ以上に…未だ目覚めないおとうさまの右肘は…曲がってはいけない方向に曲がり…なってはいけない形になっていたんだ!


今度こそ…今度こそ私は悲鳴をあげた…



「む…むつきちゃん、大丈夫か!?左腕…血が、あ…あれ?…右手が…身体が動かないや」

「にいさま…にいさま…にいさまあっ」


目を覚ましたおとうさまの第一声は私を気遣うものだった。


「わたしは平気です!にいさまのおかげです。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「こちらこそごめん…左腕…君を守りきれなかったね…」

「にいさまっ!」

「こりゃあ陸兄に…ぶん殴られちまうなあ…」

「父さんがそんなことしてきたら…わたしが蹴り飛ばしますわ!」


「はは…その時は頼むよ…」


「にいさま…その…右肘は…」

「…ああ!」


未だ動けないおとうさまがニカっと笑った。心配するなとばかりに…


「…複雑脱臼おんなじこと昔やってるから…分かってる。やっぱ癖になっちゃうんだなあ…動くのにもう少しだけ…時間が欲しい」



…夜が少しだけ明けてきた。

長い時間を掛けて身体を起こしたおとうさまは、動かない右手を切れた上着の懐にねじり込んで固定した。そして私の左腕にハンカチを…


「…いてて…むつきちゃん動けるか?」

「わたしは!…平気です!!」


「いいかむつきちゃん…少し無理をするぞ」

「?」

「崖の下を離れて開けたところに移動する」

「…見つけて貰いやすくするのですね…」

「さすがの頭の良さだね…理想は昨日の見晴らし台だ…歩けるかい?」

「はい!」



「にいさま!ここからは道が分かります!見晴台に行けます!」

「おお…凄いなむつきちゃん」

「もうすぐですわ!」



見晴台で…私達は動けなくなった。

大の字に転がるおとうさまに私はしがみついていた。


「ここからは…神様頼りだ…ありがとうむつきちゃん」

「にいさま…にいさまっ!」


おとうさまが今にも消えそうに微笑み…私は涙が止まらない…


「にいさま…大好きです…死なないで…」

「やった〜大嫌いから脱却したぞ」

「にいさまを本当に嫌いになったことなんか無い!…わたしがおろかだったの…」


あの日…あの女性秀美さんと一緒だったおとうさまが…私には別の人のように思えて…思わず…離れようとしてしまって…


「もっと甘えてよ…むつきちゃん。君は一人でも大丈夫なのかも知れないけど…もっと話しかけてくれると…嬉しい…な」

「甘えますわ…これからは嫌と言うほど話しかけますわ…絶対に離れませんわ…だから!」


「ああ…星が降ってくる…むつきちゃん…綺麗だよ…一緒に見れて良かった…な…」

「にいさま?…にいさま!!」


星なんて見えるはずが無かった。空は既に白みきっていたのだから。

おとうさまは動かなくなった。



「それからは、はづきも覚えているのではなくて?…わたくし達は朝のうちに捜索に来た先生たちに発見されて…見晴らし台まで移動したおとうさまの作戦勝ち。わたくし達は入院して…重症だったおとうさまはなかなか病院から出られなくて、さんとおとうさまが何故か二人で土下座合戦を繰り広げて…」


そう…わたくしの左腕の傷跡に責任を感じたおとうさまと…わたくしを守りきったと感激している父さんは母さんも巻き込んで泣き笑いをしていた。


「…で、む〜ねえはそこからパパにべったり…と」

「…当然ですわ」


もうあの女の人のことは…そりゃ入院先にまで現れておとうさまと仲睦まじくしているのも何度も遭遇したけど…もう関係なかった。

今だけ貸してるだけなんだ…絶対に…何としても…おとうさまはわたくしのもの…だから!



「ほえ〜、先生大活躍だったんだ〜」

「命の恩人ですわ。…そうだ!おとうさまを探す…良いこと思いつきましたわ!」

「なになに?どうするの?」


「はづき…ちょっとお願いがあるの。朝早くて申し訳ないんだけど、店長秀美さんに連絡を取って…来てもらってくれる?」

「連絡先は分かるけど…まだ早朝だよ?」

「さすがに来てくれないんじゃないの?」



「いいえ…あの秀美ひとは来る…絶対に」




第三章 沙織さん… に続きます。








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