第8話 出し抜かれたっ!?

【相変わらずスタービックス伊勢佐木町店】


「春ねえさま、連日のご訪問ですね。ここの珈琲が気に入られました?」

「うん、先生の車で帰るの快適…じゃなくって!」


思い込んだら一直線を絵に描いた…それで一つやふたつや3つ4つ不利益が生じても全てそのバイタリティで引っくり返してきた春ねえがいつものように興奮している。

その横で南ちゃんが借りてきたネコみたいに大人しくなっているのはなんなんのか…春ねえ獲物疑惑は杞憂だったのかな…

む〜ねえはむ〜ねえで何となく瞳が黒くなってるし…どうしちゃったんだろう…



「なんと!本日、先生の加藤部長への直談判により、敢え無く先生のお見合いはぶっ潰れました〜」

「へ〜それは何よりだね〜」

「…春…お前に言っても仕方がないって分かってるけど…当事者が横にいるんだからもう少しオブラートに包むとか出来ないのかよっ!」


…な〜んてこの時、春ねえの情報を素直に取ったのは、八月あたしだけだった…と後で聞いた。


「(…おかしいな…うちの狸親父のやることだと…うらに潜ったと考えたほうが正しい気がする。三月くんも大変だ〜、ちょっと探ってあげよっかな)」

「(…タイミングが良すぎるよ〜なんかあるって…「これは良いことじゃ」とか私の中の神様し〜ちゃんが言ってるし…し〜ちゃん相変わらず三月くんとのこと反対なんだね!)」

「(…おかしいですわね。南ちゃん嫁計画ではないとすると、見合い話の発端はオジサマよりきっと上職。そんな簡単にお断りが出来るとは思えませんわ)」


「…むつき…」

「は…はい」

「余計なこと言って心配させちゃったな。ごめんな」

「い…いえ…そんな…」


「む〜っ、なんでむ〜ねえにばっか謝るのよ!あたしだって心配したんだ〜」

「そうだそうだ〜お詫びに国産牛くらい振る舞って貰わないと割に合わないぞ〜あたしまた部長から目を付けられたんだから!」

「…春…それは自業自得だよ…部長への言い訳、ほんと大変だったんだから…」


なにか言いたそうだな〜とは思ったんだけど、む〜ねえも南ちゃんも…それと店長さんもそれ以上何も言わなくて…あたし達親子と春ねえを乗せたうちの鉄仮面スカイラインRSはいつものように磯子の我が家に向かったんだ。



「…むつきか」

「…はい」


ほんの少しの重みと微かな若草の香り…

それが俺のベッドに誰かが入ってきたことを教えてくれる。

運動部のむつきは、基礎化粧以外はスッピンだ。

コロンなど全然使わないし、シャンプー類も体に良いものを無造作に使っているだけ。

だから…こいつの匂いは変わらない…昔から…変わらない。


あたりが寝静まった丑三つ時…というとコワイが…本当にたまに…むつきが俺のところに潜り込んでくるとすると夜中の二時くらいなんだ。


もぞもぞとむつきが俺の胸元に入り込んで来て、ほんの少しだけ足を開く。

華奢な足の間に俺の足をねじり込む。

俺達はこれ以上無いほど密着する。

急所むつきに密着している差し込んだ俺の太ももをゆっくりと動かす…むつきの吐息にほんの…ほんの少しだけ艶が混ざる。

昔からの儀式…何かで本当にどうしようもなくなったむつきが俺の胸の中で落ち着くための…


「…ババぁ…」


ここにいるのははづきではない、この時この一瞬…むつきの呼びかけは子供に戻る。


「…あたしたちから離れちゃやだよう」

「ばっか!どこにもいかないさ」

「もっと…もっとほしいの!なんにも…なんにも考えたくないの〜」

「…むつき…」

「…あっ…あっ…あっ…パ…パパっ…パパっ!」

「…」

「…あ…あ!…あああっ……ああああ〜っ!」


夜が更けていく…むつきの若草の香りが強くなっていく…夜が…更けていった…



「…お見合いは本当に無くなったのですか?」


むつきがベッドの中で俺の腕にしがみついている。

だいぶ落ち着いた…むつきが常態に戻っている。

https://kakuyomu.jp/users/kansou001/news/16818792435802680740


「…うん、お見合い自体は無くなったよ」

「でも…」

「そうだな…おまえをごまかせるとは思えないから言っちゃうけど、おやっさんが言うには、何かの仕事の機会に紹介はするそうだ」

「…」

「社長の遠縁のお嬢さんでね…南ちゃんと同い年で…おやっさんの眼鏡にかなっているいい子なんだそうだ」

「オジサマが…そこまで…」

「大丈夫だよ…一度会ったら自然消滅で良いそうだ。お見合い形式を外して貰って本当に良かった」

「…」


何かを考えていたむつきが不意に顔をあげた。

それはまるで…ギリシャのブロンズ像のビーナスのように美しくて…


「おとうさま…わたくしはバスケ部で全国制覇を成し遂げます」

「…ああ…そのために聖廉学園を目指したんだろ?」

「そして…おとうさまと…本当の家族になるの…はづきも一緒よ…約束…」

「…むつき」

「怖いのです…大人になるのが…このまま大人になってしまったら…きっとわたくしたちは…」



「ばかだな…」



俺はほんの少しだけ美しいブロンズ像の額をこずいた…わずかの傷もつかないように…ほんの少しだけ


「俺達は家族だ…あの日からずっと…でもな…それよりなにより…お前たちは俺の…宝物なんだ…」

「おとうさま…」

「俺達のパンドラの箱は開いてしまって…全てが俺達の手から飛び去ってしまった…でも」

「…」

「俺にはお前たちが…希望宝物が残ったんだ」


―(翌朝)―


「おはよ〜、あれっ?パパもむ〜ねえも早いねえ!今からちゃっちゃと朝ごはん作っちゃうね」

「おはようございますですわ…今日は早く目が覚めてしまって…せっかくですから今日の朝ごはんはわたしくしが代わりますわ。はづきは朝の支度をしてらっしゃい」

「は…はづき、むつきを止めて、き…今日はお前の炊事当番…」

「まあ!おとうさまっ?…まさかわたくしの作る朝食が食べられないとでも!?」

「そそそ…そんなことありませんとも〜」


ちょっと早いけどいつもの朝の風景…八月あたしたちの一日はきっと今日も平穏…そう思っていたのだけれど…



『竹村さ〜ん、電話〜早見さんという女性から』

「?…だれ?」


時間にして11時くらいだったと思う。星川事業所にその電話が入って来たのは…


「はい…む…むつきちゃん?…学校からなの?」

『春ねえさま!お…おとうさまは!?』

「いないよ?なんかグループ会社の臨時株式総会の手伝いとかで…なんか代表質問やるみたい。大変だよね〜」

『ああ……』


むつきちゃんの声が明らかにおかしい…


「ち…ちょっと…むつきちゃん!?」

『やられましたわ…オジサマに…その株式総会こそが…おとうさまのお見合い!』

「え…え〜っ!?」

『南ちゃんが情報を流してくれましたの…私は八月はづきと合流してそちらを目指します』

「う…うん!先生がどこに行ったのか…探してみる!」



結局、あたしが散々探しても先生の参加した株主総会の場所は分からなかった。

あたしとむつきちゃんはづきちゃんは、先生の帰りを一緒に待ち続けたんだけど…


…その日、先生は…帰ってこなかったんだ…



来週末、第二章「ガキの頃の三月」に続きます。

その前に明日の朝、閑話で「し〜ちゃん(神様)」登場予定(笑)




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