第31話 敵討ちはしないけど

 何やら空気が変わった。

 冒険者ギルドの扉が思いっきり開かれると、やって来たのはスカイプ。

 如何やらトロン森の調査を終えて戻って来たみたいだけど、何やら様子がおかしい。

 体中がボロボロで、元気の欠欠片も無かった。


「おい、スカイプ。どうしたんだ!」

「うっ……」


 スカイプは腕を押さえていた。

 如何やら右腕が折れてしまっているらしい。

 何とか持ち帰った剣も折れていて、盾は無くなっている。

 何処かで落としたのか、無くしたのか、少なくとも様子はおかしい。


「スカイプ。答えろ、お前の仲間はどうしたんだ!」

「全滅だ」

「全滅?」


 周りに集まって来た冒険者達は、何があったのか事情を訊ねた。

 他の仲間の所在を確認するも、スカイプ本人の口から出た言葉は悲観的。

 如何やら全滅してしまったらしい。かなり危機的な事態に、僕はゾワッとした。


「ああ、アイツらは……俺はアイツらを置いて……クソがっ!」


 スカイプは後悔していた。

 けれど歪んだ顔色を見るに、一瞬だったんだろう。

 助けようとした。けれど助けられなかった。だからこそ、今ここに居るんだ。


「なによ、スカイプ。一体なにがあったのよ?」

「エメラル……うっ、お前、アノ依頼は受けなくて良かったぞ」


 エメラルはスカイプの姿に気が付くと駆け寄った。

 しかし当の本人のスカイプは、帰って来て早々、エメラルの顔を見た。

 “依頼を受けなくて良かった”なんて、もの凄く真面目で、かつ心配している。


「依頼って、調査依頼のことよね? なにがあったのよ」


 スカイプ達は、エメラルの代わりにトロン森に調査をしに行った。

 トロン森で何かしらが起きてしまい、それでこの頃近隣で被害が出ていた。

 恐らくは魔物の仕業。そう思ったけれど、案の定だった。


「アイツはいた。あの魔物は、トロールは……」

「「「トロール?」」」


 誰もが口を揃えて疑問を呈した。

 スカイプ達は襲ったのはトロールと言う魔物。

 確か、昔から森に棲む妖精と言われていて、大きさは様々。

 基本的には動きが鈍く、大人しい個体が多いが、偶に凶暴な個体も居るらしい。その結果、見つけたのはトロールに襲われ、それが原因でトロン森は荒れていた。

 同時に、スカイプ達をトロン森で強襲し、追い払ったのだ。


「トロールにやられたの?」

「ああ、全滅だ」

「全滅って……嘘でしょ?」

「……」


 スカイプは唇を噛み、言葉を失った。

 如何やら本当にトロールに出くわしたらしい。

 しかもただ出くわした訳ではなく、特殊な個体だったのか、全滅を喫した。

 その結果、命からがら帰って来れたのは、スカイプただ一人だけ。


「まさか、スカイプ達がほぼ全滅するなんてね……」


 スカイプ達の全滅は、酷く心に響いていた。

 正直、僕はあまり面識がないから、ピンとは来ない。

 けれどエメラルや周りに居る冒険者の顔色、冒険者ギルドの職員達。全員の絶望感が一気に溢れ出し、サウナの様に蒸していた。


「ああ、アイツは強過ぎる……アイツは、俺達がまともに戦う前に……クソッ!」


 スカイプはボロボロになった体を床に叩き付けた。

 痛々しいから止めればいいのに。

 僕はそう思うも、感情が周囲に伝染する。


「クソッ、アイツら……」

「冒険者にとっちゃ、仕方ないけどよ」

「相手はBランクだぞ。しかも五人。パーティーをほぼ壊滅させるなんて……マジかよ」


 冒険者達は口々に悲観していた。

 悲しそうな顔をすると、相当関係値が築かれていたらしい。

 確かにスカイプやその仲間達の空気は統一感があった。

 王都の冒険者らしい凛々しさと、純粋さが合わさっていて、とっつきやすかった。


「なに暗い顔しているのよ!」


 そんなお通夜な空気の中、エメラルは声を発した。

 腹の底から言葉を上げると、空気が変わる。

 冷たい空気が温かい空気とぶつかり合い、不思議な雰囲気を出した。


「エメラル……」


 スカイプは顔を上げた。

 エメラルの堂々とした顔を見て、スカイプは食い入って覗き込む。

 一体何を考えているんだ。この状況を悲観しない以外の解決策はないだろう。

 そう言いたそうな顔をしているけれど、全く似合わない。


「スカイプ。そんな調子じゃ、貴方の失った仲間は……ズムもミーツもティムもディス子も、誰一人として浮かばれないわよ!」


 エメラルはスカイプの仲間の名前を全員覚えていた。

 ほぼ初耳なので、僕は「へぇー」としか思わない。

 あまりにも空気感に馴染めていない中、スカイプはエメラルの顔をジッと見た。


「エメラル……お前は強いな」

「強いって、そんな安っぽい言葉で形容しないで。いい、冒険者は常に生と死の隣り合わせにいるの。生き残ったからには、生き残った者のできることをするべきよ!」


 エメラルはとにかく眩しかった。後、カッコよかった。

 形容する言葉が僕も安っぽいけれど、エメラルはとにかくヒーローだ。

 誰もが暗闇の中に居る。その中で一際眩しい存在。それが英雄の条件だ。


「できることって……俺はもう戦えない。戦いたいけれど、仇を取ってやりたいけれど……」


 スカイプの体はボロボロだ。再戦を挑めるような状態じゃない。

 ましてやトロールをこのまま見過ごすこともできない。もっと被害が出るのは目に見えている。

 早めに対策を打ちたいが、それができるような自信のある冒険者は、今ここには居ない。

 薄情だとか、腰抜けだとか思われても、それが人間。誰だって怖いんだ。


「だったら私が依頼を引き継いであげるわ!」


 これでもかと思えない大きさの花火が上がる。

 凄まじい破壊力と実行力を併せ持つ回答。

 僕達の頭の中をグシャグシャにすると、眩しい程の煌めきが覆う。

 けれど場は一瞬にして凍り付き——騒然とした。


「「「はぁっ!?」」」


 冒険者達が一斉に声を上げた。

 正気の沙汰とは思えない発想。

 僕やクロンでさえ度肝を抜く。


「ちょ、正気かよ、エメラル」

「正気よ」

「バカでしょ? いくらエメラルが強いからって言っても、限度があるわ」

「分かってるわよ」

「分かってないって。お前、死ぬぞ」


 エメラルは冒険者達の言葉を次々適切に捌いた。

 あまりの手短さに慣れきっている節がある。

 けれど他の冒険者達の言い分も分かる。

 エメラル一人が強くても意味が無い。ましてや今回の敵、トロールは普通の個体とは違うらしい。


「そうだ、エメラル。俺達は、アイツとまともにやり合えなかった。アイツは……」

「どうせパワー型でしょ?」

「……それはそうだ。けれどアイツは、こちらの気配を察することができる。冒険者の持つ、間合いの有利不利を無視して来るんだぞ」


 ……ああ、そう言うことか。確かにスカイプ達のパーティー的に相性は最悪。

 僕は何となく予想するけれど、顔や声には出さない。

 けれどそんなことで冒険者は務まらない。

 間合いなんて、合ってないようなもの。それくらいの認識じゃないと、生きてはいけない。

 僕は師匠達にそう教わって来た。だから、全然共感が持てない。


「知らないわね。そんなの関係無いわ」

「関係ないって、お前……」

「なんなら他の誰でもいいわよ。私の代わりにスカイプ達の依頼を引き継いでくれる?」


 エメラルはとにかく強かった。口喧嘩でも負ける雰囲気が無い。

 強い口調で打ち負かすと、冒険者達の言葉を弾き返した。

 けれどこれでは終わらない。エメラルの視線が鋭くなる。


 逆にエメラルは冒険者達を煽ってみた。

 散々言う癖に、自分達が受ける気はないのだろうか? そう思っても不思議ではない。

 その予想通りか、視線を落とした冒険者達の姿に、エメラルは絶句する。


「そうよね。誰も嫌よね。でもね、ここで誰かがやらないと、例のトロールは動くわ。人間の味に酔いしれて、より一層被害が出る。その前に叩くしかないの、分かってるわよね?」


 エメラルの言い分も無理はなかった。

 魔物にとって、食べる行為はほとんど意味が無い。

 食べることは一種の欲求の発散だ。それ以上でも以下でもない。


 だからこそ、これ以上の野放しはできない。

 トロールの個体にもよるが、下手に遊ばせていれば痛い目を見る。

 もちろん冒険者だけではない。一般の無垢な人達だ。


「けどよ、怖くはないのか?」

「怖い? 当り前よ。本当は私だって嫌」

「だったらなんでだよ!」

「そうよ。エメラルが受ける必要は無いでしょ?」


 それも最もだった。エメラルにだって恐怖心はある。

 脚がピクピクと震えているからこそ、僕やクロンは一発で気が付く。

 もはやこれは意地。エメラルはそれだけで戦っていた。

 自分がやらなければいけない。王都の冒険者を代表として、栄光を求めない英雄になろうとしている。


「本当は私だって怖いわ。でもね、ここで行かないといけないの。スカイプのためじゃない。私は冒険者として、弁えているの。だからこそ、トロールを倒さないとダメ。冒険者なら分かっているでしょ?」


 エメラルの言葉は真っ当だった。

 何よりも冒険者には嫌でも胸に響く。

 だからこそ、強力な武器として説得力を持つと、誰も否定できなかった。


「だから私は行くわ。止めても無駄よ」

「「「……」」」


 エメラルは止めても無駄だった。

 もはや爪先は扉を向いている。

 みんな無言になってしまうと、腰抜けになっていた。

 もちろん否定はできないし、エメラルも他の冒険者を悪く言わない。


「ネシア、ちょっと出て来るわね。スカイプに頼んだ依頼、私に回しておいてくれる?」


 少しだけ声を張ったエメラル。

 依頼の引き継ぎを急遽ネシアに伝えた。

 話の流れを汲んでいたネシアは、すぐさま立ち上がった。


「わ、分かりました。ですがエメラルさん!」

「安心しなさい。私はちゃんと帰ってくるから。余裕でね」


 ネシアはエメラルの応答を受け、コクリと首を縦に振る。

 けれど心配はしてしまい、不安がよぎる。

 そんなネシアの気持ちに気が付いたエメラルは、ネシアを安心させようとニカッと笑みを浮かべた。スカイプを出汁に使うと、自分が強いと証明する。


「待ってよ、エメラル」

「なによ、オボロ」

「僕も付いて行くよ」

「私も」

「クロンも!? ちょ、正気なの?」


 僕は名乗りを上げた。エメラルに呼応していた。

 クロンもその内の一人で、エメラルに付き従う。

 流石に正気の沙汰とは思えないのか、エメラルは拒絶するのだが、僕もクロンも退き下がらない。


「もちろんだよ」

「面白そう」

「面白そう……って、危ないわよ?」


 いやいや、面白そうに決まってる。

 スカイプ達が倒された魔物だ。どんなトロールの個体なのか、胸が高鳴った。


「危険を共にするのは、冒険者にはよくあることだよ」

「エメラル一人でも勝てると思う。でも心配」

「二人共、私をなんだと思って……」

「「ヒーロー」」

「止めて。それは止めて」


 冒険者にとってはよくあることだ。

 もちろん、エメラル一人で勝てるとは思う。

 だけど心配にはなってしまうと、パーティーを組んだ方がいい。

 その想いを汲んだのか、それとも軽口を叩いたせいか、エメラルはクスッと笑う。


「はぁ。仕方ないわね。足手纏いには……」

「「ならない」よ」


 足手纏いになんか鳴る気はない。

 僕とクロンはエメラルに堂々と答え、パーティーを組む。


「エメラル!」

「ん?」

「俺の仲間の、アイツらの仇を取って……」


 スカイプはエメラルに叫んだ。

 本気の問い掛けをすると、お願いを一つする。

 殺された仲間の仇を取って欲しい。そう思うのも不思議ではなく、エメラルが汲んでもよかったが、残念。エメラルは嘲笑った。


「バカ。取る訳ないでしょ」

「はっ? ……そうだよな。悪い」


 敵討ちなんて取る気が無かった。

 それもそうだ。約束なんてできない。

 スカイプは察してしまうと素早く謝るが、僕の予想の斜め上を行く発言を、エメラルは平気でする。


「仇は取らないけど、私達は冒険者よ。ちゃんと帰って来るから、もうクヨクヨしないこと。いいわね」


 そう言い残すと、僕達は冒険者ギルドを後にする。

 あまりにもカッコいいエメラルの言葉。

 まさしく主人公とヒロインを両立した存在で、誰もが眩しくて目が離せなかった。

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