てぃる・な・のーぐ

月這山中

🧚‍♂️🧚‍♂️🧚‍♂️

 ティル・ナ・ノーグ。

 それは常若の国。妖精たちの棲む島。

 永遠に老いることない体を手に入れられる場所。

 私、夢蕾透愛むらいとうあはその国へ行きたい。


 今日の握手会も最高だった。三十回分のチケットを購入してくれたお兄さんとお水を差し入れしてくれたお兄さん。感極まって泣いちゃったお姉さんは「一生推す」と約束してくれた。

 幸せだな。私って。

 大事なファンにこんなに、たくさんの愛情を貰ってきた。小さな小さな積み重ねだけどドームも押さえられた。きっと成功させる。

 とはいえ、もうデビューから十年経つ。そろそろハードなスケジュールに身体が限界を迎えつつある。さっきのお姉さんの顔がちらつく。

 考えながら今日の分を服薬して、楽屋でメイクを直しているとノックの音がした。

「どうぞ」

 マネージャーさんかと思ったけど、振り返るとそこにはおばあちゃんがいた。いかにも無害そうな、艶のある肌のおばあちゃん。

「夢蕾透愛さん」

 名前を呼ばれる。こんな年齢層のファンも居てくれてたんだ。私は心から嬉しい気持ちを表現する。

「会いに来てくれたの! ありがとう!」

「永遠は欲しくないかね」

 突然言われた。

「永遠?」

「永遠は、欲しくないかね」

 彼女が手をかざすと萎れかけていた楽屋花が生き返った。

 魔法。

「おばあちゃんすごいね、魔法使いだ」

「いいや、妖精だよ」

「そうなんだ。とにかく今日はありがとう! また会いに来てね!」

 魔法なんかじゃない。きっと手品かなにか。でも、私を喜ばせるためにやってくれた。

 後から来たマネージャーにおばあちゃんを任せて、私は着替えて、裏手で待ってくれてるおばあちゃんに手を振りながら帰った。

 この世に魔法が存在するなら、私は何を願うだろう。


 自宅。

 オフモードでくつろいでる時にチャイムが鳴った。

「夢蕾透愛さん」

 あのおばあちゃんだった。インターホンの画面からこちらを覗いている。

 私は玄関を開けに行った。

「おばあちゃんすごいね! どうしてわかったの?」

「永遠は欲しくないかね」

「やっぱり、本当に、妖精なの」

 私は彼女にたずねた。

 この世に魔法があるのなら。

「望めば手に入る」

 この世に魔法があるのなら、私は永遠が欲しい。

「望むわ」

 彼女が手を挙げると、眩い光に包まれた。


 目を開くと、そこは森の入り口だった。

 振り返ると丘が見える。私は歩き出す。

 私の周りを光の粒が舞う。

 それは透明な羽の生えた指先ほどの子どもたち。妖精たちが私の周りを踊っている。

 童話で想像した通りの場所。

 ここは常若の国。ティル・ナ・ノーグ。

「連れてきたよ」

 腕を引かれた。妖精が丘の中央へと私を引っ張っていく。

 そこには眩い光に包まれた妖精の女王が居た。

「む、夢蕾透愛です。はじめまして」

 私は緊張して挨拶する。

 女王は優しく微笑む。

「あなたに、永遠の魔法を」

 しなやかな腕を上げて、私はその手を取る。

 女王が私の頬にキスをした。

 激痛が走る。

「いっ」

 女王は歯を立てて私の頬を齧っていた。引き剥がそうとするが、妖精たちに押さえつけられて動けない。

「痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」

 女王の口が大きく開いて私の身体を齧り取っていく。裂けた腕から赤い肉が見える。膝から下が齧り取られた。視界が赤く染まっていく。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいいいいいいいああああああああああああああ」

 気付けば他の妖精たちも、私を食らっている。

 私は。


  ◆


 油原江ゆはらごうは仕事を終えて一服していた。

 『商品』の常習者で足抜けをしようとしてたアイドルを『口止め』する仕事だ。

 痩せて疲れない魔法の薬。半面、強い依存性を持つ。表に出るにはまだ早すぎる。

 最期の時に手品を見せてやるのは江のサービスだった。魔法の国へ旅立つ演出。この世界に入ってきて、魔法の薬に手を出しておいて、夢を見ない者など居ない。

「てぃる・な・のーぐ……」

 断末魔が夢蕾透愛の口から出る。どんな夢を見ているのか。

 江は煙草を携帯灰皿に押しつけて部屋を後にした。


  了

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てぃる・な・のーぐ 月這山中 @mooncreeper

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