#22 修学旅行、或いはひと夏のアバンチュール(完)
折角のイルカショー、空高く飛び上がったイルカがリングを潜るところも演者がイルカに乗ってプールを自由自在に駆け巡っているところも、爽快で迫力ある光景なはずなのに、今の私は全く集中できていない。
椅子に置いた自分の手の上に重なるユキの手の熱さにイルカショーの熱を全て奪われている。
服の袖が触れるくらい体を近づけられて、手を触れられて、前まではただのスキンシップにしか思えなかったことが南のせいで違った意味を邪推してしまう。
親友ではないもっと深い関係。
今まで考えてもみなかった、いや正確には考えないように目を背け続けていた関係の輪郭に触れてしまいそうになる。
一度気づいてしまったら、こんなにあっという間に意識してしまっていることに自分でも驚く。
あるいは……これまでのユキとの時間がそうさせたのかもしれない。
「この後、だね」
ユキの声は震えていた。
手はこんなにしっかり触れているのに、声は不安の色に満ちていた。
「うん」
さっきは中々声にすることができなかった返事も、今では滑らかに出すことができる。
今の私はおかしいくらいに凪いでいる。
これからユキとちゃんと向き合って、私はどうなるのだろう。
後悔か謝罪か、あるいは……
ノリのいい音楽と共にイルカが今日一番高く飛び上がる。
後ろに広がる海と空の境界を超えて舞い上がったイルカは自由そのもので――
私は飛翔を見た。
* * *
水族館に併設されたカフェの一角、沖縄のきれいなオーシャンブルーが一望できる窓際の席でユキと向き合う。
「ついでにお昼にしちゃおうか。カレーでいいかな?」
「うん。飲み物は――」
いきなり話し始めるという雰囲気にはなれず、とりあえず粛々と注文を済ませた。
いつもは心地いい沈黙も、今日はぎこちなく感じられてソワソワしてしまう。
結局、店員さんが料理を運んでくるまでお互いに何も話すことはなかった。
「出海ちゃんはさ、女の子のことが好きなの?」
ユキは目の前に置かれたカレーには手をつけず、その隣のコーヒーを一口飲んでゆっくりとした口調で話し始めた。
「そうだよ」
「それは恋愛的な意味で?」
「うん」
取り繕いも誤魔化しも今日はしない。
ユキにだけは同性愛のことを告白するのが怖かった。
告白して、気味悪がられて嫌われたらどうしようって。
他の人にはどう思われたっていい。だけど、ユキにだけは嫌われたくなかった。
だけど、真正面から受け止めると決めたんだ。
「今は好きな人とかいるの?」
「……いないと、思う」
「ちゃんと私の目を見て。どうして断言できないの?いないならいないってはっきり言って欲しい」
有無を言わせないユキの声には痛いくらいの切実さを孕んでいた。
どうして断言できないのか、そんなの分かっている。
ただ怖いのだ。
この火傷しそうなくらい熱い感情に触れるのが。
だから、少しだけずるいことをする。
真正面から受け止めると決めた手前、とても情けないことだと分かっている。
だけど、自分に正直になるために少しだけでも勇気を分けてほしい。
「じゃあ、ユキに好きな人はいるの?」
「いるよ」
即答だった。
「私はずっとずっと出海ちゃんのことが好き」
驚くほど迷いなく発せられた告白。
南に指摘されてから分かっていたはずなのに、いざ面と向かって言われると頭が真っ白になる。
うれしい?悲しい?戸惑い?
どんな言葉を持ってしても言い表せない激情に身が焦げそうになる。
「私ね、出海ちゃんがヤンデレの女の子が好きって知って、ヤンデレの意味を調べたときは自分じゃ無理なのかなって思ったの。ヤンデレって重い女の子ってことでしょ?自分の好きを叶えるために他の人とか、意中の人すら傷つけちゃうかもしれなくて、私にはそんな度胸がないから。でも、将来違う進路に進んで出海ちゃんと毎日は会えなくなって、その時に隣にいるのが私じゃない別の人だったらって考えたら胸が張り裂けそうで……今頑張らなかったらこの先ずっと後悔しちゃうのかなって思った。だから、最初は無理してでも頑張ったつもりだった。戸惑ったことも、頑張るのをやめようと思ったこともあった。でもね、演じているうちに私にも嫉妬心とか独占欲があることに気づいて、いつの間にか抑えられなくなっちゃったの。麻水さんとデートに行ったり、世話を焼いてあげたり、体を密着されて恥ずかしそうにしたり……私以外の誰かと楽しそうにしているのを見ると、出海ちゃんのことを奪い返したくなっちゃう。だって、出海ちゃんは女の子のことが好きなんでしょ?それで麻水さんのこと好きになっちゃったらどうしようって。重いよね。私、ヤンデレになろうとして気づいたんだ。私は最初から嫌な女だったことに。こんなダメな私は出海ちゃんの隣にいちゃいけない。だから、今日ちゃんと話して区切りをつけようとしたの」
長く切実な独白には、私が知りたかったユキの全てが詰まっていた。
そんな想いで今まで私のそばにいたんだ。
いつも笑顔で、優しくて、隣で寄り添ってくれるユキは実はこんなに苦しい思いをずっとしてたんだ。
お互いに回りくどいことをしていると思う。
もっと素直に気持ちを伝え合うべきだなんて分かっている。
だけど、できない。
今の私たちは致命的にまですれ違っている気がするから。
親友で幼馴染という関係に胡座をかいて、互いの気持ちを確かめようとしなかった。
いや、もしかしたらユキはもう一度私たちの関係を確かめ合いたかったのかもしれない。
ただ、私が目を逸らしていただけ。
「……ユキは私に好きになってもらうためにヤンデレになろうと頑張っていたってこと?だから最近、様子がおかしかったの?」
「……そうだよ。全部全部、あなたに振り向いてもらうため」
「ふふ、あは、あはは!」
「ど、どうして笑うの?いや、やっぱりおかしいよね。ヤンデレになろうだなんて――」
「違うよ」
だから素直になろうって。
ヤンデレになろうだんて馬鹿馬鹿しいって笑ってあげたくなった。
そして――
「そんなことしなくても、私もずっとユキのことが好きだったよ」
親友のままでいいなんて嘘だって、今なら言い張れる。
ユキと結ばれるなんて理想、叶うわけないって勝手諦めていただけ。
親友で幼馴染、変化が怖い。そんなの全部私がユキに拒まれて傷つきたくないだけの建前に過ぎないって気づくことができたから。
ユキの気持ちを聞いてやっと気づいた私は、やっぱりどうしようもなくずるいと思う。
だから、恩返しってわけじゃないけど、もっとこれから数えきれないほどの償いをしなきゃだけど――
「どんなユキも好き。優しいユキも、嫉妬深いユキも。何かになろうって頑張らなくてもいいから、もしこんな鈍感で不甲斐なくてあなたのことを苦しめてしまった私でよかったらありのままのユキを全部私に頂戴」
「……それって、恋人になってくれて、恋人になってもいいってこと?」
「そう。私はユキの恋人で、ユキは私の恋人」
互いに言えなかった恋人という言葉。
口にしたら欲しくなってしまいそうで避けていたそれも今では言える。
「こ、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
親友で幼馴染で私の彼女。
私に振り向いてもらうためにヤンデレになろうと頑張るだなんてやっぱり少し変わっているけど、それが狂おしいほど愛おしい。
嫉妬心と独占欲を自覚して、隠さなくなった彼女との新しい毎日はとても刺激的で楽しそうだ。
〈完〉
_________________________
ここまでお読みいただきありがとうございました。
後半は早足になってしまい申し訳ないです。
色々と書き残したことはありますが、一旦これにて完結とさせていただきます。
ヤンデレ好きの私のためにヤンデレになろうと頑張る幼馴染の話 まるメガネ @mArumegAne1001
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