第2話



 ——恩寵ギフトがない?


 現実を上手く受け入れられないセシリア。しかし、告げられたセシリアよりも、神父の方があり得ない状況に取り乱していた。それもそうだ。恩寵ギフトが与えられないなど、神職に携わる彼ですら聞いたことのない事態であった。


「まさか、こんなことがっ!」


 自分より慌てているものを見ると冷静になるもので、セシリアは自身の内心の動揺を押しとどめ、先に神父の方を宥めようと立ち上がる。


「落ち着いて下さい、神父さま」

「これが、落ち着いていられるものですか! こんなことは私も初めてだ。恩寵がないなんて、そんな、あり得ない」


 神父は言葉が乱れているのも気付かず、頭を抱えてしまう。しかし、自身を見上げるセシリアの姿に気付き、神父は立場を思い出し、何とか正気を取り戻した。


「申し訳ありません。少し取り乱しました」

「いえ、僕は大丈夫ですが」

「……そうですか」

「それで、恩寵がないというのは?」


 聞き間違いであってほしかった。しかし、返ってきた言葉はセシリアの希望を裏切るものであった。


「っ、そのままの意味です。で、ですが、悲観することはありませんよ。セシリアが良い子であったのは、私も皆も知る事実です。決して女神さまに見放されたなどと考えてはいけませんよ。これは、……そう、何かの手違いでしょう。だから気を落とさずに、強く生きるのですよ」

「分かりました」


 神父が自分を慰めようとしてくれていることがセシリアにはよく分かった。そうして、セシリアはようやく現状を受け入れる。


 ——恩寵ギフトがない、か。皆持っているのに、僕だけ。


 ……まあ、気にしていても仕方がない。ないものはない。切り替えていくしかあるまい。セシリアはそうやって無理やり自分を納得させる。


 気持ちを切り替え、気遣ってくれている神父にお辞儀をし、壇上を降りる。そばで待っていたイザベルに、一緒に帰ろうと声を掛ける。


「じゃあ、ベル。帰ろうか」


 しかし、セシリアが声をかけても、イザベルここにあらずと言った様子で、返事が返ってこない。セシリアが近づいてみれば、ぶつぶつと小さな声で何かを呟いていた。


「なんで、どうして、そんな……」

「ベル?」

「っは、な、なんでもないわよ! 先に帰るから!」


 イザベルはそう言い捨てると、ずんずんと一人で教会を出てしまう。何か、怒らせるようなことでもしたか。そんなことを思うも答えは出ず、セシリアもまた一人で帰ることとなる。





 セシリアが家に着けば、すぐに成人の祝いが始まった。見たこともないようなご馳走が食卓にずらりと並び、 今までの思い出話に花を咲かす。



 宴もたけなわとなった頃、ついにその質問がやってきた。


「それで、姉ちゃんは何の恩寵ギフトをもらったの? カッコいいやつもらえた? やっぱり”剣”? それとも”武”とか? ”魔”もいいなぁ」


 聞いてきたのは、セシリアとは一つ違いの弟のアラン。大きくなった今も仲が良い、セシリアの自慢の家族だ。アランは期待に満ちた目で見ていたが、セシリアはその期待には応えられない。申し訳ないと思いつつ、正直に言うしかなかった。


恩寵ギフトは、なかった」


 その瞬間、部屋の空気が変わった。セシリアの父や母から笑顔が一瞬で消え、深刻な表情に切り替わる。父親のごくりと生唾を飲んだ音すら聞こえるほど、静まり返っていた。


「ほ、ホントなのか? セシル」

「うん」


 父がセシリアの言葉を聞き返したのは初めてだった。それほどまでに信じられなかったか、あるいは、信じたくなかったか。しかし、セシリアが即答すれば信じたくなくとも、信じざるを得なかった。



 それでも、父は一度ジョッキのエールを一息に飲み干すと、ぎこちないながら笑顔を浮かべてみせる。


「そうか。まあ恩寵がなくたって、大丈夫だ。なあ、母さん」

「え……ええ、そうよ。私も“農”の恩寵じゃないけど、お父さんの農作業を手伝えているわ。きっと恩寵がなくても問題ないわ」

「そうだよ、姉ちゃんは恩寵がなくたって強いし」

「……ありがとう」


 ——ああ、温かいな。父さんたちだってショックなはずなのに。だから、僕ももう悲しまなくていい。現実を受け入れよう。


 セシリアが改めて、家族の優しさを感じていると、父が看過できないことを口走った。


「でもあれだな。それだと冒険者は難しいな」

「えっ、なんで?」

「なんでって、なあ?」

「当然でしょ? もともと危ないから反対だったのに、恩寵ギフトがないのならなおさらよ。女の子なんだから危険なことはしなくていいのよ」


 子どもを心配する親の気持ちはどこも共通だ。もとからセシリアに危ないことをしてほしくないと考えていた母は、ここぞとばかりに口を出す。


 ——母さんの言い分はもっともだ。でも……。


「……そう、だね。でも、僕は冒険者にならないと。そうしないと僕は、夢を叶えられないから」

「夢って……。まさか、まだ諦めてないのか?! 何度も言っているだろう? 竜はおとぎ話の存在だって」

「分からないじゃないか。多くのおとぎ話に竜は出てきているんだから、いるかもしれない。竜を倒して僕は、おとぎ話に出てくるような英雄になるんだ」


 そう、竜を倒して英雄になる、それがセシリアの夢だった。しかし、竜の存在は確認されていない。ゆえに、夢をかなえるためには、竜を探すことから始めないといけない。


 そこで、冒険者だ。冒険者は冒険者ギルドがある街には、スムーズに入ることができる。魔物と戦う経験を積むにも、移動をするにも最適の選択肢だった。



「馬鹿なこと言うんじゃない。……なあ、セシル、考え直してくれ。農家だって立派な仕事だぞ? 作った野菜が村の皆に美味しいって言って貰えることがどれだけ嬉しいことか」

「うん。父さんの仕事は凄い立派だと思う。でも、僕は夢を諦めたくないんだ」


 確固たる意思を持って、セシリアはそう宣言した。幸い、父の跡は弟のアランが継ぐと言ってくれているから、セシリアがいなくとも問題ない。


 ——僕は、必ず竜を倒して見せる。


 決意を新たにしたセシリアの裏に、父や母のため息が隠れていた。







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