いずれ竜を倒す少女の英雄譚
梨の全て
プロローグ 旅立ち
第1話
木剣同士のぶつかる鈍い音が響く。一瞬の鍔迫り合いの後、セシリアとイザベルはどちらともなくその場から離れ、お互いに距離を取った。周りの音がどこか遠く聞こえる。一切の邪念なく、二人ともただ真剣にこの勝負に集中していた。二人とも分かっていた、次で決着が付くと。
二人の間を枯れ葉が横切った瞬間、仕掛けたのはイザベルの方だった。彼女は木剣を上段から振り下ろすようにして、セシリアに迫っていく。防御を度外視した渾身の一撃、セシリアにとって躱すことは難しいことではない。
——でも、そうじゃない。受けて立つことに意味がある!
迫りくる剣。真剣でないとはいえ、十分に鋭いそれは根源的な恐怖を煽る。それでもあえてセシリアは前に出た。
——イザベルが剣を振り下ろし切る前、体勢が整う前に、叩く!
目測を誤らされたイザベルの表情に焦りが生まれ、慌てて振り下ろそうとする。が、すんでのところで間に合わず、 下から振り上げたセシリアの木剣は寸分違わずイザベルの剣に吸い込まれた。力の差は歴然で、振り上げた勢いのままセシリアは木剣を弾き飛ばし、イザベルの木剣が宙を舞った。
「そこまで!」
瞬間、審判役の老神父のしわがれた声が響き、遅れて木剣が地面に着く。途端に二人の緊張はほぐれていく。イザベルは負けた悔しさに体を震わせていたが、セシリアはそれに気づかず二人の健闘を称え合う。
「ありがとう、ベル。今日もいい試合だった」
「ふんっ、せいぜい今のうちに勝ち誇っておくことね!」
イザベルは、差し出された手を拒み、弾き飛ばされた木剣を拾いに行く。負けず嫌いなイザベルの姿はいつものことで、拒否されたことを残念そうにしているセシリアもセシリアだった。
「お疲れさまでした。二人とも怪我はありませんね」
「はい、神父さま」
「別になんともないわよ」
思い思いの返答に気を良くする神父。勝気なベルの反応も神父にとっては微笑ましいかぎりだった。二人の手合わせを見始めて十余年、素人目ながら実力を上げていることは神父にも分かっていたが、それに伴い負う怪我もより深くなり、心配は尽きなかった。
「それは何よりです。私のいないところでやっていた頃とは大違いですね」
「いつまで言うのよ、もうずっと前のことじゃない」
「ふふ、老いたこの身にとってはつい昨日のことに思えるのですよ。あんなに小さかったあなたたちがもう15歳。時の流れは早いものですね」
老神父がこの村に移住してきたのは数十年前のことで、今まで数多の若者の成人を見届けている。しかし、その感動は薄れることなく、相変わらず同じ気持ちで若者たちの門出を見守っていた。目を瞑ってこれまでの思い出を振り返る神父に、セシリアたちは顔を見合わせて、またか、と思いながらも付き合ってあげていた。
「はあ。——それで? 明日が儀式の日だったかしら?」
「ええ、二人とも冬生まれですから、天賜の儀は明日ですね。……何か不安でも?」
「そんなわけないじゃない」
天賜の儀、15歳になったとき、生まれたのと同じ季節で行われる儀式である。そこでは、今までの行いや自分の想いに応じた
「大丈夫ですよ。イザベルは良い子ですから、女神さまもきっと望む
「ありがとうございます」
「はっ、あんたなんて、何も
「こらこら、イザベル。冗談でもそういうことは言ってはいけませんよ。とにかく、今日は早く寝て、明日に備えるのですよ」
翌日、空は雲一つない快晴で、セシリアたちの成人を天も祝っているようであった。村に一つだけの教会、神聖な儀式ゆえ、中にいるのは当事者であるセシリアたちと老神父のみ。ステンドガラスから差し込む陽光を後ろに、神父は朗々と決まり文句を読み上げていく。
「これより、天賜の儀を執り行う。イザベルよ、前に」
緊張した面持ちで、イザベルは前に歩いていく。壇上に上がり、神父の前で跪き、目を瞑った。そんなイザベルの頭に神父は手を翳し、神託を受け取る。
「イザベルよ、女神さまから授けられしそなたの
「はい」
望み通りの
「続いて、セシリアよ。前に」
セシリアはイザベルと同じように、神父さまの前まで歩いて、跪いた。果たしてどんな
「セシリアよ、女神さまから授けられしそなたの
——ん? どうしたんだろう?
神父がなぜか言い淀んでいるので、セシリアはあまり良くないこととは思いつつ、ちらりと下から覗いた。すると、神父はセシリアが今までに見たことがないほど狼狽しており、信じられないといった表情をしていた。何が起きたか疑問に思いながらも待っていると、しばらくして神父は絞り出すようにして言った。
「そなたの
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