第24話 1%のやりがい

 また夢を見た。

 昔のことだ。


「父さん」

「ん? どうした仁」


 幼い仁が父に問う。


「どうして父さんはバンカーになろうと思ったの?」

「それはな、人の夢を叶えるお手伝いをするためだ」

「夢を叶えるお手伝い?」


 仁は首を傾げる。


「そうだ。バンカーはな、いろんな人の夢を叶えるお手伝いがができるんだ。会社の社長だけじゃない。ひとりの人間の将来をつくる、そんなお手伝いができるんだ」

「すごいね! 父さんはいろんな人の夢を叶えているんだ!」


 父は肩を落とす。


「全然だよ。それに、夢を叶えるのは本人だ。俺たちバンカーができるのはあくまでお手伝いでしかない。だからな、俺たちができることにも限界があるんだ」

「……そうなんだ」

「それでも、本人たちが諦めない限り、いや、たとえ本人たちが挫けそうになっても俺たちバンカーは最後まで一所懸命に支えてやるんだ」

「楽しそうだね」


 仁は純粋に歯を見せて笑う。


「楽しいこともあるけどな、バンカーは大変だぞ? 99%がつらいことだと言っても過言じゃない」

「そんなにつらいのにどうして父さんはバンカーでい続けるの?」

「たった1%、誰かの夢を叶えるために役立てるときがくる。そんな最高な瞬間はきっとバンカーにしか味わえないことだからだ」


 父は歯を見せて笑う。


「父さんはすごいね」

「そんなことない。失敗だらけだ」

「おれも、バンカーになりたい!」

「はははっ、バンカーはつらいぞ?」

「つらくても、人の夢を叶えるお手伝いができるならやってみたい!」

 

 そこで夢は終わった。


 仁は目を覚ます。


 時計を見ると、22時頃になっていた。

 成海宅を訪れ、夕方帰った後、そのままソファで寝てしまったようだ。

 仁は重い体を起こし、机に置いてある炭酸水を飲む。


 変な夢を見たものだ。

 たまに、昔のことを思い出すように夢を見る。

 その意味がわからないが、その度に仁の気は重くなる。


 自分はどうしてバンカーになったんだろうと。

 父への復讐だというのは間違いない。

 仁は父の考えを相容れることはできない。

 母を見捨てた父を許すことは絶対にない。

 でも、どうしてか、今見た夢を思い出すと体が重くなる。

 

 疲れているのだろう。

 成海の件について聖城に、誠二に追い詰められた。


 もう、成海瑠美菜の母は間に合わない。

 そう、聞かされてから、どうしていいか八方ふさがりになってしまった。


 たしかに今、瑠美菜がアイドルになっても母の治療費は賄えない。


 治療費が1000万だとして、くるみちゃんの個人株価値が500万、瑠美菜が今アイドルになったときの個人株価値は50万ほどだと考えていいだろう。


 治療費にはほど遠い。


 いっそのこと、自分が残りの治療費を払おうかと一瞬仁は考えた。


 それなら、瑠美菜の夢のひとつは叶えられるだろう。

 しかし、アイドルになりたいという夢は叶えられない。

 それに――


 俺にも、母を救うという使命がある。


 だとしたら、瑠美菜のもうひとつの夢、アイドルになるという夢を確実に叶えるべきなのかもしれない。


 しかも、そこで得た利益は仁のものになる。

 それは、仁が野望を果たすための確実な一歩だった。


 仁は考える。

 他に手はないのなら、聖城の言う通りにした方がいいのではないだろうか。


 いや、そんなはずはない。

 たとえ、瑠美菜が聖城の計画通りにアイドルになったとしても、その利益は誠二のものになってしまう。


 それでは、聖城の思うつぼだ。

 どうにか、瑠美菜の夢をふたつとも叶える方法はないのか。

 天井に顔を向ける。漆黒。

 

 ――何も思い浮かばない。


 仕方ないのかもしれない。

 こればかりは、感情で語っても仕方ないのかもしれない。

 自分の利益になるのなら、それでいいではないか。

 もうひとりの自分が、そう言い聞かせている気がした。


 そもそも、瑠美菜がアイドルになり、何らかの方法で治療費を賄えたとしても、それが継続

できるとは限らない。


 さらに治療費が必要となったとき、それを賄うことはできないのではないか。

 胡桃の個人株価値にも限界がある。


 それに、胡桃の個人株が瑠美菜の母の治療費に回せるのだろうか。


 誠二がそれをくい止めてくるのではないだろうか。

 きっと、そうだろう。

 それなら、結局意味がないのではないだろうか。

 

 ――わかっている。

 

 必死に自分に言い訳をしているのだ。

 どうしようもない状況で自分を慰さめているのだ。


 現実逃避。


 なぜ、自分がこんな目に遭わなければならないのだろうとさえ、思えてきた。

 はじめから、瑠美菜に関わることさえなければ、こんなことにはならなかった。

 後悔と懺悔の心が渦を巻く。

 もう、考えるのを止めよう。

 ……………………………。

 ――――――――。



 それから一週間後仁は、胡桃の合格と、瑠美菜の不合格を知らされた。

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