第15話 裏切り

 瑠美菜が撮影を終え、夜道を歩く。

 月が輝いているものの、夜道は暗い。外套の明かりを頼りに帰途に就く。

 瑠美菜は仁との遊園地での撮影に満足感を得ながら、ハミングをして帰っていた。


 すると、外套のように白い光が電柱の陰から現れた。


「やあ、キミは成海瑠美菜さんだね?」

「っ」


 夜道で知らない人間に話しかけられ、瑠美菜は高揚していた気分が一気に冷め、恐怖が全身を包む。


「ははっ、僕は怪しいものじゃありませんよ。桐生くんのお友だちです」

「桐生くんの?」


 瑠美菜は身構えながら、問う。


「うん、彼とは信頼し合っている仲でね、でも、今回は少し考え方の違いがあって……」


 白い天使のような人は下を向き残念そうに言う。


「ああ、紹介が遅れたね。僕は、聖城真白。桐生くんと同じパーソナルバンカーをやらせてもらっている者だよ」


 聖城は優しい微笑みを瑠美菜に向ける。


「あ……そうですか。それで、私に何か用ですか?」


 瑠美菜は警戒心を解かぬまま、胸に手を当てる。


「うん。実はね、本当は僕がキミの担当をするはずだったんだ」

「え」

「予想外だったよ。キミから桐生くんに話を持ち掛けるとは思わなかった。ほら、彼は話しかけづらいだろう」

「……たしかに」


 軽い調子で話す聖城が空気を緩ませる。


「それでも、やっぱり僕はキミの担当をしたいと思ってね。たしかに桐生くんは優秀なバンカーだけど、優秀なだけだ」


 仁をバカにされたようで瑠美菜は少しムッとする。


「あなたは桐生くんより優秀なんですか」

「うん、そうだよ」


 聖城は笑みを崩さず、即答する。


「桐生くんは、怖いし、おっかないし、でも、すごく真面目で優しい人です」


 瑠美菜は聖城に抗議の目を向ける。


「そうだね、僕もそう思うよ。昔から彼はすごく真面目だった。それで今の地位に辿り着いている。…………お母さんに似て、とても優秀だ」

「よく、知っているんですね」

「まあね。僕と彼は親友だから」


 聖城は天使のように微笑みながら言う。


「だからこそ、キミの案件は僕が携わりたいと思うんだ。このままでは上手くいくかわからない。そうは思わないかい?」

「…………」


 瑠美菜は何も言い返せなかった。


 一次の書類選考が通ったってこれから先通るかわからない。

 それでは困る。

 一番焦っていたのは、瑠美菜だった。


「キミのことは桐生くんから聞いているよ。お母さんがご病気なんだってね」


 そんなことを話したのかと瑠美菜は仁に対して不信感を抱く。

 でも、信頼している同僚なら話すものなのかと自分を納得させる。


「だからキミはなんとしてもアイドルになりたい。そうだよね?」

「……はい」


 瑠美菜は俯きがちに答える。


「キミと僕ならできる」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「言ったよね。もともと、キミは僕が担当しようと思っていたんだ。キミの才能をいち早く気づけた僕がね」

「私に……才能?」

「うん、キミには才能がある。それを、僕なら活かし、キミの夢を輝かせることができる」

「……どうやって?」

「ああ、僕には音楽関係の知り合いがいてね。話をすることもできるよ。もしかしたら、キミの夢の近道になるかもしれない」

「それは……本当、ですか?」

「うん、これを見てご覧」


 聖城はそう言って、胸元から名刺を取り出す。


「これって……」


 その名刺は瑠美菜が現在、選考を受けているアイドル事務所の社長の名刺だった。


「もし、僕が話したらきっと彼は協力してくれる。ただし、条件がある」

「条件、ですか?」

「うん、桐生くんと契約を打ち切って、僕と契約してほしい」


 聖城は笑って言う。


「…………」


 瑠美菜は絶句する。


「キミには、手段を選んでいられる状況なのかな」


 聖城は鋭い目つきを瑠美菜に向ける。


「それは……」

「ごめんね、キミと同じように僕も時間がないんだ。今日、今ここで決断をしてほしい」


 仁を裏切るような気持ちに瑠美菜は苛まれる。


「私は……アイドルになりたい」

「そうだよね。キミの気持ち、よくわかるよ」

「でも、ただアイドルになるだけじゃダメなんです」

「アイドルとして、大成しなければならない」


 聖城は瑠美菜の言葉を続けるように告げる。


「じゃあ、答えは簡単だよね?」

「…………はい」


 瑠美菜は俯きながら呟く。


 本当にこれでいいのか。

 自分は自分の夢のために仁を裏切ってしまっていいのだろうか。

 でも、そうも言っていられない。

 自分はアイドルになりたい。

 そして、お母さんを救いたい。


 こうして、瑠美菜は白灯りの道を歩む。

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