第14話 その経験が活きる
夕日が差し込む遊園地でふたりは観覧車に乗っていた。
「彼氏ってどうやってやればいいんだ?」
仁は戸惑い、カメラを操作していた。
「彼氏っていっても、見ている人が彼氏だっていう体のプロモーションビデオだから桐生くんは何も話さなくて大丈夫だよ」
「そうか、それならいい。なあ、これどうやったら録画できるんだ?」
パソコンやスマホ以外の機械に疎い仁が瑠美菜にカメラを渡す。
「こうするんだよ」
瑠美菜がカメラを操作する。
「それにしても、綺麗だね」
瑠美菜が夕日を眺め、仁に言う。
「ああ、そうだな。うん? もう撮影始まってるのか?」
仁は首を傾げる。
「ふふっ、違うよ。ただ本当にそう思っただけ」
瑠美菜が微笑み、仁は少し照れ臭くなる。
「それでいいんじゃないか?」
「え?」
「撮影だからって緊張することはない。ただ、自然体でいればいい」
「う、うん」
仁は気づいていた。
観覧車に乗っていた時から瑠美菜の手が震えていることを。
緊張しているのだ。
珍しく通ったオーディションだ。
緊張してもしょうがない。
「それじゃあ、始めるぞ」
仁が録画を始める。
瑠美菜は喉を鳴らし、深呼吸をする。
笑顔が少しぎこちないが先ほどの仁の言葉で少し緊張が和らいだようだ。
「夕日、綺麗だね」
「…………」
仁は真剣にカメラを回す。
少しの間、沈黙が観覧車の中に漂う。
自然体でいいんだ。
思ったことを、そのまま伝えればいい。
仁は心の中で瑠美菜に訴えかける。
「き、緊張しちゃって。キミと一緒にいるの。上手く話せてるかな?」
瑠美菜は緊張した様子でカメラに上目遣いをする。
「こうしてキミと一緒にいると、すごくドキドキする。ずっと、こうしていたいな。ずっと、ずっと、こうして回り続けていればいいのに」
それは、瑠美菜の本心に思えた。
前に進みたいという成海の気持ちは本物だ。
でも、前に進むというのは今いる場所から離れることと同義だ。
瑠美菜は恐れているのだ。今の場所から離れることを。
「でもね、この夕日が沈むように、観覧車は終わっちゃう。でも、そうすれば綺麗な月が昇る。それってすごく素敵なことじゃない?」
瑠美菜は進む。
「そうして夜がやってきて、月明かりが街を照らす。私たちを照らす。暗くても、キミと一緒にいれば明るい気持ちになる。だから、この観覧車が終わっちゃうのも、寂しいけどいいんだ」
瑠美菜は寂しそうに夕日を見つめる。
その儚げな姿はどこか月を彷彿とさせた。
「キミと一緒なら、どんなに暗くても明るさが灯る。キミが私の光だから。どこにでも行ける。どこに行ったってきっと、いや、絶対に楽しい! だから、ずっと一緒にいてくれると嬉しいな」
緊張からか、はたまた別の感情からか瑠美菜は涙目で微笑む。
そうして観覧車は下ってゆき、夕日が沈む。
仁が録画を止める。
「……どうだったかな?」
まだ涙目の瑠美菜が不安そうに尋ねる。
仁は思ったことを率直に答える。
「完璧だ。申し分ない」
「よかった……。桐生くんにそう言ってもらえると心強いよ」
「何度も観覧車で回り続けるのもごめんだからな」
「そういう理由!?」
「冗談だ。本当に素晴らしかった。もう観覧車に乗る必要はなさそうだ」
「ふふっ、桐生くんって冗談言うときも笑わないんだね」
瑠美菜に微笑みかけられ、仁は少し照れる。
「べつに」
「もう、外暗くなってきたね」
瑠美菜は下ってゆく観覧車から外を眺める。
「綺麗な月が昇るんだろう?」
「もう! 恥ずかしいからやめて!」
瑠美菜は恥ずかしさで頬を染める。
仁は気になっていたことを聞く。
「お前は、アイドルになったらどうするんだ?」
「桐生くんが言うと、面接みたいだね」
「面接じゃない。ただ、単純に気になるだけだ」
瑠美菜は少し言い淀むが、口を開く。
「やっぱり、お母さんに見てもらいたいな。それで、元気になってほしい。お母さんだけじゃない。世の中、希望を失っている人はたくさんいると思うの。そういう人たちに希望を与えたい」
「そうか。きっと、お前ならできる」
「え」
「お前が病弱だったという経験が活きているんだ。お前だからこそ、きっと、できる」
「ありがとう」
瑠美菜は微笑む。
「聞きたいことがある」
「なに?」
「お前の妹のことだ」
仁は真っ直ぐ瑠美菜を見つめる。
瑠美菜は目を逸らす。
「……桐生くんは何でも知ってるんだね」
「何でもじゃない、調べたことだけだ」
「胡桃も、アイドルを目指しているんだ」
「ああ、そう聞いている」
「胡桃は私よりもアイドルに向いてる。きっと、すぐにアイドルになれる」
瑠美菜は少し寂し気に言う。
「でも、それでもいいの。胡桃が同じように、他の人に希望を与えられるなら、私がなれなくても代わりにやってくれるなら――」
「それじゃあ、ダメなんだよ」
「なにが?」
「さっきも言っただろう。苦しみを知った後、希望を得たお前だからこそ、同じように希望を与えられるのはお前だけなんだ。お前がアイドルになる必要があるんだ」
「…………」
「だから自信を持て。お前なら大丈夫だ」
「……」
瑠美菜はなぜか押し黙ってしまう。
少し頬を染めて。
「それは、支援者としての励まし?」
「俺の本心だ」
「……ありがとう」
瑠美菜は頬を染めたまま、上目遣いで呟く。
「礼を言われるまでもない」
柄でもなく感情的になっている。
でも、良い意味でだ。
仁が本当にやりたかったPBとしての仕事なのかもしれない。
誰かの夢を叶える手伝いをする。
それが本来のPBの仕事だ。
そういう意味では聖城も同じだ。
霞や仁が話した限り、しかし彼は誰よりもPBとしての仕事を全うしている。
だが、何かが違う。
やつは、あまりにも純粋すぎるのかもしれない。
まだ一度しか話したことがない聖城に対し、仁は考察する。
やつの目的が何か、もしそれが瑠美なの夢を邪魔することだったら容赦なく仁は闘う。
そう決意し、観覧車を降りた。
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