第4話



『司法局の認可が下りない?』



 アリアは意外そうな顔を見せた。


「それって……、……どういうこと?」

「言った通りの意味ですよ」

 シザは微笑んだままだ。

 アリアは怪訝な顔をしてから、額を指先で押さえる。

「ちょっと待ってよ? ……なんか……、犯罪を犯したことがあるとかじゃないわよね?」

 少し笑いながらアリアは言ったが、シザの表情が笑んだまま動かなかったので、数秒後、表情に衝撃が走った。

 それで話し合いは終わったとシザは見たようだ。

「アリアさん。貴方はそんな愚かじゃないだろうし、酷い人だとも思いませんけど。

 僕の……僕たちの事情をこれ以上探ったり漁ったりするようなことがあればそれこそ、僕の持つ光の強化系能力がどんな能力か、貴方自身の目で確かめることになりますよ。

 僕には弟の人生を守る義務がある。正しい方へ導かなければいけない。それを邪魔して、僕たちを暗がりの人生に引きずり込もうとする人間がもしいるなら……」


 立ち上がり、微笑んでいたシザの表情が一変する。


 強く、アリアを両目で見据えて来た。

 激怒する、一歩手前のような空気があった。



「――僕はどんな相手にも絶対容赦しません。」



 大学生とは到底思えない空気で言い放つと、シザは歩き出した。

 ハッ、とアリアが遅れて立ち上がる。

「待って!」

 あまりに大きな声で、カフェの人間達がなんだなんだと驚いたようにアリアの方を見ている。

 彼女は顔を顰めると、頼んだ以上の金をテーブルに置いて「ちょっと来て!」とシザの腕を掴み店の外へ出た。

 辺りを見回し、駐車場の方は人気がないと見て、アリアはシザを引っ張って行った。

「まだ何か?」

「シザ」

 アリアは振り返る。

「事情を話してくれない? 貴方たちの……。

 私はこの業界長いのよ。才能あるタレントを見る目も、それなりにあるつもり。

 貴方をどうしても起用したいのよ。

 事情が分かれば、何かの対処も出来るかもしれない。そうすれば認可は取り付けるかもしれないわ。

 私は司法局にも話が出来る相手がいるし。……悪いようにはしないわ」

「貴方をそこまで信用する理由がありません」

 アリアは腕を組む。

「それは分かってるけど……どうすればいい? 信用して話してくれとしか言えない」

 シザは少し考え込んだようだ。

 アリアが普段相手にする同僚ですら、こんな状況になったらもっと慌てふためくはずだ。

 彼女もまだ混乱の中にはあったのだが、そんな状況でも冷静さを見せるシザが一体何を要求して来るのか、若干楽しみに思ってしまった。

 やがて。


「では特別捜査官の個人情報を僕に今教えてください」


 アリアは目を見開いた。

「一応司法局管轄の機密よ」

「じゃあ僕が他所で触れれば貴方は法律違反になるわけだ。

 司法局管轄の情報漏洩は確か最大で三十年刑でしたね」

「……貴方もしかして法学部?」

「ええ」

 シザは微笑んだ。

「なるほどね……」

 手強いはずだわ……アリアは考え込む。

「私の人生が掛かってるのよ。

 貴方の人生もつまり、掛かっているのね?」

「いいえ。僕の人生と弟の人生が。貴方は一人。こっちは二人。

 リスクはこれでも、僕の方がずっと高い」

 険しい顔をしていたアリアだが、シザがそう言った途端とうとう笑ってしまった。

「あなた、本当に頭いいわね。何て言うか、頭の回転が速いわ。

 いいわよ分かった。そういう人間は敢えてリスクを背負って暴露しようなんて考えないと思うわ。貴方を信じる」

 アリアはそう言って、自分の腕にあったPDAを起動させた。

「このファイルに全特別捜査官のプロフィールが入ってるわ」

「見せてください」

 本当に賢い青年だ。バカなら、携帯で撮らせて下さいなどと言うはずである。

 この情報がどんなものか、物的に所有していると自分の足枷にもなることをよく理解している。

 アレクシス・サルナートは実力だけではなく、人柄も特別捜査官として申し分がない。

 優し気な言動がお茶の間に大人気だが、あれでいて、戦闘時は冷静で非常に知的な戦術家だ。

 アリアが自分の出身州であるため、子供の頃から贔屓をしている【獅子宮警察レオ】所属の特別捜査官は、今はうだつが上がらない状況だ。到底彼らではアレクシス・サルナートを出し抜くことは出来ないが、シザのこの怜悧さなら勝負が出来るかもしれないと、期待はどんどん膨らんでいく。

 じっと集中した様子で、個人データを頭に叩き込んでいるらしいシザの様子を、アリアはカメラに映したかった。この様子を撮っていれば、きっとこの人材を起用したいとCEOに持ち掛ける時の判断材料になったのに。

 十分ほど見続けて、シザは頷いた。


「ありがとうございます」


「もういいの?」

「現ランキングが書いてありましたから。トップ5の五人の情報はほぼ頭に叩き込みました。パーソナルな部分も入ってますからアリアさん。本当に僕の情報を悪用しようとする時は覚悟してくださいね。貴方が僕を裏切れば、容赦なく僕もこの情報を暴露します」

「いいわ。覚悟してる」

 シザは頷いた。それから。

「申し訳ありませんが、貴方のパソコンを貸していただけますか? ニュースが見たいんですが」

「ニュース? いいけど……」

 シザはパソコンを受け取ると、壁と膝を使いパソコンで検索を掛けている。

 パソコンを持っていないと言っていたが、随分手慣れていた。

 数十秒後、すぐに「どうぞ」とアリアに見せる。

 彼女は見て、息を飲んだ。

「この事件……、知ってるわ。最近のよね? ノグラント連邦共和国の資産家殺害事件。まだ犯人捕まってないし、この家の二人の子供も行方不明になってるっていう……」


「三カ月前の事件です。

 殺された資産家はダリオ・ゴールド。僕の養父です」


 アリアがシザを思わず見遣る。

 シザの方は彼女を見なかった。

 別の方を見ている。

「彼は僕の父の古い友人で、僕の両親が事故死した後に僕を引き取って養父になりました。

 僕が四歳の時です。

 僕と弟は七つ違い。でも僕の父と母は研究者だったので、凍結保存された精子と卵子を体外受精させたので、完全に血は繋がってます。

 ダリオ・ゴールドは引き取った僕たち兄弟を虐待していた。

 僕は幼い頃から殴られて育ってきましたが、あいつは長い間弟には手を上げなかった。

 僕があいつを許容していたのは、その一線を越えていなかったからです。

 僕は大学では寮生活に入り、あいつの暴力からは解放され始めていましたが、家にあいつと残った弟が今度は暴力を受けるようになった。

 ――だから僕が殺しました。

 能力を使っての撲殺です。

【グレーター・アルテミス】はノグラント連邦共和国に対して治外法権が発動しますね?

 ですからいずれ捜査は僕たちに及ぶでしょうが、僕がこの街にいる限り彼らは僕を殺人罪で逮捕は出来ません」

「ちょ、ちょっと待って……貴方が殺した?」

「ええ」

「この行方不明の二人の子供って」


「僕たち兄弟のことです。僕と弟のユラ・エンデ。

 ただし、これは知っておいてくださいアリアさん。

 ダリオ・ゴールドは僕が殺しました。

 でもその殺害時刻、ユラはすでに【グレーター・アルテミス】に到着していて、それは搭乗記録を遡れば絶対に証明できます。

 僕は殺人者ですが、弟は違う。それは忘れないでください」


 あまりのことに、さすがのアリアも声が出なかった。

 彼女は司法局にも関わっているし、様々な事件も見て来た。

 それに【バビロニアチャンネル】では番組プロデューサーとして奇抜な設定の番組もドラマも撮って来たはずだが、現実にまさか自分の前に殺人を行った人物が立っているなどと、考えもしないから仕方ないのだが。


「……ちょっと二、三聞いてもいいかしら」


「どうぞ。僕がここまで事情を話したのは貴方が初めてですし」

「貴方のその……犯行……だけど。……貴方法学部の人間よね? 客観的に見て、裁判になったら陪審員はどっちに肩入れすると思う?」

「十中八九、僕の正当防衛が認められると思います」

 意外なほど、しっかりと自信を持ってシザは言った。

「じゃあなんで逃げたり……貴方が被害者なら逃げずに警察に話して、正当防衛を訴えたら?」

「そう出来ない、したくない理由は幾つかあります。

 それはさすがに今ここで貴方に話すことではないから言いません。

 ただ僕の養父は資産家で、僕の父は有名な科学者で幾つもの研究所と財団を所有していました。父の亡き後それは全て友人であったダリオ・ゴールドの管理下に入りました。

 僕の家は、元々普通の家とは少し違います。

 家にも家族以外の人が出入りしていてその人たちから虐待の証拠や、証言が手に入れることが出来る。

 裁判ではこれが、僕たちの無罪に大きく効力を発揮すると思います」

「……。そう。そういうものはあるのね?」

「ええ」

「弟は犯行時刻に【グレーター・アルテミス】にいたと言っていたわね。貴方がそうさせたの?」

「そうです。弟は一切事件に関わらせたくなかったから、そうしました」

 アリアは息を飲む。

 まるでドラマのようだ。

「そして、養父を殺して……」

「すぐに僕も【グレーター・アルテミス】に来ました。事件を起こしてすぐに発ったので、捜査も及ばなかった」

「そうか、この事件全く動きがないと思ったら」

「ノグラントの連邦捜査局あたりは、すでに僕たちが【グレーター・アルテミス】にいることを把握してるはずです。でも治外法権があるから、捜査が進んでいない。

 しかし水面下では【グレーター・アルテミス】の司法局に、捜査局から僕を捜査させてほしいと連絡が来ているのではないかと思います」

「でもそれは叶わないわね」

「ええ。【グレーター・アルテミス】の国際的治外法権は国の存続に関わる。この国はアポクリファの国です。様々な事情を抱えたアポクリファが集っている。悪しき前例を作るわけにはいかないでしょうから」

「つまり【グレーター・アルテミス】にいる限りは、貴方はその罪では逮捕されることはないのよね」

「治外法権が絶対的である限りはまずないでしょう。

 捜査が進まない理由はもう一つあります。関係者が養父、僕、弟だけだからです。

 養父の離婚した妻はもう他人ですし、養父は死んでる。

 養父は僕たち兄弟への虐待を隠すために、周囲の人を暮らしから遠ざけていました。

 だからこういう時にも聞き込みできる相手がいない。

 家に出入りしていた人たち以外、誰も僕たちのことを、知らないと思いますよ。

 あいつは自分の悪事を隠すために、僕たち兄弟をあまり外には出さなかったですから」


「なるほど。よく分かったわ。シザ。

 ……正直に話してくれてありがとう。私は、貴方が言ってることを信じるわ」


 シザは視線を落した。

「……ありがとうございます」


「改めてお願いするわ。貴方を起用させてほしい」


 さすがにシザも、少し驚いた顔をした。

「いいじゃない! だって相手が悪人なんでしょう? 貴方は自分と弟の命を守ろうとした。何も悪くないならなんで私が今、貴方との契約はやっぱ諦めるなんて言わなきゃなんないのよ」

「本気ですか?」

 重い事情過ぎて相手は引くと思っていたのに、アリア・グラーツが身を乗り出してきたので驚いた。シザは自分たちの正当防衛を固く信じているが、それでも倫理観を無視しているわけではなかったから。

「もちろん本気よ!」

「……僕も弟も、何一つ確かに自分たちは悪くないと思っていますが……、殺人を犯したことは確かですよ。そういう人間をテレビが起用したがるっていうのは非常に珍しいと思いますが……」


「何を言ってるの。こういう時こそテレビマンの腕の見せ所なのよ!

 シザ。いずれは自分たちの行方は知れるって言ったわよね。なら、この事情を私の上司である【バビロニアチャンネル】のCEOに話しても構わない?

 彼は【グレーター・アルテミス】でも屈指の大富豪、ラヴァトン財団の当主だけど、今の話を聞けば絶対に貴方に悪いようにはしないわ。

 彼を説得出来れば、貴方を起用することは可能よ。

 だってうちの番組なんだもの!

 貴方はどうなの。【アポクリファ・リーグ】に参戦する気持ちはある?

 プロテクターや戦闘服の耐久性は非常に優れているけど、危険は伴うわよ。

 突発的な事件に駆り出されることもあるし。特別捜査官は激務と言っていい。

 街の平和を守るために戦う。

 装備は万全でも、危険はあるし、凶悪事件担当だから怪我や、死の可能性だってゼロじゃない。実際放送されている映像の中でキメラ種や事件に巻き込まれて亡くなった者もいる。番組でも、そこのところは真剣なのよ」


 殉職者や死者が出るような事件も放送していることは、シザは知らなかった。

【アポクリファ・リーグ】はそこまで司法局の許可を取り付けているのだ。

 アポクリファ特別措置法に幾つか抵触する内容だから、他国には流せないが、この国では人々にそこまで許容されている。

 命のやりとりさえ。


 シザはアリアの直視を受けて、視線を落した。


「僕は……」


 アリアは期待する。

 必ず彼なら顔を上げて頷くはずだと願った。

 数秒後予想した通りシザは顔を上げ、正面からアリアを見て来た。



「僕の願いはこの街で金を稼いで、弟を音楽院に通わせること。

 僕は大学まで行って、自分の勉強はやりたいだけやりました。

 でも弟の人生はこれからなんです。

 何があっても弟には普通に笑って夢を叶えられる、そういう人生にこれからはしてやりたい。

 そう出来るなら――どんなことだって僕はやる」



 アリア・グラーツの瞳が輝いた。

「シザ。今夜【バビロニアチャンネル】本社に来てくれる?

 悪いけどこのあと仕事があって……それからCEOに話をして、何としてでも貴方の起用を許可してもらう。相当遅くなるわよ。深夜二時に来れる? 守衛には私が話しておく。

 貴方は賢いから、冷静にさせればどんどんいい案が出て来るでしょう?

 一気に契約を決めないと、どこに行くか分からないわ。

 私は、契約の話を決めるつもりで書類を用意しておく。

 貴方もそのつもりで来て」


「……分かりました」



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