第2話
「あなたの能力ってどんなのかしら?」
カフェに着いて珈琲を二つ注文し、店員が下がった途端アリアは早速そんな質問をしてきた。確かに【グレーター・アルテミス】にはアポクリファしか居住していない。それでもやはり初対面の人間に能力のことをまず尋ねることはかなり不躾になる。
能力を持って、普通に暮らせて来た人間の方が珍しいからだ。いくら相手も同じ能力者である可能性が高いといっても、気遣いは必要な話題なのである。
「いきなりですね」
さすがにシザが目を瞬かせてから笑った。
「ちょっとどうしても必要な質問だからよ。不躾なのは分かってる」
「僕は分類で言うと強化系の光の能力者です」
言った途端アリアの表情が輝いた。
「光の強化系っていうと、身体能力が跳ね上がるやつよね?」
「ご存じなんですか? かなり珍しい方の能力らしいんですけど。あまり日常で使いどころもないですし」
「日常で使いどころがないねえ……。まあ普通の国ではそうかもしれないわね」
「?」
珈琲が運ばれてくる。
「貴方ってなんか……例えば護身術みたいなの習ってたりする?」
「護身術? ……いいえ」
変な質問だと思ったのだろう。
「スポーツとかやってる?」
「スポーツにはあまり興味ないので何も。大学まで勉強ばかりです。……あのこれってなんか意味ある質問なんですか?」
「もちろんよ。無意味な質問なんてしないわ」
「そうですか……」
「貴方の外見や、雰囲気はもう私的にピンと来てるから何の問題もないのよ。だから戦ったり出来るかなあっていうのが気になって」
「戦う?」
シザは怪訝な表情をした。
「一体僕に何をさせようとしてるんですか」
「いいわ。この際はっきり言う。
貴方に【アポクリファ・リーグ】に参加してほしいのよ」
「【アポクリファ・リーグ】? 参加って……なんですか? あれは警察機構なんですよね?」
アリアは片眉を吊り上げた。
「【アポクリファ・リーグ】は勿論見たことあるわよね?」
「いえ一度も。うちテレビもパソコンもないんで……」
「なんで?」
「引っ越して間もなくて。まだ家具が全然揃ってないんです。元々テレビもパソコンもあんまり見ないので、いいかなあと」
アリアは一瞬【アポクリファ・リーグ】を知らないと言った途端怖い気配を見せたが、説明を受けると渋々理解したらしい。
「引っ越して間もないの?」
「はい。【グレーター・アルテミス】に来てようやく三カ月です」
「そうか……まあ……それなら仕方ないわね。前は国外にいたわけね?」
「はい。ノグラント連邦共和国の方に」
「まあそれなら許すわ。【アポクリファ・リーグ】はアポクリファ特別措置法の幾つかに抵触するから海外発信が出来ないのよ。だから国外にいたなら……まあ、知らなくても仕方ないわね。ただしこれからは【グレーター・アルテミス】で暮らしているのに【アポクリファ・リーグ】を知らないなんて言ったら怒るわよ」
シザは笑った。
【アポクリファ・リーグ】と【バビロニアチャンネル】の両方に関わるアリアの怒りはかなり真剣だったのだが、彼女はシザのその笑い方に目を留めた。
大抵の人間はアリアが眉を吊り上げると怯えたり身構えたりするのに、シザは笑った。
それはアリアの怒りを気にも留めてない落ち着いた笑い方で、泰然としており、随分と大物を感じさせる青年だった。
ファッションショーで見せた雰囲気も非常に気に入ったのだが、こうやって実際に話すと幼く見えたり、イメージと違うようなタレントやモデルはたくさんいる。
シザはイメージが会って話しても全くブレなかった。
この落ち着きをアリアは非常に気に入った。
「【アポクリファ・リーグ】は【グレーター・アルテミス】において起こる凶悪事件を特別捜査官と呼ばれる能力者の選抜エリートが捜査したり逮捕したりするのを放送する番組ね。キメラ種討伐なんかも含まれる」
「キメラ種って……あの突然変異生物のことですか?」
シザは本当に知らなかったようで、首を傾げている。
「そうよ。大概他の国ではそこまで巨大化したキメラ種って出ないんだけど、【グレーター・アルテミス】に出るものは特に巨大化してる。これはこの土地の持つ独特な波動が関わってるとも言われているし、私たちの能力者の中に、キメラ種を巨大化させる能力者がいて、巨大キメラ種の出現には犯罪組織が関与してるとも言われてる。十メートルや、二十メートル級のものも頻繁に現れるので、特別捜査官がこれに対処するの」
「それを番組で放送してるんですか?」
「そういうこと」
「すごいことしますね」
自分の番組が海外でも話題になっている自覚のあるアリアは少なくとも【グレーター・アルテミス】に住んでいて知らない人間がいるなんて! と矜持が傷ついていたのだが、シザの様子では見たことが無いというのは嘘ではなさそうである。
まあこのご時世、多種多様な家庭で育つ人間はいるだろう。
「凶悪事件の犯罪者も能力で逮捕するんですか?」
「ええ。戦ってね」
「どんな能力者がいるんですか?」
「発火能力者や、氷の能力者や、飛行能力者、雷を操ったりもいるわね」
「なるほど……【グレーター・アルテミス】ならではですね。でも僕は……さっきも言いましたが戦ったり出来ませんが……」
「プロテクターっていう特殊な装備を身に纏って戦うの。耐熱スーツや、ある程度能力に耐えられるような装備よ。生身じゃないからダメージはかなり遮断できるわ」
「ああ、なんだこのままじゃないんですね」
本当に知らないんだなとアリアは諦めて、ノートパソコンを取り出した。
「見て。こういう感じよ」
すぐに番組のプロモーションビデオが流れる。
初めて見るシザは目を瞬かせていた。
「なるほど……。逮捕できるんですか?」
「司法局の正式な認可を得て、特別捜査官になるから、逮捕の権限は与えられてるわ。
それに特別捜査官は訴えられないという特権があるの」
「訴えられない?」
「ええ。勿論各々の正義感や良識には求めていくわよ? でもこの特権がないと、さすがに発火能力者やら氷能力やらを街中で使えなくなるのよね。
この許可をもらうために、番組が認可される時死ぬほど苦労したわ。
でも最終的に認可は下りた。それくらい、昨今の【グレーター・アルテミス】では能力者の犯罪が増えてるの。まあこの街はアポクリファ以外住んでないから犯罪者も自然と能力者になるのは必然なんだけど。
それでも【アポクリファ・リーグ】が始まるまでは、普通の警察が彼らを相手にして、多くの未解決事件や被害を拡大させた。
司法局は最初国際連盟寄りの考えを持っていたから、能力者が能力で治安に関わることを禁じていたのよ。それで、時代遅れの司法をこの街に持ち込んだ、負い目があるのよね」
「……皆さん元々警官なんですか?」
「基本的にはね。ただ、最近は能力次第では元々一般人だったりアスリートだったり、大学生だった者とかもいるわ。中には特別捜査官になってから護身術とか戦闘に使えるような体術を習って参戦する者もいるわよ。
アルテミス生命科学研究所が作るプロテクターの耐久性と、運動性のフォローアップは信頼してもらっていいわ」
元々月の研究所から地上に派遣された研究者たちが作り上げた、地上における研究施設が【グレーター・アルテミス】の始まりだ。今でもアルテミス生命科学研究所の名声は世にも名高い。
シザの両親も、実はアルテミス生命科学研究所の研究者だった。
しかし【グレーター・アルテミス】ではなく、ノグラント連邦共和国の研究施設にいたので、この地を訪れたことはない。
「……何故僕に声を掛けたんですか?」
「見てくれる?」
アリアは新しい画像をアップした。
「犯人逮捕や現場先着、他にも色々な項目でポイントを獲得し、年間ポイントを競うんだけど。年間トップになった特別捜査官はシーズンMVPの名誉が与えられるけど……彼がアレクシス・サルナート。【
彼はまだ若いし、この通り戦闘力も抜群。人気実力共に揺るぎないわけ。
このままじゃあと三年、五年と彼の時代が続いて行くこと間違いないのよね。
勿論【グレーター・アルテミス】の治安を預かる身としてはこういう強い能力者が【アポクリファ・リーグ】にいてくれるのは嬉しいんだけど【バビロニアチャンネル】としては、それじゃ困るのよ。変わり映えしないんだもの」
「つまり、彼に対しての対抗馬を探しているんですね」
「そうなのよ。貴方、話が早いわね」
シザは画面の中で、キメラ種と戦う一人の青年の画像を見ていた。
二十メートルほどある異形のキメラ種と、海上で戦っている映像だ。飛行能力があるらしく、風を操って敵の腕や翼を切断するような技を放っている。映像としてはかなり残酷な分類になるだろうが、これが普通に中継されているとはさすがにシザも驚いた。
あまり詳しくないシザが見ても、このアレクシス・サルナートという青年が卓越した戦闘能力を持つアポクリファであることが分かった。
顔を見ると若く見える。自分とさほど変わらないようにも思えた。
幾つなのだろう?
「彼は飛行能力を持っているようですが……風の能力者ですか?」
「ええ。風を操って自分を浮かせたり、攻撃したり防御したりも出来る万能型の能力者よ。
ちなみにアレクシスも元々は一般人。街中でキメラ種が出現した時に居合わせて、人を助けたことがあるの。それでスカウトされてそのまま特別捜査官になった」
「そうなんですか。ちょっとそういう風には見えませんね。戦い慣れしているように見えます」
「非凡なのよ。それにこの通り見目もいいし若いから人気も絶大で。
アレクシスの対抗馬にするなら、そのあたりも凡庸じゃ駄目だから、だからこの半年普段興味もないファッションショーにお呼ばれして色々モデルを吟味してたのよ。
まあ見目いいくらいならさすがにモデル業界だからゴロゴロしてんだけど……なんか違うのよねえ。確かに顔がいいのは求めてるけど、それだけじゃ困るのよ。
人を惹き付ける容姿をしてないと。
いいだけじゃすぐ飽きられるでしょ?
貴方を見た時、なんていうか【アポクリファ・リーグ】にエントリーさせたら人気出る感じがしたのよね。覇気があるっていうか……睨みつけるみたいな表情した時に貴方すごくいいわ」
「人を睨む顔を誉められたのは初めてですね」
シザは笑ってしまった。
「笑顔もいいわよ。怒りの表情ありきだけど。でもあなたモデル歴が長いわけじゃないのね。現場で聞いたけど、ただの大学生だったんだって?」
「ええ」
「何でかしら。そうは見えなかったんだけど。随分カメラ慣れしてる感じもするし。モデル経験も長いのかと思ったわ」
「勉強しかして来ませんでしたよ」
「そう。――でもいいわ! うちは戦術面のインストラクターも、貴方の為に用意する。
光の能力者は統計でも少ない方だし、戦い次第では見せ場が作れる能力だから大歓迎。
ギャラもモデルバイトなんかより比べ物にならないほど出すわ!
貴方を使ってみたいのよ。どう?」
「……。僕なんかに声を掛けていただいてありがたいんですが」
断わる雰囲気を覗かせた言葉に、アリアが眉を吊り上げた。
しかし、次の言葉は彼女の苛立ちを霧散させた。
「司法局が関わるとなると、
多分僕では特別捜査官になるための認可が下りないと思いますよ」
静かにシザは微笑んだ。
アリアはその笑顔を見た時、背筋が何故かひやりとした。
美形の綺麗な微笑みだが、何か壮絶なものに見えたのだ。
背筋が震えたその時である。
事情も聞かずアリア・グラーツはこの青年を絶対に説得し【アポクリファ・リーグ】に参戦させよう! と心に決めたのだった。
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