アポクリファ、その種の傾向と対策【光の街に降り立てば】
七海ポルカ
第1話
フラッシュが瞬く。
「ハイ! 最後撮ります!」
ポーズを変えるともう数度フラッシュが光り「お疲れさまです!」という声が掛かった。
カメラの前から歩き出す。
数人いたモデルは自分も含め新人なので、マネージャーのような人ですらついていない。
それでもスタッフがタオルを差し出して来た。
「お疲れさまです」
タオルを受け取り冷えたペットボトルをもらうと、ディレクターが歩いて来る。
「シザ君、お疲れ様。急な呼び出しで申し訳なかったね」
「いえ。呼んでいただいて、ありがとうございます」
「君はモデル経験ないって言ってたけど、信じられないな。
自分の見せ方をよく分かってるよ。本当に感心する。
演技なんかは興味ないのかな?」
「演技は考えたこと無いですね。勉強したことも無いですし……」
「じゃあモデルとしてこれからも考えてるの?」
「そうですね……」
シザは少し言葉を濁したが、それに何かを察したのはディレクターの方だった。
「ああ、いいんだ別に。君は本当にいい仕事をするなと思って。本格的に仕事を続けるつもりがあるなら、一度そういう話をしてみたいと思ったんだよ。次の仕事は明後日だったね。時間があったら話そう」
「はい」
「今日は本当に助かったよ。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
シザは頭を下げると、着替えるために更衣室に下がった。
家は今日の撮影スタジオから比較的近かったので、シャワーは家に帰って浴びることにして、手早く着替え更衣室を出た。
エレベーターへ続く通路を歩き始めると、後ろから声を掛けられた。
「ねえ」
シザは振り返る。
そこに見慣れない女がいた。見慣れないだけでなく、今日のスタジオなどにも似つかわしくない服装をしている女だ。要するに撮影作業をしやすい服でもなく、モデルスタジオに出入りするスタッフらしく、そこそこカジュアルを着こなしているわけでもなく、政府の役人のようなスーツ姿である。
撮影現場でも見なかった。見ていたら、必ず気づいていたはずだ。
「そう。あなた」
「……僕ですか?」
「ええ。貴方がシザ・ファルネジア?」
「……はい。そうですが」
「ちょっと今、時間いい?」
それには答えず、シザは女に視線を向けた。
明らかに素性を探る視線に、女は名刺を差し出す。
「突然声掛けて、悪かったわね。私はアリア・グラーツ。
そこに書いてある通り【アポクリファ・リーグ】の総責任者よ。貴方は事務所所属じゃないし、連絡先も分からなかったから、直接現場に来るしかなくて」
名刺に視線を走らせると、シザはジャケットのポケットにそれをしまった。
【アポクリファ・リーグ】と言えば、【グレーター・アルテミス】が用いている特別な警察制度だ。簡単に言うと、アポクリファしか居住権を許されないこの地では、当然犯罪者も能力者となるし、警官も能力者になるわけだが、特にその中でも凶悪事件や重要な案件を担当する特別捜査官が存在すると、そういうことを軽くシザも聞いたことがあった。
「【アポクリファ・リーグ】の総責任者さんが僕に一体何の用でしょうか?」
モデルのバイトをしている者が【アポクリファ・リーグ】の総責任者に声を掛けられたら、普通はもっと色めくような顔を見せるものだ。
【アポクリファ・リーグ】はこの街では一大産業なので、広告に起用されればギャラは跳ね上がる。
しかしシザは名刺を見るとより冷静な顔になった。
自分には関わりのない人間だ、と判別したような印象にアリアには見えた。
「仕事の話がしたいんだけど、今時間あるかしら?」
「仕事ですか……。どんな話でしょう?」
「あなたモデル志望なの?」
「志望というわけではないですが。お金を溜めたいのでしばらくは今の仕事を続けるつもりです」
「じゃあどこかの事務所と契約も考えてる?」
「そういう話を頂けるなら前向きに考えるつもりです」
アリアは片眉を上げた。
「……もしかしてあのディレクターからなんかそういう話が出た?」
「いえ。はっきりとは」
略式には出たということだ。アリアは腕を組む。
「悪いことは言わないわ。シザ。金ならここの会社よりはうちの方が出す。うちの会社っていうのは【アポクリファ・リーグ】を専門に放送している【バビロニアチャンネル】のこと。私はそこのプロデューサーもしてるから。話を聞いて欲しいの」
「何故僕に?」
「先週【エティン】のファッションショーに貴方出てたでしょ? 私も招待されて会場にいたの」
「そうですか」
「最近目ぼしいファッションショーを見て回っていたのも、番組起用出来るタレントを探す為だったのよ。貴方を見た時ピンと来て。すぐに【エティン】の広報に貴方の連絡先を聞こうと思ったんだけど、専属モデルじゃないから話せないって断られて」
「欠員が出たので急遽呼ばれたんです」
「そうだったの。とてもそうは思えなかったわ。貴方には何て言うか……華があるわ。天性のね。そこに立ってるだけでその場の雰囲気を変えるような。
モデルは確かに、合ってるわよね。
ただプロデューサー目線で言わせてもらえれば、こういう雑誌や写真撮影より、貴方はこの前みたいな舞台モデルの方がより魅力が引き立つわ。動いていた方が断然いい」
【アポクリファ・リーグ】は警察機構なので一瞬は身構えたのだが、どうやら本当に目の前の女が興味を持っているのはモデルの話だったようなので、シザは微笑んだ。
「ありがとうございます」
「番組に起用したいといっても確かに漠然としてるわよね。
ねえ、絶対に聞いて損をしたなんて思わせないから三十分だけ私に時間をくれない?
すぐそこにカフェがあるからそこで座って話せないかしら」
シザは腕時計を見る。
「そういうことでしたら、構いません。弟に連絡を入れてもいいですか? 先ほど今から帰るとメールを入れてしまったので」
「どうぞ。構わないわ。悪いわね突然で」
「いえ」
二人は歩き出す。
シザはすぐメールをして、エレベーターに乗り込んだ。
「弟さんが帰りを待っているの?」
「はい。二人暮らしなので」
アリアは一階について「どうぞ」と先を譲ったシザを見る。
「ご両親は?」
「いません」
特に何の複雑な感情も見せない声で、シザはそう答えた。
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